2008年03月05日
コミュニケーション
先日、あるスーパーで、妻が化粧室に行きまして、ドアをノックしましたら、中から、
「誰?」
と、返事が返ってきたそうです。
別に、誰がドアを叩いたのか、気にして悪いことはありませんけど、まさかの応答ですよね。
妻はなんだか怖くなって、勿論、名前は名乗らずに、その場を後にしたそうです。
妻のお母さんは、ちょっと天然気味の人でして、おまけに少し耳が悪いので、この手のちぐはぐな
やり取りが絶えません。
お義母さんは、猫を2匹飼っていて、置物やら何やらと、とにかく猫関係のものが大好きです。
ある時、私が、
「お義母さん、いつからそんなに猫が好きなんですか?」と、尋ねましたら、
「ん?月曜日から」
私、これには笑いました。なんでも、仕事がいつからなのか、尋ねられたと勘違いしたそうです。
またある時、お義母さんが、小さい頃に兄弟を亡くしたという話をしまして、私が、
「病気ですか?」と、尋ねましたら、
「ううん、ショウジ」と、答えます。
ははあ、恐らくは、ショウジという名の兄弟だったのだな、と分かりましたから、もう一度、大きな声で、
「病気ですか?」
「ううん、ショウジ」
私、もういいや、と思いました。
私の知り合いが、電車に乗っていて目撃したという話。
彼の目の前に座る親子、これがどうやら地方からやって来た親子であるらしく、親父の方が、
ズーズー弁で、仕切りに息子に話し掛けていたそうです。
息子のほうは、まだ10代かと思われる若い子で、どうもこの親父のズーズー弁が恥ずかしい様子で、ひどく不愛想に、ボソボソと受け答えしていたそうです。
まあ、知り合いから見ましても、親父は人目を憚らず、大声で、だべだべを連発して、
思春期の年頃の、この息子の気持ちも分からないではなかった、と言います。
その内、いよいよ息子の堪忍袋の緒が切れまして、彼はひと言、親父にこう言い放ったそうです。
「親父っ、だべだべ言うなって、言ったっぺよっ!」
最近、うちの赤ん坊が、泣き声とは違う声を発するようになりました。
ウーウー、アーアーと、言葉とは呼べぬようなものですが、私も暇なものですから、
ウーウー、アーアーと受け答えして日が暮れます。
こちらがウーと言うと、赤ん坊もウーと答え、アーと言えば、やっぱりウーと答えます。
ああ、こうしてコミュニケーションというものを覚えていくのだな、と、まるで進化の過程を見るようです。
これ、会話ではありませんけど、間違いなく、既に繋がりというものが発生しております。
コミュニケーションというものは、お互いの意思が通じ合うことではなくて、
まずは繋がることなのだな、と、最近改めて思います。
「誰?」
と、返事が返ってきたそうです。
別に、誰がドアを叩いたのか、気にして悪いことはありませんけど、まさかの応答ですよね。
妻はなんだか怖くなって、勿論、名前は名乗らずに、その場を後にしたそうです。
妻のお母さんは、ちょっと天然気味の人でして、おまけに少し耳が悪いので、この手のちぐはぐな
やり取りが絶えません。
お義母さんは、猫を2匹飼っていて、置物やら何やらと、とにかく猫関係のものが大好きです。
ある時、私が、
「お義母さん、いつからそんなに猫が好きなんですか?」と、尋ねましたら、
「ん?月曜日から」
私、これには笑いました。なんでも、仕事がいつからなのか、尋ねられたと勘違いしたそうです。
またある時、お義母さんが、小さい頃に兄弟を亡くしたという話をしまして、私が、
「病気ですか?」と、尋ねましたら、
「ううん、ショウジ」と、答えます。
ははあ、恐らくは、ショウジという名の兄弟だったのだな、と分かりましたから、もう一度、大きな声で、
「病気ですか?」
「ううん、ショウジ」
私、もういいや、と思いました。
私の知り合いが、電車に乗っていて目撃したという話。
彼の目の前に座る親子、これがどうやら地方からやって来た親子であるらしく、親父の方が、
ズーズー弁で、仕切りに息子に話し掛けていたそうです。
息子のほうは、まだ10代かと思われる若い子で、どうもこの親父のズーズー弁が恥ずかしい様子で、ひどく不愛想に、ボソボソと受け答えしていたそうです。
まあ、知り合いから見ましても、親父は人目を憚らず、大声で、だべだべを連発して、
思春期の年頃の、この息子の気持ちも分からないではなかった、と言います。
その内、いよいよ息子の堪忍袋の緒が切れまして、彼はひと言、親父にこう言い放ったそうです。
「親父っ、だべだべ言うなって、言ったっぺよっ!」
最近、うちの赤ん坊が、泣き声とは違う声を発するようになりました。
ウーウー、アーアーと、言葉とは呼べぬようなものですが、私も暇なものですから、
ウーウー、アーアーと受け答えして日が暮れます。
こちらがウーと言うと、赤ん坊もウーと答え、アーと言えば、やっぱりウーと答えます。
ああ、こうしてコミュニケーションというものを覚えていくのだな、と、まるで進化の過程を見るようです。
これ、会話ではありませんけど、間違いなく、既に繋がりというものが発生しております。
コミュニケーションというものは、お互いの意思が通じ合うことではなくて、
まずは繋がることなのだな、と、最近改めて思います。
2008年03月03日
すごろく
昔、東京に住んでおりました時、鎌倉に引っ越そうと考えました。
たまたまその頃、鎌倉でギャラリーを借りたりなどしてまして、海も山も、それから歴史もあるよい町
だなぁ、と思ったのが始まりです。
不動産屋を片っ端から回りまして、20件近い物件を見たと思います。
いちいち案内されるのは面倒ですから、地図と間取り図をコピーしてもらいまして、
あとはバスやら足を使って、まあ、普段では立ち入らぬ住宅街ですから、結構楽しい散策でした。
その内の1件、ある古い戸建てを、通りから背伸びをして見ておりました時、
これ、鍵を渡されている訳ではありませんから、大概の物件は、このように外見しか見ておりません。
しかし、家を借りる時って、私の場合は、まずは外見、つまり周辺の環境が大きく左右しますから、
いちいち中を見る必要もないのです。
で、この時、ある夫婦に話し掛けられました。
40代くらいの若い夫婦で、私が手にした間取り図を覗き込み、
「ふうん、この家はこんな間取りなんだ」なんて、声を掛けられたのがきっかけでした。
話を聞くと、2年くらい前に、近所に家を買って、秋田から移り住んできたというふたりでした。
よかったら、うちによってお茶でも飲んでいきなさい、と言うので、言われるままにノコノコと、
くっついて行ってお茶をご馳走になりました。
「鎌倉にどうしても住みたかったのよ」
と、奥さんが言うだけあって、緑豊かな山を背に、こだわりを感じさせる素敵な佇まいのお家でした。
ところがこの夫婦、話をしているうちにだんだんと、鎌倉の悪口ばかりを言うようになりました。
「こんな閉鎖的な町はない」とか、
「歴史がある分、お高くとまった連中が多い」とか。
「この間などは、ゴミ袋まで覗かれた」などなど・・。
なんだか怪しい雰囲気になってきまして、私、出されたお茶をクンクンと、嗅いでばかりおりました。
というのも、この家の主人が、中国茶の専門家か何かで、茶は嗅ぐものだと教えられましたから、
私、よく分からぬなりにも、失礼になってはいけないと、ひたすらクンクンやりました。
そうして鎌倉の悪口を言い終えますと、今度は夫婦揃って、
「葉山はいいよぉ」と言うのです。
葉山とは、鎌倉のひと山越えた隣町でして、マリーナなんかがある、割りと小洒落たエリアです。
「鎌倉なんかはやめて、葉山になさいよ」
結局、ふたりの話はそんなところで落ち着いて、私は、引っ越しをしたらご連絡いたします、と礼を述べて辞しました。ちなみに、それ以来、この夫婦には一度も連絡をしておりません。
別に、この夫婦のアドバイスを聞いた訳でもないのですが、私、その後、葉山に6年ばかり住みました。たまたま鎌倉の不動産屋が持っていた物件に、葉山の家がありまして、何となく見に行きましたら、これが良かったのです。
お陰で、離れた今でも、葉山は好きな町であります。
で、この時、私、こう思ったのです。
ははあ、これはすごろくのようなものだな。
「鎌倉で家を探す」
ひとつ進んで、「秋田の夫婦に会う」
次に進んで、「茶の匂いをクンクン嗅ぐ」
「葉山を薦められる」
「葉山」と。
まあ、当たり前のことなのですけど、今が先に繋がっている訳でして、だから今をどう過ごすのか、
それが大事なのだ、なんてことは、私、別に思いません。
そういうのは却って、罠というもののように思われます。
そうではなくて、今がどんな先に繋がるか、
これをただ、楽しみに生きていけば良いのではないでしょうか。
たまたまその頃、鎌倉でギャラリーを借りたりなどしてまして、海も山も、それから歴史もあるよい町
だなぁ、と思ったのが始まりです。
不動産屋を片っ端から回りまして、20件近い物件を見たと思います。
いちいち案内されるのは面倒ですから、地図と間取り図をコピーしてもらいまして、
あとはバスやら足を使って、まあ、普段では立ち入らぬ住宅街ですから、結構楽しい散策でした。
その内の1件、ある古い戸建てを、通りから背伸びをして見ておりました時、
これ、鍵を渡されている訳ではありませんから、大概の物件は、このように外見しか見ておりません。
しかし、家を借りる時って、私の場合は、まずは外見、つまり周辺の環境が大きく左右しますから、
いちいち中を見る必要もないのです。
で、この時、ある夫婦に話し掛けられました。
40代くらいの若い夫婦で、私が手にした間取り図を覗き込み、
「ふうん、この家はこんな間取りなんだ」なんて、声を掛けられたのがきっかけでした。
話を聞くと、2年くらい前に、近所に家を買って、秋田から移り住んできたというふたりでした。
よかったら、うちによってお茶でも飲んでいきなさい、と言うので、言われるままにノコノコと、
くっついて行ってお茶をご馳走になりました。
「鎌倉にどうしても住みたかったのよ」
と、奥さんが言うだけあって、緑豊かな山を背に、こだわりを感じさせる素敵な佇まいのお家でした。
ところがこの夫婦、話をしているうちにだんだんと、鎌倉の悪口ばかりを言うようになりました。
「こんな閉鎖的な町はない」とか、
「歴史がある分、お高くとまった連中が多い」とか。
「この間などは、ゴミ袋まで覗かれた」などなど・・。
なんだか怪しい雰囲気になってきまして、私、出されたお茶をクンクンと、嗅いでばかりおりました。
というのも、この家の主人が、中国茶の専門家か何かで、茶は嗅ぐものだと教えられましたから、
私、よく分からぬなりにも、失礼になってはいけないと、ひたすらクンクンやりました。
そうして鎌倉の悪口を言い終えますと、今度は夫婦揃って、
「葉山はいいよぉ」と言うのです。
葉山とは、鎌倉のひと山越えた隣町でして、マリーナなんかがある、割りと小洒落たエリアです。
「鎌倉なんかはやめて、葉山になさいよ」
結局、ふたりの話はそんなところで落ち着いて、私は、引っ越しをしたらご連絡いたします、と礼を述べて辞しました。ちなみに、それ以来、この夫婦には一度も連絡をしておりません。
別に、この夫婦のアドバイスを聞いた訳でもないのですが、私、その後、葉山に6年ばかり住みました。たまたま鎌倉の不動産屋が持っていた物件に、葉山の家がありまして、何となく見に行きましたら、これが良かったのです。
お陰で、離れた今でも、葉山は好きな町であります。
で、この時、私、こう思ったのです。
ははあ、これはすごろくのようなものだな。
「鎌倉で家を探す」
ひとつ進んで、「秋田の夫婦に会う」
次に進んで、「茶の匂いをクンクン嗅ぐ」
「葉山を薦められる」
「葉山」と。
まあ、当たり前のことなのですけど、今が先に繋がっている訳でして、だから今をどう過ごすのか、
それが大事なのだ、なんてことは、私、別に思いません。
そういうのは却って、罠というもののように思われます。
そうではなくて、今がどんな先に繋がるか、
これをただ、楽しみに生きていけば良いのではないでしょうか。
2008年02月22日
月とミトコンドリア
昨夜は、11時近くに布団に入りまして、珍しく、なかなか寝付けませんでした。
気がつくと、2時間以上も、あれやこれやと取り留めのないことを考えて、
益々目が冴えてくるようでした。
ダメだこりゃ、と、思い切って起き上がりまして、酒でも飲み直そうかと台所へ行きますと、
土間に差し込む月明かりが、青白く、やけに明るいのです。
なんだなんだと表に出ると、風もなく、思いの他、暖かい夜でした。
月が、とっても綺麗でした。満月でした。
雲ひとつなく、久し振りに、月ってこんなに明るいものかと思いました。
満月には血が騒ぐ。どうりで寝れないわけだと思いました。
しばらく表で、お酒を飲んだり煙草を吸ったり、先程の続きであれやこれやと考えました。
月を見ると、私、いつでも思うことがあります。
例えば、暗い倉庫の中に閉じ込められて、まあ、閉じ込められなくてもいいのですけど、
暗い倉庫の中にいて、見上げると、トタン屋根には錆びに腐食した小さな穴が開いています。
そうしてその穴から、外の光が小さく差し込んでいます。
月を見ると、これと同じような感覚を覚えます。
月はまあるい星だというけれど、実は穴なのではないかしら、と。
あの穴の向こうには、私の知らない明るい世界があるのではないかしら。
お酒を沢山飲みますと、電球を見ただけでもそんな気がしてきます。
明るい電球が、やはり何かの穴に見えてきて、あの電球の向こうには、もっと広い世界があるのではなかろうか。
そういうことを言うと、大概の人は、ぎょっとした顔で私を見つめます。
何処で誰に聞いたのか、宇宙について、こんなお話があります。
我々の体は、小さな細胞が沢山集まって出来ていますね。
この細胞には、昔、理科の授業で習った通り、中心に、細胞核というまあるい物体があります。
その周りには、ミトコンドリアやらナントカやらがプカプカ浮いて、これらが膜に区切られまして、
ひとつの細胞となっています。
この、ミトコンドリアから見た細胞核を想像してみます。
それは、果てしなく大きくて、世界のシンボル、世界の中心と見えるに違いありません。
さしずめ、我々にとっての太陽ようなものではないでしょうか。
すると、隣の細胞は、別の太陽系でして、まあ、これくらいなら頭の足りないミトコンドリアにも想像がつくでしょうが、例えば、足のつま先にある細胞のミトコンドリア、これが果たして、頭の天辺にある、
遥か彼方の銀河系に、思いを馳せることが出来るでしょうか。
ミトコンドリアにとりましては、このように途方もなく大きな世界、それが、やっとひとりの人間です。
ですから、我々人間も、それから地球も、もっと言えば、太陽系、銀河系、ナントカ星雲、
それらのものはすべて、我々が想像も出来ないくらい巨大な、大きなひとつの生命体の一部なのではないでしょうか。
私、これを聞いて、成程なぁ、と思いました。そうに違いない、と思いました。
ですから、何かの席で宇宙の話になりました時、私、ミトコンドリアを連発して、これを力説いたしました。その時は、ぎょっとはされませんでしたけど、なんだかみんな、不思議な顔をしておりました。
ミトコンドリア?今は宇宙の話だよ。
昨日の晩、月を見ながら、久し振りにそんなことを考えました。
気がつくと、2時間以上も、あれやこれやと取り留めのないことを考えて、
益々目が冴えてくるようでした。
ダメだこりゃ、と、思い切って起き上がりまして、酒でも飲み直そうかと台所へ行きますと、
土間に差し込む月明かりが、青白く、やけに明るいのです。
なんだなんだと表に出ると、風もなく、思いの他、暖かい夜でした。
月が、とっても綺麗でした。満月でした。
雲ひとつなく、久し振りに、月ってこんなに明るいものかと思いました。
満月には血が騒ぐ。どうりで寝れないわけだと思いました。
しばらく表で、お酒を飲んだり煙草を吸ったり、先程の続きであれやこれやと考えました。
月を見ると、私、いつでも思うことがあります。
例えば、暗い倉庫の中に閉じ込められて、まあ、閉じ込められなくてもいいのですけど、
暗い倉庫の中にいて、見上げると、トタン屋根には錆びに腐食した小さな穴が開いています。
そうしてその穴から、外の光が小さく差し込んでいます。
月を見ると、これと同じような感覚を覚えます。
月はまあるい星だというけれど、実は穴なのではないかしら、と。
あの穴の向こうには、私の知らない明るい世界があるのではないかしら。
お酒を沢山飲みますと、電球を見ただけでもそんな気がしてきます。
明るい電球が、やはり何かの穴に見えてきて、あの電球の向こうには、もっと広い世界があるのではなかろうか。
そういうことを言うと、大概の人は、ぎょっとした顔で私を見つめます。
何処で誰に聞いたのか、宇宙について、こんなお話があります。
我々の体は、小さな細胞が沢山集まって出来ていますね。
この細胞には、昔、理科の授業で習った通り、中心に、細胞核というまあるい物体があります。
その周りには、ミトコンドリアやらナントカやらがプカプカ浮いて、これらが膜に区切られまして、
ひとつの細胞となっています。
この、ミトコンドリアから見た細胞核を想像してみます。
それは、果てしなく大きくて、世界のシンボル、世界の中心と見えるに違いありません。
さしずめ、我々にとっての太陽ようなものではないでしょうか。
すると、隣の細胞は、別の太陽系でして、まあ、これくらいなら頭の足りないミトコンドリアにも想像がつくでしょうが、例えば、足のつま先にある細胞のミトコンドリア、これが果たして、頭の天辺にある、
遥か彼方の銀河系に、思いを馳せることが出来るでしょうか。
ミトコンドリアにとりましては、このように途方もなく大きな世界、それが、やっとひとりの人間です。
ですから、我々人間も、それから地球も、もっと言えば、太陽系、銀河系、ナントカ星雲、
それらのものはすべて、我々が想像も出来ないくらい巨大な、大きなひとつの生命体の一部なのではないでしょうか。
私、これを聞いて、成程なぁ、と思いました。そうに違いない、と思いました。
ですから、何かの席で宇宙の話になりました時、私、ミトコンドリアを連発して、これを力説いたしました。その時は、ぎょっとはされませんでしたけど、なんだかみんな、不思議な顔をしておりました。
ミトコンドリア?今は宇宙の話だよ。
昨日の晩、月を見ながら、久し振りにそんなことを考えました。
2008年02月15日
歯
先日、近所のおばちゃんが、転んで腕を怪我してしまいました。
関節かスジを痛めたそうで、左腕が、肘より上に上がりません。
きちんと治療をするには、手術が必要で、勿論、入院・リハビリもしなくてはいけません。
ところがこのおばちゃんは、やはり体の悪いおじさんの介護をしておりますから、
そういう時間が取れないのだと言います。
もう、どうせ年寄りだから、ちょっとくらい不便でもいいの。痛くなければいいの。
そんなことを言います。
私も、それでいいと思います。
治せるものを治さないのは、勿体ないような気もいたしますが、反面、それが自然というものだろう、
なんて思います。
どうしてそんな風に思うのかと申しますと、私自身、医者が極端に苦手であるからです。
内科に外科、歯医者に目医者、とにかく私、医者というものにはなるべく掛かりたくありません。
ですから、1週間位熱が下がらなくたって、まず、医者に行こうとは考えません。
何故と言うに、病院という場所に近寄りたくないのです。
井上陽水の昔の歌に、
悲しい人とは会いたくもない
笑える場所なら何処へでも行く
なんてフレーズがありましたが、本当に、その通りだと思います。
どうして具合が悪いのに、病んだ人々が集まる場所に行かねばならぬのか。そう思います。
しかし、そんな理屈をこねていて、なかなか医者に行かずにいたら、私、奥歯が一本なくなってしまいました。
だいぶ前から、舌で触るだけでもキィーンと痛かった虫歯を、それでも放っておきまして、
ある日飲み屋で、そんなことはすっかり忘れて、うははと笑いながら、その歯でスティック人参を
齧ってしまいました。
ギュイーンとまさに、稲妻が走りました。
体がびくりと突っ張って、頭がビリビリ痺れました。
本当に、気を失うくらい、痛かったです。
それからしばらくしましたら、ポロリと抜けてしまいました。
せいせいしました。
ところが、抜けるまでの数日は、さすがに私も医者に行くべきかな、と考えまして、
話のついでに、いくらかの人々に相談したりもいたしました。
ほとんどの人が、何をしているんだ、早く医者に行け、と言った反応で、
殊、歯医者が嫌いな私は、大変憂鬱になりました。
私の友人に、三重の山奥で原始人のような暮らしをする強烈な人がおりますが、この人までもが、
それは歯医者に行ったほうがいい、なんて言って、私、信じていたものに裏切られたような寂しさを味わいました。
ただひとり、
いいんだよ。それが自然なんだから。歯なんて抜けるためにあるんだよ。
そう言った人物がおりまして、それは、私の4つ違いの姉でした。
この姉、ネパールの山奥に住んでおりまして、修行と称して洞窟にこもったり、冷たい川で泳いだり、各地の寺をまわったり、と、ひと言で申しますと、変人です。
私も変人を姉に持ち、困ったものだと、事あるごとに説教などを垂れておりましたが、
しかし、この時ばかりは、心強い同志を得たような気持ちになりました。
そうだよなあ。それがやっぱり自然だよなあ。
結局、何が言いたいのかと申しますと、人の常識、人の欲、そういったものから外れた世界は、
普段はなかなか考えづらいものですが、しかし、自然の大きな流れというものに思いを馳せることが、たまには、人の世界の救いとなることもあるのではないでしょうか。
以上、奥歯の抜けた、変人の弟でした。
関節かスジを痛めたそうで、左腕が、肘より上に上がりません。
きちんと治療をするには、手術が必要で、勿論、入院・リハビリもしなくてはいけません。
ところがこのおばちゃんは、やはり体の悪いおじさんの介護をしておりますから、
そういう時間が取れないのだと言います。
もう、どうせ年寄りだから、ちょっとくらい不便でもいいの。痛くなければいいの。
そんなことを言います。
私も、それでいいと思います。
治せるものを治さないのは、勿体ないような気もいたしますが、反面、それが自然というものだろう、
なんて思います。
どうしてそんな風に思うのかと申しますと、私自身、医者が極端に苦手であるからです。
内科に外科、歯医者に目医者、とにかく私、医者というものにはなるべく掛かりたくありません。
ですから、1週間位熱が下がらなくたって、まず、医者に行こうとは考えません。
何故と言うに、病院という場所に近寄りたくないのです。
井上陽水の昔の歌に、
悲しい人とは会いたくもない
笑える場所なら何処へでも行く
なんてフレーズがありましたが、本当に、その通りだと思います。
どうして具合が悪いのに、病んだ人々が集まる場所に行かねばならぬのか。そう思います。
しかし、そんな理屈をこねていて、なかなか医者に行かずにいたら、私、奥歯が一本なくなってしまいました。
だいぶ前から、舌で触るだけでもキィーンと痛かった虫歯を、それでも放っておきまして、
ある日飲み屋で、そんなことはすっかり忘れて、うははと笑いながら、その歯でスティック人参を
齧ってしまいました。
ギュイーンとまさに、稲妻が走りました。
体がびくりと突っ張って、頭がビリビリ痺れました。
本当に、気を失うくらい、痛かったです。
それからしばらくしましたら、ポロリと抜けてしまいました。
せいせいしました。
ところが、抜けるまでの数日は、さすがに私も医者に行くべきかな、と考えまして、
話のついでに、いくらかの人々に相談したりもいたしました。
ほとんどの人が、何をしているんだ、早く医者に行け、と言った反応で、
殊、歯医者が嫌いな私は、大変憂鬱になりました。
私の友人に、三重の山奥で原始人のような暮らしをする強烈な人がおりますが、この人までもが、
それは歯医者に行ったほうがいい、なんて言って、私、信じていたものに裏切られたような寂しさを味わいました。
ただひとり、
いいんだよ。それが自然なんだから。歯なんて抜けるためにあるんだよ。
そう言った人物がおりまして、それは、私の4つ違いの姉でした。
この姉、ネパールの山奥に住んでおりまして、修行と称して洞窟にこもったり、冷たい川で泳いだり、各地の寺をまわったり、と、ひと言で申しますと、変人です。
私も変人を姉に持ち、困ったものだと、事あるごとに説教などを垂れておりましたが、
しかし、この時ばかりは、心強い同志を得たような気持ちになりました。
そうだよなあ。それがやっぱり自然だよなあ。
結局、何が言いたいのかと申しますと、人の常識、人の欲、そういったものから外れた世界は、
普段はなかなか考えづらいものですが、しかし、自然の大きな流れというものに思いを馳せることが、たまには、人の世界の救いとなることもあるのではないでしょうか。
以上、奥歯の抜けた、変人の弟でした。
2008年02月05日
穴に思う
うちの裏山に、大きな穴があります。
この穴、私が掘ったわけではありませんが、大いに活用しております。
どう活用しているのかと申しますと、いらないものは何でもかんでも、みんなこの穴に埋めてしまうのです。
とは言いましても、基本的に土に還らないものは埋めませんから、その主は、いらない食べ物ですね。それから、刈った草や燃やした灰、そういったものです。
私、裏庭で畑をやっておりますが、今の季節ですと、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、ほうれん草等々、他にも結構色々と植えております。
ところが、折角大きく育ったこれらの野菜を、私、ほとんど食べません。
元来、野菜が左程好きではない、という理由もあるのですが、それよりも、こういう旬の野菜は、
食べ切れないほど近所から頂くのです。
平たく言いますと、自分の野菜の出番なんかないのです。
ああ、やっと白菜が減ってきた、と思うと、また2玉、嫌がらせのように玄関先に置いてあります。
本当に、愕然とします。
私、白菜は常時、5玉くらい持っております。
大根だって負けてません。
丸大根に長大根、いつでも7,8本は持っています。
泥棒に入られたら、大根でひっぱたいてやろうと思います。
そんなにあるのなら、漬物にでもすればいい。
しかし、漬物は漬物で、ちゃんと別個にやって来るのです。
白菜の塩漬けや沢庵は、実際、もう見るのも嫌なくらいです。
ですから、どうしても、無駄にしてしまうんですね。
いくら善意といったって、馬じゃあないんですから、大根ばかり齧ってはいられません。
そこで、こういう野菜を、えいっえいっ、と、穴に捨ててしまうのです。
それから、頂いたおかず。これも結構、無駄にしてしまいます。
味が付いていますと、どうしても好き嫌いがありますし、日持ちがしません。
ですからやっぱり、コノヤロコノヤロ、と、穴に捨ててしまうのです。
ところが、そのおかずをくれたおばちゃんに会って、「どうだった?」なんて聞かれますと、
まさか穴に捨てたとは言えませんから、美味しく頂いたよ、と答えます。
こういう嘘は、人としての礼儀ですから、仕方がありません。
しかし、この礼儀がまた同じおかずを呼び寄せて、コナクソコナクソ、となる訳です。
こういう物をくれる側の人々を観察しておりますと、実は当人達も、作り過ぎてその処理に困っているようなのです。
この辺りは、年寄りのひとり暮らしか、夫婦ふたりきり、という家がほとんどでして、
畑はみんな、あくまでも自分たちが食べる分としてやっております。
それなのに、ひと冬で白菜を50玉も60玉も作ったりして、大根だってなんだって、
とにかくどうしてそんなに作るの?というほど作ります。
これ、結局は、畑仕事が完全に生活の一部になっておりますから、また、土地がないわけでもありませんから、きっと家庭菜園のような小さな規模では、やり甲斐がないのでしょうね。
で、私、日本の田舎のこういう風景は、何処も同じようではないか、と思うのです。
何処でもこういう人たちが、沢山の野菜を作って、持て余している。
ひどい奴になると、穴に埋めたりしている。
ちなみにこの野菜、いわゆる無農薬で、この辺りではみんなそれが当たり前です。
結局、商売ではありませんから、見栄えは関係ないんですね。
一方で、問題となっている中国の毒菜なんかを、わざわざお金を払って買っている人たちもいる。
やれ商売だ、やれ大量流通だで、おかしなものが出回って、そのくせ日本の食料自給率は40%にも満たないといいます。
なんとかこのふたつの世界を、うまい具合にパイプでつなぐことは出来ないものでしょうか。
何かよい仕組みがあればいいのになぁ、と思います。
この穴、私が掘ったわけではありませんが、大いに活用しております。
どう活用しているのかと申しますと、いらないものは何でもかんでも、みんなこの穴に埋めてしまうのです。
とは言いましても、基本的に土に還らないものは埋めませんから、その主は、いらない食べ物ですね。それから、刈った草や燃やした灰、そういったものです。
私、裏庭で畑をやっておりますが、今の季節ですと、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリー、ほうれん草等々、他にも結構色々と植えております。
ところが、折角大きく育ったこれらの野菜を、私、ほとんど食べません。
元来、野菜が左程好きではない、という理由もあるのですが、それよりも、こういう旬の野菜は、
食べ切れないほど近所から頂くのです。
平たく言いますと、自分の野菜の出番なんかないのです。
ああ、やっと白菜が減ってきた、と思うと、また2玉、嫌がらせのように玄関先に置いてあります。
本当に、愕然とします。
私、白菜は常時、5玉くらい持っております。
大根だって負けてません。
丸大根に長大根、いつでも7,8本は持っています。
泥棒に入られたら、大根でひっぱたいてやろうと思います。
そんなにあるのなら、漬物にでもすればいい。
しかし、漬物は漬物で、ちゃんと別個にやって来るのです。
白菜の塩漬けや沢庵は、実際、もう見るのも嫌なくらいです。
ですから、どうしても、無駄にしてしまうんですね。
いくら善意といったって、馬じゃあないんですから、大根ばかり齧ってはいられません。
そこで、こういう野菜を、えいっえいっ、と、穴に捨ててしまうのです。
それから、頂いたおかず。これも結構、無駄にしてしまいます。
味が付いていますと、どうしても好き嫌いがありますし、日持ちがしません。
ですからやっぱり、コノヤロコノヤロ、と、穴に捨ててしまうのです。
ところが、そのおかずをくれたおばちゃんに会って、「どうだった?」なんて聞かれますと、
まさか穴に捨てたとは言えませんから、美味しく頂いたよ、と答えます。
こういう嘘は、人としての礼儀ですから、仕方がありません。
しかし、この礼儀がまた同じおかずを呼び寄せて、コナクソコナクソ、となる訳です。
こういう物をくれる側の人々を観察しておりますと、実は当人達も、作り過ぎてその処理に困っているようなのです。
この辺りは、年寄りのひとり暮らしか、夫婦ふたりきり、という家がほとんどでして、
畑はみんな、あくまでも自分たちが食べる分としてやっております。
それなのに、ひと冬で白菜を50玉も60玉も作ったりして、大根だってなんだって、
とにかくどうしてそんなに作るの?というほど作ります。
これ、結局は、畑仕事が完全に生活の一部になっておりますから、また、土地がないわけでもありませんから、きっと家庭菜園のような小さな規模では、やり甲斐がないのでしょうね。
で、私、日本の田舎のこういう風景は、何処も同じようではないか、と思うのです。
何処でもこういう人たちが、沢山の野菜を作って、持て余している。
ひどい奴になると、穴に埋めたりしている。
ちなみにこの野菜、いわゆる無農薬で、この辺りではみんなそれが当たり前です。
結局、商売ではありませんから、見栄えは関係ないんですね。
一方で、問題となっている中国の毒菜なんかを、わざわざお金を払って買っている人たちもいる。
やれ商売だ、やれ大量流通だで、おかしなものが出回って、そのくせ日本の食料自給率は40%にも満たないといいます。
なんとかこのふたつの世界を、うまい具合にパイプでつなぐことは出来ないものでしょうか。
何かよい仕組みがあればいいのになぁ、と思います。
2008年01月21日
料理
皆さんは、料理はしますか?
私は好きで、よくやります。
どういう料理を作るのかと申しますと、時間がかかる料理、ですから主に煮込みの類ですね、
もつ煮とか、ビーフシチューとか、とにかく煮れば煮るほど肉なんかが柔らかくなって、旨味が出る、
そんな料理が好きであります。
こういう料理を作っていると、2時間や3時間は当たり前に、コンロの前で過ごします。
で、どうしてこの手の料理が好きなのかと申しますと、それはバイオリズムと大いに関係があります。つまり、何事にもやる気がなく、気持ちがひたすら停滞している時、そんな時こそ、料理です。
煮込み料理の素晴らしさは、勿論、手を掛ければ掛けるだけ美味しいものが出来上がる、ということなのでしょうが、しかし私の場合は、それはあくまで二の次でして、要は時間の使い方なのです。
やらねばならないことが沢山ある。
やっておいたほうがよいなと思うことも結構ある。
しかし、どうしてもやる気がしない。ところが時間は沢山ある。
思い切って諦めて、テレビを見て過ごしても、なんだか、そんなぐうたらが心地よく感じられない。
そこで、料理です。料理があるじゃあないですか。
好きな音楽でも掛けながら、お酒を飲んで、鍋に具材をぶち込んで、あとはトロトロトロトロ、
煙草でも吸いながら、何時間でも煮込みます。
やっていることは、ただ火を前にしているというだけで、ぐうたらしているのと何も変わりがないのですが、しかし、このぐうたらが着実に旨味に変化しているのです。
この安心感。
確かに俺は今日、やることもやらずに無駄な1日を送ってしまった。
だけれども、きちんと結果は残したぞ。この鍋の旨味に残したぞ。
要は、私にとっての料理とは、心の欲求と、肉体の欲求の均衡なのです。
最近出会った、新しい味があります。
それは、アンチョビです。
私、アンチョビって、これまであまり食べたことがなくて、なんだかチョビチョビした食べ物くらいにしか思っておりませんでしたが、実は、美味しい食べ物なんですね。
そこで、私のお気に入りのレシピをちょっと紹介いたします。
皮を剥いたニンニクを、切らずにそのまま、水で割った牛乳で茹でます。
茹で時間はおよそ30分。
こうすることで、出来上がりのニンニク臭さが驚くほどまろやかになります。
茹で上がったニンニクを包丁の腹でグニュッ、と簡単に潰しまして、
それから叩いて、要はミンチ状態にいたします。
アンチョビは、オイルは捨てずに取っておいて、これもやっぱり包丁で叩いて、
同じようにミンチ状態にします。
フライパンに、先程のアンチョビオイル、オリーブオイル、ニンニク、アンチョビを入れて、
ひと煮立ち。ひと煮立ちといっても、油ですから、決してボコボコやっちゃあいけませんよ。
泡が出来始めたら、OKです。
これで出来上がりです。簡単でしょう。
ビンに入れて冷蔵庫で保管すれば、1ヶ月くらいはもちます。
使う時は、その分だけ取り出して、フライパンで温め直して、
この時、適量のバターを加えることをお忘れなく。
アンチョビ 約50グラム(小瓶) ニンニク 約150グラム 牛乳 180cc
水 180cc オリーブオイル 90cc
そのままパンにつけたり、マヨネーズと混ぜてサラダのドレッシングにしたり、
しかし、お勧めは、何と言ってもパスタソース、これ、本当に美味しいです。
魚介の具にも合いますし、ベーコンや鳥もも、まあ、合いそうなものなら何でも構いません。
これらを炒めて、バターとこのオイルを加えて、茹でたパスタにからめるだけ。
アンチョビに結構塩気がありますから、パスタはお湯だけで茹でたほうが良いかも知れません。
お好みで、醤油を挿すと、抜群です。
これ、本当に旨いですよ。
やる気のない、停滞した夜に、是非お試しを。
やっぱりワインが合うかなぁ。
私は好きで、よくやります。
どういう料理を作るのかと申しますと、時間がかかる料理、ですから主に煮込みの類ですね、
もつ煮とか、ビーフシチューとか、とにかく煮れば煮るほど肉なんかが柔らかくなって、旨味が出る、
そんな料理が好きであります。
こういう料理を作っていると、2時間や3時間は当たり前に、コンロの前で過ごします。
で、どうしてこの手の料理が好きなのかと申しますと、それはバイオリズムと大いに関係があります。つまり、何事にもやる気がなく、気持ちがひたすら停滞している時、そんな時こそ、料理です。
煮込み料理の素晴らしさは、勿論、手を掛ければ掛けるだけ美味しいものが出来上がる、ということなのでしょうが、しかし私の場合は、それはあくまで二の次でして、要は時間の使い方なのです。
やらねばならないことが沢山ある。
やっておいたほうがよいなと思うことも結構ある。
しかし、どうしてもやる気がしない。ところが時間は沢山ある。
思い切って諦めて、テレビを見て過ごしても、なんだか、そんなぐうたらが心地よく感じられない。
そこで、料理です。料理があるじゃあないですか。
好きな音楽でも掛けながら、お酒を飲んで、鍋に具材をぶち込んで、あとはトロトロトロトロ、
煙草でも吸いながら、何時間でも煮込みます。
やっていることは、ただ火を前にしているというだけで、ぐうたらしているのと何も変わりがないのですが、しかし、このぐうたらが着実に旨味に変化しているのです。
この安心感。
確かに俺は今日、やることもやらずに無駄な1日を送ってしまった。
だけれども、きちんと結果は残したぞ。この鍋の旨味に残したぞ。
要は、私にとっての料理とは、心の欲求と、肉体の欲求の均衡なのです。
最近出会った、新しい味があります。
それは、アンチョビです。
私、アンチョビって、これまであまり食べたことがなくて、なんだかチョビチョビした食べ物くらいにしか思っておりませんでしたが、実は、美味しい食べ物なんですね。
そこで、私のお気に入りのレシピをちょっと紹介いたします。
皮を剥いたニンニクを、切らずにそのまま、水で割った牛乳で茹でます。
茹で時間はおよそ30分。
こうすることで、出来上がりのニンニク臭さが驚くほどまろやかになります。
茹で上がったニンニクを包丁の腹でグニュッ、と簡単に潰しまして、
それから叩いて、要はミンチ状態にいたします。
アンチョビは、オイルは捨てずに取っておいて、これもやっぱり包丁で叩いて、
同じようにミンチ状態にします。
フライパンに、先程のアンチョビオイル、オリーブオイル、ニンニク、アンチョビを入れて、
ひと煮立ち。ひと煮立ちといっても、油ですから、決してボコボコやっちゃあいけませんよ。
泡が出来始めたら、OKです。
これで出来上がりです。簡単でしょう。
ビンに入れて冷蔵庫で保管すれば、1ヶ月くらいはもちます。
使う時は、その分だけ取り出して、フライパンで温め直して、
この時、適量のバターを加えることをお忘れなく。
アンチョビ 約50グラム(小瓶) ニンニク 約150グラム 牛乳 180cc
水 180cc オリーブオイル 90cc
そのままパンにつけたり、マヨネーズと混ぜてサラダのドレッシングにしたり、
しかし、お勧めは、何と言ってもパスタソース、これ、本当に美味しいです。
魚介の具にも合いますし、ベーコンや鳥もも、まあ、合いそうなものなら何でも構いません。
これらを炒めて、バターとこのオイルを加えて、茹でたパスタにからめるだけ。
アンチョビに結構塩気がありますから、パスタはお湯だけで茹でたほうが良いかも知れません。
お好みで、醤油を挿すと、抜群です。
これ、本当に旨いですよ。
やる気のない、停滞した夜に、是非お試しを。
やっぱりワインが合うかなぁ。
2008年01月15日
しゃぶしゃぶ肉
年賀状に混じって、一通の嬉しい葉書が届きました。
葉書には、「前沢牛」 「しゃぶしゃぶ肉」 「当選」の文字。
暮れにお歳暮で、あるデパートの通信販売を使ったのですが、そのキャンペーンで、なんと景品が当たったのです。
私、そんなキャンペーンがあることさえ知りませんでしたから、これぞまさに棚から牡丹餅、
なにせ年初めのことですから、こいつは縁起がいいぞ、と思いました。
以前やはり、年初めのあるお祭りに出店しまして、そのメインイベントである抽選会で、私、テレビを当てたことがあります。
14インチの小さなテレビでしたが、これが特等でして、私、壇上に立たされて、今のお気持ちは?
なんてことを尋ねられました。
その時何と答えたかは忘れましたが、こちらは商売でやって来て、普通に遊びにやって来た人々の楽しみを奪ってしまったことを、大変申し訳なく感じたのを覚えております。
そのほんの数日後、今度はコンビニエンスストアの三角くじで、大きな熊のぬいぐるみを引き当てました。
これもやはり特等で、いずれも欲しいものではありませんでしたが、今年はどうにもついてるぞ、
ドカンと来るに違いない、そう確信いたしました。
そこで早速宝くじを買いまして、ところがやっぱり、俗に言う無欲、これを欠いたらいけません。
案の定、かすりもしないで、結構なお金を無駄にしたのでした。
で、今年。
さいさきよく、しゃぶしゃぶ肉が当たりまして、そう言えば、赤ん坊が産まれたりなんだりで、忙しさに忘れておりましたが、私、年末ジャンボを買っておりました。
この3億円が当たるという大きなチャンスを、すっかり忘れていたなんて、どうでしょう、
なんだか期待させるではありませんか。
考えるのはよそう、どうせ当たりっこないんだ。
そんな偽物の無欲ではなく、私、本当に、心の底から、年末ジャンボ宝くじを忘れていたのです。
どうにも、大きな波がやってくるような気がしてなりません。
なんだかもう、当たっていないことのほうが考えられないようです。
これ、2、3日前に思い出しまして、それでも私、まだ早い、まだ忘れていよう、なんて、実は少々
努力してしまいました。
きっと、これがいけなかったのだと思います。
結果は、例の300円、これが数枚当たったばかりでした。
で、私、恥ずかしながら更にやっきになってしまいまして、そういえば、年賀状のお年玉くじって、
15日が発表ではなかったかしら、なんて、思わずインターネットで調べてしまいました。
そうしたら、今年は27日が抽選日なのだそうです。
ああ、やってしまった。
完全な勇み足です。
もう駄目だ。
がっつく乞食は貰いが少ない。
無欲がしゃぶしゃぶ肉を呼び、しゃぶしゃぶ肉が、再び欲を呼んでしまいました。
しかし人生って、こういうものなのかも知れませんね。
葉書には、「前沢牛」 「しゃぶしゃぶ肉」 「当選」の文字。
暮れにお歳暮で、あるデパートの通信販売を使ったのですが、そのキャンペーンで、なんと景品が当たったのです。
私、そんなキャンペーンがあることさえ知りませんでしたから、これぞまさに棚から牡丹餅、
なにせ年初めのことですから、こいつは縁起がいいぞ、と思いました。
以前やはり、年初めのあるお祭りに出店しまして、そのメインイベントである抽選会で、私、テレビを当てたことがあります。
14インチの小さなテレビでしたが、これが特等でして、私、壇上に立たされて、今のお気持ちは?
なんてことを尋ねられました。
その時何と答えたかは忘れましたが、こちらは商売でやって来て、普通に遊びにやって来た人々の楽しみを奪ってしまったことを、大変申し訳なく感じたのを覚えております。
そのほんの数日後、今度はコンビニエンスストアの三角くじで、大きな熊のぬいぐるみを引き当てました。
これもやはり特等で、いずれも欲しいものではありませんでしたが、今年はどうにもついてるぞ、
ドカンと来るに違いない、そう確信いたしました。
そこで早速宝くじを買いまして、ところがやっぱり、俗に言う無欲、これを欠いたらいけません。
案の定、かすりもしないで、結構なお金を無駄にしたのでした。
で、今年。
さいさきよく、しゃぶしゃぶ肉が当たりまして、そう言えば、赤ん坊が産まれたりなんだりで、忙しさに忘れておりましたが、私、年末ジャンボを買っておりました。
この3億円が当たるという大きなチャンスを、すっかり忘れていたなんて、どうでしょう、
なんだか期待させるではありませんか。
考えるのはよそう、どうせ当たりっこないんだ。
そんな偽物の無欲ではなく、私、本当に、心の底から、年末ジャンボ宝くじを忘れていたのです。
どうにも、大きな波がやってくるような気がしてなりません。
なんだかもう、当たっていないことのほうが考えられないようです。
これ、2、3日前に思い出しまして、それでも私、まだ早い、まだ忘れていよう、なんて、実は少々
努力してしまいました。
きっと、これがいけなかったのだと思います。
結果は、例の300円、これが数枚当たったばかりでした。
で、私、恥ずかしながら更にやっきになってしまいまして、そういえば、年賀状のお年玉くじって、
15日が発表ではなかったかしら、なんて、思わずインターネットで調べてしまいました。
そうしたら、今年は27日が抽選日なのだそうです。
ああ、やってしまった。
完全な勇み足です。
もう駄目だ。
がっつく乞食は貰いが少ない。
無欲がしゃぶしゃぶ肉を呼び、しゃぶしゃぶ肉が、再び欲を呼んでしまいました。
しかし人生って、こういうものなのかも知れませんね。
2008年01月04日
正月風景
新年明けましておめでとうございます。
お正月、如何お過ごしでしょうか。
私は、暮れも暮れ、30日にようやく赤ん坊が産まれまして、正月は病院通いの毎日です。
お陰さまで母子共に健康で、無事、3,700グラムの大きな女の子が誕生しました。
出産に立ち会いまして、私、大変な感動を覚えたのですが、しかしこの手の話は、熱く語ったところでどうしても聞く者との間に温度差がありますから、詳細は端折りましてひと言。
良かったです。興奮しました。久し振りに、とっても素敵な1日でした。
毎日午頃には病院に着きまして、面会が夜の9時までとなっておりますから、大体10時くらいには家に戻ってまいります。
およそ9時間もの間、ベッドと小さなふたり掛けのソファがあるばかりの狭い病室で、一体何をしているのかと言いますと、赤ん坊のほっぺたを指で突いたり、テレビを見たり、後は近くのスーパーで買ってきた弁当を食べたりして過ごしております。
今時、元旦から営業する店も珍しくはありませんが、昔はそんなことはまずありませんでしたよね。
暮れともなれば、お正月用に大量の食料品を買い込んで、これがまた、子供心に、正月独特のワクワクとした気持ちを抱かせたものでした。
お正月って、何と言っても年の初めですから、あくせくとしたくはありませんし、かと言って、テレビもなんだかつまらない、年賀状も毎年同じ人間から来るばかり、昼間から堂々と酒を飲めるのは良いけれど、実は結構、退屈ですよね。
その証拠に、元旦から営業しているこの手の店に行きますと、実に多くの人間が、ぶらぶらぶらぶらとしております。で、こういうぶらぶらとしている人間に混じって、私、毎日、お昼と夕の弁当を買っているのです。
妻には勿論、病院の食事が出ますから、買うのは私ひとり分の弁当だけでして、ところが正月のこの時期です、お惣菜のコーナーには、パーティーセットのような豪華なおかずがズラリと並んで、
普段は主役であるはずの、幕の内やらトンカツ弁当、そんな耳くそのような食べ物は、コーナーの片隅に申し訳程度に積まれているばかりです。
私、そんなに大きなセットを買っても仕方がありませんから、この片隅に積まれた弁当を手に取りまして、ふと、こんなことを考えるのです。
辺りを見回せば、家族連れに若いカップル、みんな正月気分に浮かれて、実に幸せそうじゃあないか。
なに、自分にも新しい家族が出来て、幸せな正月であることは間違いない。
しかし、このカゴの中身の惨めさといったらどうだろう。
から揚げ弁当がひとつ、缶ビールが一本、奮発して買ったポテトサラダの小バック。
これはどうしても、畳が波打った4畳半ひと間かなにかに住んでいる、どてらを着た寂しい中年男の、哀れなお正月そのものじゃあないか。
そこで私は、犯してもいない罪を罰せられるかのように、いそいそと、カゴの中身を幸せな人々に悟られぬよう足早にレジに向かいます。
ところがこのレジでも、アルバイトのお姉ちゃんが追い討ちをかけんばかりにこう尋ねます。
「お箸は一膳で宜しいですか?」
これが私には、
「お独りの、寂しいお正月ですか?」
と、聞こえてならぬのです。
いや、俺にはちゃんと妻がいるから、2膳くれ。
否々、新しい家族が生まれてこんな幸せな時はないんだ、3膳くれ。
しかし、たったひとつのから揚げ弁当を、3人で分かち合うのかと思われても、これはこれでひどく哀れなお正月になってしまいそうですから、ここはやはり、ぐっとこらえて、
「はい、一膳で」
これを、連日繰り返しております。
早く、退院しないかなぁ。
お正月、如何お過ごしでしょうか。
私は、暮れも暮れ、30日にようやく赤ん坊が産まれまして、正月は病院通いの毎日です。
お陰さまで母子共に健康で、無事、3,700グラムの大きな女の子が誕生しました。
出産に立ち会いまして、私、大変な感動を覚えたのですが、しかしこの手の話は、熱く語ったところでどうしても聞く者との間に温度差がありますから、詳細は端折りましてひと言。
良かったです。興奮しました。久し振りに、とっても素敵な1日でした。
毎日午頃には病院に着きまして、面会が夜の9時までとなっておりますから、大体10時くらいには家に戻ってまいります。
およそ9時間もの間、ベッドと小さなふたり掛けのソファがあるばかりの狭い病室で、一体何をしているのかと言いますと、赤ん坊のほっぺたを指で突いたり、テレビを見たり、後は近くのスーパーで買ってきた弁当を食べたりして過ごしております。
今時、元旦から営業する店も珍しくはありませんが、昔はそんなことはまずありませんでしたよね。
暮れともなれば、お正月用に大量の食料品を買い込んで、これがまた、子供心に、正月独特のワクワクとした気持ちを抱かせたものでした。
お正月って、何と言っても年の初めですから、あくせくとしたくはありませんし、かと言って、テレビもなんだかつまらない、年賀状も毎年同じ人間から来るばかり、昼間から堂々と酒を飲めるのは良いけれど、実は結構、退屈ですよね。
その証拠に、元旦から営業しているこの手の店に行きますと、実に多くの人間が、ぶらぶらぶらぶらとしております。で、こういうぶらぶらとしている人間に混じって、私、毎日、お昼と夕の弁当を買っているのです。
妻には勿論、病院の食事が出ますから、買うのは私ひとり分の弁当だけでして、ところが正月のこの時期です、お惣菜のコーナーには、パーティーセットのような豪華なおかずがズラリと並んで、
普段は主役であるはずの、幕の内やらトンカツ弁当、そんな耳くそのような食べ物は、コーナーの片隅に申し訳程度に積まれているばかりです。
私、そんなに大きなセットを買っても仕方がありませんから、この片隅に積まれた弁当を手に取りまして、ふと、こんなことを考えるのです。
辺りを見回せば、家族連れに若いカップル、みんな正月気分に浮かれて、実に幸せそうじゃあないか。
なに、自分にも新しい家族が出来て、幸せな正月であることは間違いない。
しかし、このカゴの中身の惨めさといったらどうだろう。
から揚げ弁当がひとつ、缶ビールが一本、奮発して買ったポテトサラダの小バック。
これはどうしても、畳が波打った4畳半ひと間かなにかに住んでいる、どてらを着た寂しい中年男の、哀れなお正月そのものじゃあないか。
そこで私は、犯してもいない罪を罰せられるかのように、いそいそと、カゴの中身を幸せな人々に悟られぬよう足早にレジに向かいます。
ところがこのレジでも、アルバイトのお姉ちゃんが追い討ちをかけんばかりにこう尋ねます。
「お箸は一膳で宜しいですか?」
これが私には、
「お独りの、寂しいお正月ですか?」
と、聞こえてならぬのです。
いや、俺にはちゃんと妻がいるから、2膳くれ。
否々、新しい家族が生まれてこんな幸せな時はないんだ、3膳くれ。
しかし、たったひとつのから揚げ弁当を、3人で分かち合うのかと思われても、これはこれでひどく哀れなお正月になってしまいそうですから、ここはやはり、ぐっとこらえて、
「はい、一膳で」
これを、連日繰り返しております。
早く、退院しないかなぁ。
2007年12月26日
星にあぐらを
クリスマスも終わり、すっかり年の瀬ですね。
ついこの間、餅つきで誤って近所のおばちゃんの指をついてしまったと思ったら、あれからもう一年、月日が流れるのは実に早いものです。
うちの近所では、嫁と姑が餅をついていて、合いの手を入れる姑の頭を、嫁が杵でついちゃった、
なんていう事件がありました。どうやら嫁は含むところがあったらしい、というのがもっぱらの噂です。
この時節になりますと、やれ今年はどんな年だった、来年はかくありたい、なんて言葉をよく耳に
いたします。
そこで、ちょっと運勢のお話。
私、占いが好きという訳ではありませんが、雑誌の隅っこに見かけたりすると何となく気になりまして、必ず目を通します。
占いにも色々とありますが、やはり誰しも希望を持ってこれを見る訳ですから、自分に都合のいいことが書かれているほうが嬉しいですよね。
そこで、悪いことは忘れて、都合のいいことばかりを四方八方から集めてきまして、
これを要約いたしますと、私の来年の運勢、とっても良いのだそうです。
なんでも、12年に一度の当たり年なのだそうです。
こういう1年を言い当てる占いではなくて、生まれ持った星を占うようなものもありますね。
これもやはり同じ方法で、色々なところから良い情報だけを集めてきまして要約すると、
これまた私の星、大変運気が良いのです。
どう良いのかと申しますと、まず、金に困らないのだそうです。
金に困らない代わりに、金は貯まらないのだそうです。
これ、まったく種類の違う幾つかの占いが、揃って同じことを言っておりますから、なかなかの信憑性があると思われます。
また、実際にこれまでの人生に、ぴたりと当てはまっているような気もいたします。
そこで、これを前提に振り返りますと、確かに思い当たることがあるのです。
私、デパートやスーパーなんかに行きますと、非常によく、「いらっしゃいませ」と言われます。
ひいき目を抜きにして、そう声を掛けられることが人よりも間違いなく多いと思います。
商品の陳列に夢中であった店員が、私が近くを通ると、はっと顔を上げて、「いらっしゃいませ」。
他のお客さんに何かを説明していた店員が、私の影が近づいた途端、はっ、「いらっしゃいませ」。
これ、本当ですよ。とにかく大変な歓迎振りなのです。
実際にこのことに気がつきまして、これを証明すべく友人とデパートに出掛けましたら、この友人、私の「いらっしゃいませ」の言われっ振りに驚いておりました。
で、なんでこんな事が起こるのかと考えますと、ここで例の星なのです。
皆さん、商売に携わる人々は、私の金に困らないという星を、目には見えずとも、何となく、
気配か何かで感じているのではないでしょうか。
あ、金に困らない星がやって来た。
もっと大袈裟に言えば、福の神がやって来た。
無意識に、そんな風に感じているんじゃあないでしょうか。
私、現在自分のデザインに「萬年」という雅号で落款を入れておりますが、来年からはこれを「大黒」と改めようと考えております。これ、真面目な話です。
こういう根拠のない運勢に、その気になるのはどうかとも思いますが、最近私、こう考えるのです。
そろそろ、あれやこれやと将来の心配をするのは止めて、自分の星に、どかっとあぐらをかいてもよい時分ではなかろうか。
事実、これまでも、人や仕事に恵まれて、何不自由なくやってこれたではないか。
この先どうなるか分からない、と一生懸命あくせくするよりも、開き直って、なに、俺は大黒なのだと、ひとつハムスターでも飼ってみたらどうだろう。
しかし、こんなことを考えているのは、紛れもなく、実は私、冬場になって仕事があんまり暇ですから、しょっちゅうヤキモキしていることの裏返しなのです。
「いらっしゃいませ」の話をある友人にいたしますと、それは万引き防止策だ、と言われました。
怪しい客にはそうやって声を掛けるものなのだそうです。
大黒が一転して、万引き常習者。
まったく世知辛い世の中です。
ついこの間、餅つきで誤って近所のおばちゃんの指をついてしまったと思ったら、あれからもう一年、月日が流れるのは実に早いものです。
うちの近所では、嫁と姑が餅をついていて、合いの手を入れる姑の頭を、嫁が杵でついちゃった、
なんていう事件がありました。どうやら嫁は含むところがあったらしい、というのがもっぱらの噂です。
この時節になりますと、やれ今年はどんな年だった、来年はかくありたい、なんて言葉をよく耳に
いたします。
そこで、ちょっと運勢のお話。
私、占いが好きという訳ではありませんが、雑誌の隅っこに見かけたりすると何となく気になりまして、必ず目を通します。
占いにも色々とありますが、やはり誰しも希望を持ってこれを見る訳ですから、自分に都合のいいことが書かれているほうが嬉しいですよね。
そこで、悪いことは忘れて、都合のいいことばかりを四方八方から集めてきまして、
これを要約いたしますと、私の来年の運勢、とっても良いのだそうです。
なんでも、12年に一度の当たり年なのだそうです。
こういう1年を言い当てる占いではなくて、生まれ持った星を占うようなものもありますね。
これもやはり同じ方法で、色々なところから良い情報だけを集めてきまして要約すると、
これまた私の星、大変運気が良いのです。
どう良いのかと申しますと、まず、金に困らないのだそうです。
金に困らない代わりに、金は貯まらないのだそうです。
これ、まったく種類の違う幾つかの占いが、揃って同じことを言っておりますから、なかなかの信憑性があると思われます。
また、実際にこれまでの人生に、ぴたりと当てはまっているような気もいたします。
そこで、これを前提に振り返りますと、確かに思い当たることがあるのです。
私、デパートやスーパーなんかに行きますと、非常によく、「いらっしゃいませ」と言われます。
ひいき目を抜きにして、そう声を掛けられることが人よりも間違いなく多いと思います。
商品の陳列に夢中であった店員が、私が近くを通ると、はっと顔を上げて、「いらっしゃいませ」。
他のお客さんに何かを説明していた店員が、私の影が近づいた途端、はっ、「いらっしゃいませ」。
これ、本当ですよ。とにかく大変な歓迎振りなのです。
実際にこのことに気がつきまして、これを証明すべく友人とデパートに出掛けましたら、この友人、私の「いらっしゃいませ」の言われっ振りに驚いておりました。
で、なんでこんな事が起こるのかと考えますと、ここで例の星なのです。
皆さん、商売に携わる人々は、私の金に困らないという星を、目には見えずとも、何となく、
気配か何かで感じているのではないでしょうか。
あ、金に困らない星がやって来た。
もっと大袈裟に言えば、福の神がやって来た。
無意識に、そんな風に感じているんじゃあないでしょうか。
私、現在自分のデザインに「萬年」という雅号で落款を入れておりますが、来年からはこれを「大黒」と改めようと考えております。これ、真面目な話です。
こういう根拠のない運勢に、その気になるのはどうかとも思いますが、最近私、こう考えるのです。
そろそろ、あれやこれやと将来の心配をするのは止めて、自分の星に、どかっとあぐらをかいてもよい時分ではなかろうか。
事実、これまでも、人や仕事に恵まれて、何不自由なくやってこれたではないか。
この先どうなるか分からない、と一生懸命あくせくするよりも、開き直って、なに、俺は大黒なのだと、ひとつハムスターでも飼ってみたらどうだろう。
しかし、こんなことを考えているのは、紛れもなく、実は私、冬場になって仕事があんまり暇ですから、しょっちゅうヤキモキしていることの裏返しなのです。
「いらっしゃいませ」の話をある友人にいたしますと、それは万引き防止策だ、と言われました。
怪しい客にはそうやって声を掛けるものなのだそうです。
大黒が一転して、万引き常習者。
まったく世知辛い世の中です。
2007年12月13日
断酒
私、毎日欠かさずにお酒を飲みます。
以前、人から真面目に、アル中ではないか、と心配されたことがありますが、別に自分では、アル中だとは思っておりません。
しかし、頭のおかしな人間が、俺はおかしくないのだと、声高らかに言い張れば言い張るほど、
余計におかしく見えてくるのが世間の目というものですから、私、なるべく控えめに、自分はアル中なんかじゃあないんだよ、と思うようにしております。
アル中でないのなら、1日でも酒を抜いてみろ。
そんな無茶なことを言う者もおりますが、しかしこれ、酒をよく飲まない人の勘違いだと思うのです。
例えば、まあ、そんなことはまずありませんが、例えば家に一滴のお酒もない、なんて事態に遭遇して、果たして私、夜中に台所でべろべろと、粕漬けの容器の蓋を舐めたり、みりんをガブ飲みしたりするでしょうか。
これをすると言うならば、さすがにアル中と呼ばれても仕方がありませんが、しかし、私の答えは、
毅然として、ノー、であります。舐めません、そんなもの。
つまり私、お酒を飲みたいからお酒を飲んでいるだけでして、なにも、アルコールを体に吸収したくて酒を飲んでいる訳のではないのです。
この違い、分かって頂けますでしょうか。
ところが昨日は、なんと一滴のお酒も飲みませんでした。
健康な状態でお酒を抜く、なんていうことは、それこそ10年や15年、一日もなかったような気が
いたします。
もっとも私、病気で倒れることも滅多にありませんから、実際に酒を口にしない日といえば、
2年に一度くらいなものでしょうか。
それでも、風邪に熱を出して酒を控えた翌朝は、決まって自分が誇らしく思えるものです。
ああ、やっぱりか。
そうれ見ろ。
やっぱり俺は、アル中なんかじゃあないんだ。
見事に1日、酒を抜いて見せたじゃあないか。
なんて、変に自信がつくのです。
まして昨日は、体の調子がおかしい訳でもないのに、です。
この自信、益々深まるばかりです。
で、どうして酒を抜いたのかと申しますと、妻の出産が、お医者さん曰く、いよいよいつ来てもおかしくない、間近なものとなったからであります。
まずは陣痛が始まった時に、車でひと山越えて病院まで連れて行かねばなりません。
よし、それはなんとか、タクシーを呼ぶなり近所の人に頼むなりして譲っても、
着いたその先で、ウンウンと必死に唸る妻、これを頑張って、と励ます先生や助産婦さん、
神聖な場所で真剣な人々を目の前に、スルメイカをくわえながら赤い顔でニタニタと、どうにも酒臭い息で一緒になってスウスウハア、
これではやっぱり、人として失礼な気がするのです。
ですから、酒を抜くことに勿論異存はありませんが、しかし問題は、いつから抜こうかということなのです。
なにせ、お産というものはいつ始まるのか分かりません。
予定日なんていうものは、あってないようなものですし、とにかく私としては、出来る限り、どんぴしゃりで、酒を抜きたいのです。
折角酒を抜いたのに、何も起こらなければ、やっぱり抜き損という言葉が頭を掠めます。
何かよい方法はないかなぁ、と考えますが、こればっかりはどうにもならないようでして、あんまり
こういうことを言っていると、その内、妻も怒り出しまして、そもそも臨月に入ったら止めると言っていた
じゃあないか、なんて、こちらが口答えできないようなことを言い出します。
せめて、どんズバリの日を教えてくれなくとも、例えば、何曜日だとか、偶数奇数どちらの日だとか、
時間帯だって構いません、午前中だ午後遅だ、そんなことだけでも分かればなぁ、と思います。
倍率は低くなるけれども、確率は上がる。ルーレットなんかにそういう賭け方がありますよね。
ビールを2本までとするから、月水金なのか火木土なのか、知りたい。
ビールを1本までとするから、今週なのか今週じゃあないのか、知りたい。
粕漬けの蓋を舐めるだけとするから、今日なのか、今日じゃあないのか、教えて欲しい。
無事の出産を、願って焦がれる毎日です。
追記
私、只今家に戻ってまいりまして、外で大いに焼肉を食べてまいりました。
焼肉といえばどうしても、ビールやサワーが欠かせませんから、仕方がなく、数杯飲んでしまいました。
今日は、何事も起こらなければよいなぁ。
以前、人から真面目に、アル中ではないか、と心配されたことがありますが、別に自分では、アル中だとは思っておりません。
しかし、頭のおかしな人間が、俺はおかしくないのだと、声高らかに言い張れば言い張るほど、
余計におかしく見えてくるのが世間の目というものですから、私、なるべく控えめに、自分はアル中なんかじゃあないんだよ、と思うようにしております。
アル中でないのなら、1日でも酒を抜いてみろ。
そんな無茶なことを言う者もおりますが、しかしこれ、酒をよく飲まない人の勘違いだと思うのです。
例えば、まあ、そんなことはまずありませんが、例えば家に一滴のお酒もない、なんて事態に遭遇して、果たして私、夜中に台所でべろべろと、粕漬けの容器の蓋を舐めたり、みりんをガブ飲みしたりするでしょうか。
これをすると言うならば、さすがにアル中と呼ばれても仕方がありませんが、しかし、私の答えは、
毅然として、ノー、であります。舐めません、そんなもの。
つまり私、お酒を飲みたいからお酒を飲んでいるだけでして、なにも、アルコールを体に吸収したくて酒を飲んでいる訳のではないのです。
この違い、分かって頂けますでしょうか。
ところが昨日は、なんと一滴のお酒も飲みませんでした。
健康な状態でお酒を抜く、なんていうことは、それこそ10年や15年、一日もなかったような気が
いたします。
もっとも私、病気で倒れることも滅多にありませんから、実際に酒を口にしない日といえば、
2年に一度くらいなものでしょうか。
それでも、風邪に熱を出して酒を控えた翌朝は、決まって自分が誇らしく思えるものです。
ああ、やっぱりか。
そうれ見ろ。
やっぱり俺は、アル中なんかじゃあないんだ。
見事に1日、酒を抜いて見せたじゃあないか。
なんて、変に自信がつくのです。
まして昨日は、体の調子がおかしい訳でもないのに、です。
この自信、益々深まるばかりです。
で、どうして酒を抜いたのかと申しますと、妻の出産が、お医者さん曰く、いよいよいつ来てもおかしくない、間近なものとなったからであります。
まずは陣痛が始まった時に、車でひと山越えて病院まで連れて行かねばなりません。
よし、それはなんとか、タクシーを呼ぶなり近所の人に頼むなりして譲っても、
着いたその先で、ウンウンと必死に唸る妻、これを頑張って、と励ます先生や助産婦さん、
神聖な場所で真剣な人々を目の前に、スルメイカをくわえながら赤い顔でニタニタと、どうにも酒臭い息で一緒になってスウスウハア、
これではやっぱり、人として失礼な気がするのです。
ですから、酒を抜くことに勿論異存はありませんが、しかし問題は、いつから抜こうかということなのです。
なにせ、お産というものはいつ始まるのか分かりません。
予定日なんていうものは、あってないようなものですし、とにかく私としては、出来る限り、どんぴしゃりで、酒を抜きたいのです。
折角酒を抜いたのに、何も起こらなければ、やっぱり抜き損という言葉が頭を掠めます。
何かよい方法はないかなぁ、と考えますが、こればっかりはどうにもならないようでして、あんまり
こういうことを言っていると、その内、妻も怒り出しまして、そもそも臨月に入ったら止めると言っていた
じゃあないか、なんて、こちらが口答えできないようなことを言い出します。
せめて、どんズバリの日を教えてくれなくとも、例えば、何曜日だとか、偶数奇数どちらの日だとか、
時間帯だって構いません、午前中だ午後遅だ、そんなことだけでも分かればなぁ、と思います。
倍率は低くなるけれども、確率は上がる。ルーレットなんかにそういう賭け方がありますよね。
ビールを2本までとするから、月水金なのか火木土なのか、知りたい。
ビールを1本までとするから、今週なのか今週じゃあないのか、知りたい。
粕漬けの蓋を舐めるだけとするから、今日なのか、今日じゃあないのか、教えて欲しい。
無事の出産を、願って焦がれる毎日です。
追記
私、只今家に戻ってまいりまして、外で大いに焼肉を食べてまいりました。
焼肉といえばどうしても、ビールやサワーが欠かせませんから、仕方がなく、数杯飲んでしまいました。
今日は、何事も起こらなければよいなぁ。
2007年12月05日
続・屋根裏
相変わらず、屋根裏ばかりをいじくっています。
手をつけるのが億劫で、あんなに重くのしかかっていた屋根裏が、今ではなくてはならないくらい、
これが終わってしまったら何を楽しみに生きていこうか、と思うくらい、
毎日の生活の、大黒柱となっております。
掃除は中途半端に投げ出しまして、最近は、床板張りをやっております。
同じことばかりを延々繰り返すというのは、どうしても気力が続きにくいものでして、
ですから、とりあえず掃除が終わった部分に床を張り、そうしてそこに座って、お酒を飲んだり煙草を吸ったり、夢がある程度現実となったことを味わって、それからまた、次の部分に取り掛かります。
やはり、そうでなくっちゃあ、続きません。
あの万里の長城にしてみても、親から子、子から孫へと何代も掛かって築き上げたものですから、実際の労働に従事する者は、自分が生きている間にその完成を見ることが叶いません。
そうなれば、先の見えない単調な作業の繰り返しに、絶望的になるのが人間の常でして、
こういう労働力の倦怠を懸念した時の権力者は、工事を細分化し、小さな部分をひとつひとつ完成
させていく、という方針に切り替えたのだと聞きます。
ですから、私が中途で掃除を放り出したのも、まんざら理に適わぬものではないのです。
子供の頃、家の庭に地下室を作ろうと考えました。
ショベルで穴を掘って、その建築資材に考えたのは、段ボール箱でした。
これ、蜜柑の空き箱であったと記憶しております。
穴を掘るというのは、やってみると意外にも大変な作業でして、まして小学生の私には、
夢に見た地下室、恐らくは6畳ひと間くらいの部屋を思い描いていたのだと思いますが、これだけの
土をほじくり返す体力などはとてもなく、もっとも、そんな体力は今でもないと思いますが、
とりあえずは、段ボール箱1箱分の見当の穴を掘った時点で、早速その蜜柑箱をはめ込んでみたのでした。ところがそれでも、深さが足らずに、箱は、3分の2程度が埋まったばかりでした。
しかし、形はどうあれ、目の前に具現化し始めた自分の夢に、私は非常にわくわくといたしました。
半分地中に埋まった蜜柑箱に、体育座りで納まって、それは、いくら子供とはいえ、身動き出来ないくらいに窮屈な体勢でした。
それでも私は、そこでお菓子を食べながら、漫画を読んだり、口笛を吹いたり、ともかくも、腰から下半分は、紛れもなく地下室であったのです。
近所の人は、地表に半分姿を覗かせ、黙然と座り続ける私に、
一体あそこの子供は何に取憑かれたろう、と思ったやも知れません。
で、私の屋根裏。
これよりは、さすがにいくらか進歩しているような気がいたします。
そもそもは、下の部屋の天井板、これがそのまま屋根裏の床となっている訳ですが、
これが大変古い板でして、迂闊に歩けばみしみしと、いつ底が抜けるか分かりません。
そこで、新たに根太を組んで、板を張り、ちゃんとした床を作ろう、と作業を始めた訳ですが、
しかしこれが、思ったよりも大変でした。
よく見れば、柱も壁も、この家自体が微妙に傾いております。
この傾きと、それから長い年月に変形した床のうねりと、それらが一方向に均一に、という訳ではありませんから、あっちが高かったりこっちが高かったり、一体何処を基準に水平を作ればよいのか分かりません。
おまけに私の日曜大工、きちんと寸法を測ったり、図面を引いたりいたしませんで、すべてが目分量ですから、まあいいや、と進めるうちに、張った床が広がれば広がるほど、最初の微妙な狂いが段々と、大きな傾斜となって現れ始めました。
今では、ビー玉がコロコロと、際限なく転がるような傾きようです。
しかし、折角張った板を剥がしてやり直すのは億劫ですし、なに、私の家にはビー玉なんてありません、仮に引き出しの隅っこで見つけても、そんなものは金槌で叩き壊してやればよいのです。
要は、丸いものを置かなければ、何も転がらずに済むのです。
床板を傾かせているのは、私の大雑把な仕事ではなく、傾いてると思う心なのだと思うのです。
お釈迦様も、こう仰っております。
腹が減った苦しみを取り除くためには、とるべき道がふたつある。
食べ物を口にするか、腹が減っていることを忘れるか。
一生懸命張った床板の傾きを取り除くためには、やり直すか、傾いていることを忘れるか、
このどちらかしかないのです。
しかし、傾いていることを忘れてしまうということは、自然、自分がこれに平行して傾いてしまっていることになりますから、それが当たり前となるならば、今度は世の中が傾いて見えるに違いありません。
薄暗い屋根裏で、自分が変に斜めに傾いて、見るもの聞くものすべてを、曲がってんなぁ~、
傾いてんなぁ~、なんてぶつぶつと呟いて・・。
ああ、やっぱりやり直そうかなぁ。
2007年12月03日
湯煙考
最近、海外に出ると言ってもせいぜいひと月ふた月ですから、旅行中に日本食が恋しくなる、ということはまずありません。
ですから、帰国してさっそく蕎麦や何かをすすっても、昔のように震えるような喜びを感じることはなくなりました。
その代わりに、最近震えてしまうのが、風呂であります。
空港からのその足で、必ず何処かの銭湯に立ち寄りまして、帰国するのは大抵朝の便ですから、
午前中のひとっ風呂、これがたまらないのです。
午前中でも、風呂に入っている人間というのは結構いるものでして、一体この人たちはきちんと働いているのだろうか、なんて、他人事ながらも少々心配になります。
モウモウと立ち昇る湯煙の中、湯船のへりに腰掛けて、何やら世間話をしているじいさん。
かと思えば、露天風呂ではその辺の床に裸で大の字に寝転ぶ者もいて、
いやあ、実にのん気極まりない。
こういう光景を、いまだ外国を旅している感覚が抜けきらぬ目で眺めると、日本の風呂文化って、
改めて素晴らしいなぁ、と思います。
それからもうひとつ嬉しいことは、外国を旅していると、それぞれの国の習慣というものが当然ありまして、これがなかなか身につくものではありません。
我々は、旅をすると言っても、主に旅行者が動きやすい場所を動いているだけでして、もっとディープな、その土地に暮らす人たちだけが集う場所、そんな場所に出入りするには、この習慣なしには
なかなかやりづらいものがあります。
例えば以前、旅先で同じように公共浴場に行ったことがありますが、勝手が分からずにまごまごとするばかりで、ちっとも落ち着いた気分になれませんでした。
ちょっと珍しい料理を食べようと出掛けても、言葉も通じなければ、そのオーダーの仕方も食べ方も分からない。そんな経験が、掘り起こせば随分とあります。
ところが、ここは、日本の風呂なのです。
誰かに何かを尋ねなくたって、私、ちゃんとその入り方を知っています。
かけ湯を流して、体を洗って、湯船に浸かって、ああ、と言う。
なんだか、そういう当たり前のことが出来る自分に、誇りさえ覚えるようです。
どうだ、俺は知っているぞ。ここは、俺の暮らす国なんだ。
これ、結局は、自分の場所があるということを改めて噛みしめる喜びなのでしょうね。
そんなことを考えて風呂に入っている人もあまりいないでしょうが、しかし、こうした目で眺めれば、
成程みんな、実に自然に、自分の場所にいるではありませんか。
肩に刺青を入れた粋がった兄さんだって、なに、日本人です、湯船の中にタオルを入れるようなことは決していたしません。これ、本当ですよ。今度注意して見てみて下さい。
こういうの、いいなぁ、と思います。日本の文化、いいじゃあないか、って思います。
こういう自分の場所にいる人たちって、別にこれと言って特別なことをしている訳ではないのですが、何故かしら、格好良く見えるものです。
私、最近、月に2回は消防のポンプ点検というのに出掛けます。
出掛けると言ったって、向こうではただ突っ立って見ているだけですから、ポンプの動かし方も何も知りません。そんな中、手際よく、ドドドッとエンジンを掛けて、バババッと放水する連中を見ていると、
これ、ほんとに田舎の普通のおっさん達なのですが、やはり、カッコイイなぁ、と思います。
この錯覚、錯覚と言っては失礼ですが、やはり私が、居場所のない、まごまごとする外国人であるが故のものなのです。
しかし、こういうまごまごとした目と言うのは、決して悪いものではありません。
何と言っても、物事が新鮮に見えますし、生活に味わいというものが生まれます。
外国人になったつもりで、ちょっと日々の生活を見直してみる、これは意外に楽しいことです。
ロンリープラネットという、英語圏の人間には非常にポピュラーなガイドブックがありますが、
私、これの「JAPAN」を持っております。
食べ物から宿泊施設、交通手段、日本を旅するためのあらゆる情報が、外国人、それも主にバックパッカー向けに書かれておりますから、読み物として、ちょっとお勧めです。
我々の知らない、新たな日本を、発見出来るのではないでしょうか。
ですから、帰国してさっそく蕎麦や何かをすすっても、昔のように震えるような喜びを感じることはなくなりました。
その代わりに、最近震えてしまうのが、風呂であります。
空港からのその足で、必ず何処かの銭湯に立ち寄りまして、帰国するのは大抵朝の便ですから、
午前中のひとっ風呂、これがたまらないのです。
午前中でも、風呂に入っている人間というのは結構いるものでして、一体この人たちはきちんと働いているのだろうか、なんて、他人事ながらも少々心配になります。
モウモウと立ち昇る湯煙の中、湯船のへりに腰掛けて、何やら世間話をしているじいさん。
かと思えば、露天風呂ではその辺の床に裸で大の字に寝転ぶ者もいて、
いやあ、実にのん気極まりない。
こういう光景を、いまだ外国を旅している感覚が抜けきらぬ目で眺めると、日本の風呂文化って、
改めて素晴らしいなぁ、と思います。
それからもうひとつ嬉しいことは、外国を旅していると、それぞれの国の習慣というものが当然ありまして、これがなかなか身につくものではありません。
我々は、旅をすると言っても、主に旅行者が動きやすい場所を動いているだけでして、もっとディープな、その土地に暮らす人たちだけが集う場所、そんな場所に出入りするには、この習慣なしには
なかなかやりづらいものがあります。
例えば以前、旅先で同じように公共浴場に行ったことがありますが、勝手が分からずにまごまごとするばかりで、ちっとも落ち着いた気分になれませんでした。
ちょっと珍しい料理を食べようと出掛けても、言葉も通じなければ、そのオーダーの仕方も食べ方も分からない。そんな経験が、掘り起こせば随分とあります。
ところが、ここは、日本の風呂なのです。
誰かに何かを尋ねなくたって、私、ちゃんとその入り方を知っています。
かけ湯を流して、体を洗って、湯船に浸かって、ああ、と言う。
なんだか、そういう当たり前のことが出来る自分に、誇りさえ覚えるようです。
どうだ、俺は知っているぞ。ここは、俺の暮らす国なんだ。
これ、結局は、自分の場所があるということを改めて噛みしめる喜びなのでしょうね。
そんなことを考えて風呂に入っている人もあまりいないでしょうが、しかし、こうした目で眺めれば、
成程みんな、実に自然に、自分の場所にいるではありませんか。
肩に刺青を入れた粋がった兄さんだって、なに、日本人です、湯船の中にタオルを入れるようなことは決していたしません。これ、本当ですよ。今度注意して見てみて下さい。
こういうの、いいなぁ、と思います。日本の文化、いいじゃあないか、って思います。
こういう自分の場所にいる人たちって、別にこれと言って特別なことをしている訳ではないのですが、何故かしら、格好良く見えるものです。
私、最近、月に2回は消防のポンプ点検というのに出掛けます。
出掛けると言ったって、向こうではただ突っ立って見ているだけですから、ポンプの動かし方も何も知りません。そんな中、手際よく、ドドドッとエンジンを掛けて、バババッと放水する連中を見ていると、
これ、ほんとに田舎の普通のおっさん達なのですが、やはり、カッコイイなぁ、と思います。
この錯覚、錯覚と言っては失礼ですが、やはり私が、居場所のない、まごまごとする外国人であるが故のものなのです。
しかし、こういうまごまごとした目と言うのは、決して悪いものではありません。
何と言っても、物事が新鮮に見えますし、生活に味わいというものが生まれます。
外国人になったつもりで、ちょっと日々の生活を見直してみる、これは意外に楽しいことです。
ロンリープラネットという、英語圏の人間には非常にポピュラーなガイドブックがありますが、
私、これの「JAPAN」を持っております。
食べ物から宿泊施設、交通手段、日本を旅するためのあらゆる情報が、外国人、それも主にバックパッカー向けに書かれておりますから、読み物として、ちょっとお勧めです。
我々の知らない、新たな日本を、発見出来るのではないでしょうか。
2007年11月19日
将棋
昨日は、消防の訓練でした。
朝の7時に集合ということでしたから、そんなに早起きをして訓練中にお腹が下らないかしら、
と、そればかりが心配でした。
まじめな話、前例は、いくらでもあるのです。
ですから私、ゴクリと2粒、強力な整腸剤を飲んで、出動いたしました。
この薬が効いたのか、それとも前の晩、用心して9時に寝たのがよかったのか、とにかく訓練は無事に終了いたしました。
それから皆で朝飯を食べて、お疲れ様です、と解散したのが、まだ9時半でありました。
朝の6時に起きると、1日ってとても長いものです。
いつもなら漸く動き始める時間に、すでにひと仕事、それも前々から気を重たくしていた大仕事が
終わっています。
この調子なら、始まったばかりの今日1日を、なんだか有効に使えるのではないか、
そんな気がしてまいります。
ところが、そう考えるのは素人の浅知恵というものでして、やはり人間には、それぞれの容量という
ものがあるのです。
いくら時間が有り余っていたって、どんなにやる気に満ちていたって、そんなことは、電池が切れて
しまえば関係ないのです。
ですから私、昨日は、訓練に燃え尽きて、不本意ながらも終日まるまる、阿呆のようにぐったりとして過ごしました。
で、ぐったりと何をしていたかと言いますと、テレビで将棋を見ておりました。
私、将棋は子供の頃にやったくらいで、今では駒の動かし方もはっきりといたしませんが、
それでも、割りと好きなのです。棋士に関する本を読んだり、テレビで対局を眺めたり、
分からないなりにも、何故だか興味を覚えるのです。
いつでしたか、コンピューターと竜王の対戦、というのがありました。
これは大変面白かったです。勝負自体も勿論面白かったのですが、一番興味を引いたのは、
このコンピューターをプログラムした人が、まるで将棋を知らないということでした。
要するに、膨大なデータを如何に処理して計算するか、この方法を考え、プログラムする人ですから、別に将棋のことなんて知らなくてもいいんですね。
ところがこのコンピューターが、滅法強いんです。
また、滅法強いから、いよいよ竜王の登場となった次第なのです。
ちなみにチェスの世界では、すでにコンピューターが世界チャンピオンを打ち負かしているんですよ。
この対局、プログラマーの隣には、ちゃんと将棋の分かる棋士が座って、盤を挟んだ竜王と、
コンピューターの指示で実際に駒を動かし合う、というものでした。
結果は、竜王の勝利でしたが、しかしこれ、決して楽な勝利ではありませんでした。
で、投了の時、普通将棋って、何手も何十手も先を読んで差していますから、詰めが見えればもう、そこまでですよね。子供の将棋のようにしつこく最後まで打ったりせずに、参りました、と頭を下げて
終わりです。
ところがこのプログラマー、なにせ将棋を知りませんから、自分が詰まれていることが分からない。
隣の棋士が、参りました、と投了したのに驚いて、えっ、なんて声を上げました。
本当ですか? なんて小声で訊いて、棋士の説明にもなかなか納得がいかない様子でありました。
この気持ち、やはり将棋のよく分からない私には、非常によく分かるんです。
実は昨日テレビで見ていた対局も、後手が次から次へと王手で攻めていて、いきなりぷつっと投了、突然勝敗が決したんです。
どちらが投了したのかよく分からずに、てっきり攻め続けていた後手が勝ったものと思っていたら、
百何十手で、先手何々八段の勝ち、
なんてナレーションが流れました。
ええっ?どういうこと?と、私、本当にずっこけるような思いでした。
つまりは、繰り返すようですが、子供の将棋じゃあないんです。
先を読み、また、潮時も知る、大人の世界なのです。
しかし、ずっこけさせられた腹いせに、こんなことも考えます。
確かに、あと十数手も差せば、詰まれることは間違いないのかも知れない。
しかし、その十数手の間に、例えば相手が早起きによる腹痛を起こして、畳の上をもんどり打つ可能性だってあるではないか。
地震が起きて、駒が踊って、上手い具合にガチャガチャになることだってあり得るではないか。
どうしてそう、先を急ぐのだ。
何故君は、そんなに早く、投了してしまうのだ。
すると彼は、きっとこう答えるでしょうね。
そんなことで、仮に対局が流れても、もうすでに、負けは負けなのです。
つまり、負けというものは、状況が決するものではなく、自分の中で決するものなのです。
成程。
朝の7時に集合ということでしたから、そんなに早起きをして訓練中にお腹が下らないかしら、
と、そればかりが心配でした。
まじめな話、前例は、いくらでもあるのです。
ですから私、ゴクリと2粒、強力な整腸剤を飲んで、出動いたしました。
この薬が効いたのか、それとも前の晩、用心して9時に寝たのがよかったのか、とにかく訓練は無事に終了いたしました。
それから皆で朝飯を食べて、お疲れ様です、と解散したのが、まだ9時半でありました。
朝の6時に起きると、1日ってとても長いものです。
いつもなら漸く動き始める時間に、すでにひと仕事、それも前々から気を重たくしていた大仕事が
終わっています。
この調子なら、始まったばかりの今日1日を、なんだか有効に使えるのではないか、
そんな気がしてまいります。
ところが、そう考えるのは素人の浅知恵というものでして、やはり人間には、それぞれの容量という
ものがあるのです。
いくら時間が有り余っていたって、どんなにやる気に満ちていたって、そんなことは、電池が切れて
しまえば関係ないのです。
ですから私、昨日は、訓練に燃え尽きて、不本意ながらも終日まるまる、阿呆のようにぐったりとして過ごしました。
で、ぐったりと何をしていたかと言いますと、テレビで将棋を見ておりました。
私、将棋は子供の頃にやったくらいで、今では駒の動かし方もはっきりといたしませんが、
それでも、割りと好きなのです。棋士に関する本を読んだり、テレビで対局を眺めたり、
分からないなりにも、何故だか興味を覚えるのです。
いつでしたか、コンピューターと竜王の対戦、というのがありました。
これは大変面白かったです。勝負自体も勿論面白かったのですが、一番興味を引いたのは、
このコンピューターをプログラムした人が、まるで将棋を知らないということでした。
要するに、膨大なデータを如何に処理して計算するか、この方法を考え、プログラムする人ですから、別に将棋のことなんて知らなくてもいいんですね。
ところがこのコンピューターが、滅法強いんです。
また、滅法強いから、いよいよ竜王の登場となった次第なのです。
ちなみにチェスの世界では、すでにコンピューターが世界チャンピオンを打ち負かしているんですよ。
この対局、プログラマーの隣には、ちゃんと将棋の分かる棋士が座って、盤を挟んだ竜王と、
コンピューターの指示で実際に駒を動かし合う、というものでした。
結果は、竜王の勝利でしたが、しかしこれ、決して楽な勝利ではありませんでした。
で、投了の時、普通将棋って、何手も何十手も先を読んで差していますから、詰めが見えればもう、そこまでですよね。子供の将棋のようにしつこく最後まで打ったりせずに、参りました、と頭を下げて
終わりです。
ところがこのプログラマー、なにせ将棋を知りませんから、自分が詰まれていることが分からない。
隣の棋士が、参りました、と投了したのに驚いて、えっ、なんて声を上げました。
本当ですか? なんて小声で訊いて、棋士の説明にもなかなか納得がいかない様子でありました。
この気持ち、やはり将棋のよく分からない私には、非常によく分かるんです。
実は昨日テレビで見ていた対局も、後手が次から次へと王手で攻めていて、いきなりぷつっと投了、突然勝敗が決したんです。
どちらが投了したのかよく分からずに、てっきり攻め続けていた後手が勝ったものと思っていたら、
百何十手で、先手何々八段の勝ち、
なんてナレーションが流れました。
ええっ?どういうこと?と、私、本当にずっこけるような思いでした。
つまりは、繰り返すようですが、子供の将棋じゃあないんです。
先を読み、また、潮時も知る、大人の世界なのです。
しかし、ずっこけさせられた腹いせに、こんなことも考えます。
確かに、あと十数手も差せば、詰まれることは間違いないのかも知れない。
しかし、その十数手の間に、例えば相手が早起きによる腹痛を起こして、畳の上をもんどり打つ可能性だってあるではないか。
地震が起きて、駒が踊って、上手い具合にガチャガチャになることだってあり得るではないか。
どうしてそう、先を急ぐのだ。
何故君は、そんなに早く、投了してしまうのだ。
すると彼は、きっとこう答えるでしょうね。
そんなことで、仮に対局が流れても、もうすでに、負けは負けなのです。
つまり、負けというものは、状況が決するものではなく、自分の中で決するものなのです。
成程。
2007年11月15日
猫を噛む
旅の仲間が、インドの列車でバックパックを丸ごと盗まれてしまいました。
これ、本当によくある話でして、やはり荷物にはきちんと鍵を付けて、ポールに縛りつけるなり、
それ相応の用心をしなくてはいけません。
バックパックのような鍵の掛けづらいものにでも、なに、南京錠を2つ3つ見せかけでぶら下げて、
それだけだって、盗もうとする人間には大いに効果があるというものです。
私の実家には、至るところに「防犯カメラ設置」と書かれたシールが張ってありますが、
これ、父親のお手製のシールですから、誰が見ても非常にうそ臭い代物でして、その実やっぱり嘘なのです。
しかしそれでも、いくらかの効力は発しているような気がいたします。
私の家の近所では、家に鍵を掛ける者がおりません。
留守をしていても平気で鍵が開いていて、まあ、それで成り立つのですから、それだけ平和ということなのでしょうが、しかし先日、向こう隣のおばちゃんがやって来て、こんな話をして行きました。
このおばちゃん、家に小さな金庫を持っているそうです。
しかし、お金や通帳はそこには入れないのだと言うのです。
どうして入れないのだと尋ねると、決まっている、泥棒は金庫を狙うからだ、と、したり顔をいたします。
お金は別の場所に隠しておいて、金庫には、爪切りや耳かきなんかが入っているのだそうです。
おばちゃん、そんなに小ざかしいことを考えるくらいなら、まずは家に鍵を掛けなよ。
私がそう言うと、おばちゃんは、わはは、と笑っておりました。
で、インドで荷物を盗まれた彼。
深夜の長距離列車、目が覚めて事態に気がついたのが、ちょうど大きなジャンクションの駅だったそうです。列車は停車中で、冷静に考えれば、その駅で盗まれたという根拠は何もないのですが、
しかし彼、とっさにその列車を飛び降りたのだそうです。
実際、こういう深夜のジャンクションでの盗難は、頻発しているんですね。
停車時間も長いですし、乗り降りする乗客も多いですから、まあ、悪いことを考える連中には打ってつけの環境です。
どうしてこうなのかと嫌になるような押し合いへし合い、物売りもいれば赤帽もいる、牛もいれば犬もいる、ギャーギャーと何処かで赤子も泣いている、そういう一種の混乱の中、さっと荷物を掠め取られて、ひと度人混みに紛れ込まれれば、例え彼が血眼で飛び出したにせよ、再びこれを探し当てるというのは至難の業かと思われます。
ところがこの彼、オレンジ色の薄暗い明かりの灯る深夜のホームで、行き交うインド人を掻き分け掻き分け、その前方に、なんと自分のバックパックをずるずると引きずる、痩せたインド人の男の背中を見つけたのだと言うのです。
ザッと駆け寄って、むんずと男の肩を掴んで、この野郎っ、と怒鳴りつけると、その男、弾かれたようにパッと荷物を手放して、そうして、両手を開いて肩をすぼめて、ひと言こう言ったそうです。
「Why?」
「Why?」って・・、「Why」って言われて、俺、調子狂っちゃったよ。
インド人って、やっぱり面白いなぁ、と思います。
私が中学の頃の先輩に、ジャンボというあだ名の人がおりました。
これ、単純に体が大きかったからそう呼ばれていたのだと思いますが、このジャンボが、キセルをして駅員に捕まったことがありました。
当時は、自動改札が普及しておりませんでしたから、私なども、拾った切符を使ったり、定期券の日付をマジックで改ざんしたり、今では考えられないような原始的なキセルをしておりました。
で、このジャンボが捕まった時、駅員に、やはりむんずと肩を掴まれまして、大声で放ったひと言がこうでした。
「ばれたかぁ~」
私、あんまりこれが面白くて、その晩、父親にこの話をいたしますと、私の父、
「そいつは大物になるっ」
と、妙な太鼓判を押したのでした。
その後、ジャンボが大物になったかどうかは知りません。
しかし、窮鼠猫を噛む。
世の中には、色んな噛み方があるものです。
これ、本当によくある話でして、やはり荷物にはきちんと鍵を付けて、ポールに縛りつけるなり、
それ相応の用心をしなくてはいけません。
バックパックのような鍵の掛けづらいものにでも、なに、南京錠を2つ3つ見せかけでぶら下げて、
それだけだって、盗もうとする人間には大いに効果があるというものです。
私の実家には、至るところに「防犯カメラ設置」と書かれたシールが張ってありますが、
これ、父親のお手製のシールですから、誰が見ても非常にうそ臭い代物でして、その実やっぱり嘘なのです。
しかしそれでも、いくらかの効力は発しているような気がいたします。
私の家の近所では、家に鍵を掛ける者がおりません。
留守をしていても平気で鍵が開いていて、まあ、それで成り立つのですから、それだけ平和ということなのでしょうが、しかし先日、向こう隣のおばちゃんがやって来て、こんな話をして行きました。
このおばちゃん、家に小さな金庫を持っているそうです。
しかし、お金や通帳はそこには入れないのだと言うのです。
どうして入れないのだと尋ねると、決まっている、泥棒は金庫を狙うからだ、と、したり顔をいたします。
お金は別の場所に隠しておいて、金庫には、爪切りや耳かきなんかが入っているのだそうです。
おばちゃん、そんなに小ざかしいことを考えるくらいなら、まずは家に鍵を掛けなよ。
私がそう言うと、おばちゃんは、わはは、と笑っておりました。
で、インドで荷物を盗まれた彼。
深夜の長距離列車、目が覚めて事態に気がついたのが、ちょうど大きなジャンクションの駅だったそうです。列車は停車中で、冷静に考えれば、その駅で盗まれたという根拠は何もないのですが、
しかし彼、とっさにその列車を飛び降りたのだそうです。
実際、こういう深夜のジャンクションでの盗難は、頻発しているんですね。
停車時間も長いですし、乗り降りする乗客も多いですから、まあ、悪いことを考える連中には打ってつけの環境です。
どうしてこうなのかと嫌になるような押し合いへし合い、物売りもいれば赤帽もいる、牛もいれば犬もいる、ギャーギャーと何処かで赤子も泣いている、そういう一種の混乱の中、さっと荷物を掠め取られて、ひと度人混みに紛れ込まれれば、例え彼が血眼で飛び出したにせよ、再びこれを探し当てるというのは至難の業かと思われます。
ところがこの彼、オレンジ色の薄暗い明かりの灯る深夜のホームで、行き交うインド人を掻き分け掻き分け、その前方に、なんと自分のバックパックをずるずると引きずる、痩せたインド人の男の背中を見つけたのだと言うのです。
ザッと駆け寄って、むんずと男の肩を掴んで、この野郎っ、と怒鳴りつけると、その男、弾かれたようにパッと荷物を手放して、そうして、両手を開いて肩をすぼめて、ひと言こう言ったそうです。
「Why?」
「Why?」って・・、「Why」って言われて、俺、調子狂っちゃったよ。
インド人って、やっぱり面白いなぁ、と思います。
私が中学の頃の先輩に、ジャンボというあだ名の人がおりました。
これ、単純に体が大きかったからそう呼ばれていたのだと思いますが、このジャンボが、キセルをして駅員に捕まったことがありました。
当時は、自動改札が普及しておりませんでしたから、私なども、拾った切符を使ったり、定期券の日付をマジックで改ざんしたり、今では考えられないような原始的なキセルをしておりました。
で、このジャンボが捕まった時、駅員に、やはりむんずと肩を掴まれまして、大声で放ったひと言がこうでした。
「ばれたかぁ~」
私、あんまりこれが面白くて、その晩、父親にこの話をいたしますと、私の父、
「そいつは大物になるっ」
と、妙な太鼓判を押したのでした。
その後、ジャンボが大物になったかどうかは知りません。
しかし、窮鼠猫を噛む。
世の中には、色んな噛み方があるものです。
2007年11月07日
屋根裏
最近、屋根裏の掃除ばかりをしております。
私の家の屋根裏は、広さにして30畳ほど、昔の平屋建ての天井裏ですから、大人がゆうに立てる高さがあります。
昔はここで蚕をやっていたそうですが、今時の感覚で使うならば、ちょっとお洒落にいじくって、
男の書斎にするもよし、ゲストルームにするもよし、色々と夢の膨らむ素敵な空間であります。
しかしここ、兎に角すごいんです。
何がすごいのかと申しますと、大家曰く、20年や30年は誰ひとり上ったことがない、アンタッチャブルな世界です。
ひとたび足を踏み入れれば、モウモウと立ち昇る埃と煤。
明かり取りの小さな窓から差し込む頼りない光に、抜け殻の無数に付いた蜘蛛の巣が、キラキラと輝いて、別に何が住むという訳でもないのでしょうが、なんだか恐ろしいものが闇に隠れているような、
そんな不気味な場所なのです。
家というものは、多くの人にとって、自分が一番安らげる場所であると思います。
しかし、たった一枚、薄っぺらい天井板を隔てただけで、そこにはもう、まったく自分を受け入れない、恐ろしい未知の世界が存在しているのです。
そう考えると、人間の安心感って、案外チープなものなのだな、と思います。
もっとも、あまりこれを突き詰め過ぎて心を病んでもいけませんから、目をつぶるものには目をつぶる、これでよいのだと思います。
それでも私、こんな広いスペースを使わないのは勿体ない、それに何より、一度でもその恐ろしい世界を覗いてしまったからには、そのすぐ下で、オチオチ人の暮らしが成り立つようにも思われない。
前々から気にはなっていましたが、最近の暇に乗じて、一丁やってやろうではないか、という気持ちになったのです。
しかしまあ、繰り返すようですが、すごいんです。
埃というか煤というか、大変細かな黒い砂が、床一面、びっしりと数センチは積もっております。
これを掃除機で吸い取れば、その排気でモウモウと、大変なことになるのは目に見えておりますから、私、色々と考えた挙句、小さな小箒を買ってまいりまして、しゅう、しゅう、と、ひたすら地道に、まるで遺跡でも発掘するかのような作業を連日繰り返したのでした。
それでも、3重に装着したマスクを通して、鼻の穴が真っ黒になるほどでした。
壁から天井から梁から柱から、蜘蛛の巣を払って何度も雑巾掛けをして、そんなこんなを来る日も来る日も10日ばかり続けまして、ようやく3分の2程度の輪郭が、しゃきっとしてまいりました。
夜が更けて、ウイスキーを片手に梯子を上って、この裸電球に照らされた薄暗い屋根裏で、
とりとめのないことを考えます。
床板をこう張って、あすこに棚を作って、照明はこう取り付けて、そんなことを考えていると、
どんどんどんどん、夢は際限なく膨らみます。
最近では、実際のスペースではどう考えても無理なことまで考え始めたりしております。
東京に住んでいた頃、風呂がありませんでしたから、部屋の中に簡易シャワーを作ろうと考えました。台所に洗濯機用の排水溝があったことが発端でしで、私、帳面に、思いつくイメージを次々と
描きつけました。
その概容は、ファッションケースのような、チャックでシャアアと開ける縦長のビニールボックスで、
しかし、どうせ作るからにはその内装には凝りたいものです、あれやこれやと考えて、結局は、何も作らずに近くの銭湯に通い続けたのでした。
随分と経って、何かの拍子にこの時の帳面が出てきまして、これを見て、我ながら思わず笑ってしまいました。
そこには、大きな石を積み上げた岩風呂のような湯船の絵があり、その横には、何故だか鹿おどしまで描かれています。
果ては、太鼓橋のような見事な赤い橋が架かっていたりして、6畳ひと間のアパートで、台所に四角く囲ったビニールの中、私一体、どこまで行ってしまったのでしょうか。
しかし、10数年経った現在も、屋根裏でやっぱり同じことを繰り返しているような気がいたします。
私、ビリヤードが好きですから、中古の台を何処かで買って、プールバーでも作ろうかなぁ。
それとも、梁や柱で分割されたスペースを、それぞれ障子や襖で小部屋に仕切って、旅館のように何々の間、なんて名前をつけて、ゲストハウスでもやるかなぁ。
はたまた、鉢植えのバナナや椰子や南国の植物を所狭しと並べて、蔓でも蔦でもそこいら中に絡ませて、鬱蒼とした緑の中、この間タイで買ってきたハンモックを吊るして、読書でもするかなぁ。
と、酒が入っていることもありまして、こういうことは実に際限がありません。
しかし、何が楽しいかと言って、これが楽しい訳でして、実際の掃除や大工仕事なんていうものは、
実は私、あまり好きではないのです。
ところが、こういう実際の仕事がないところには夢も湧きませんから、まあ、鶏が先か、卵が先か、
夢想するために体を動かして、体を動かすために夢想する、そんな毎日で、あります。
私の家の屋根裏は、広さにして30畳ほど、昔の平屋建ての天井裏ですから、大人がゆうに立てる高さがあります。
昔はここで蚕をやっていたそうですが、今時の感覚で使うならば、ちょっとお洒落にいじくって、
男の書斎にするもよし、ゲストルームにするもよし、色々と夢の膨らむ素敵な空間であります。
しかしここ、兎に角すごいんです。
何がすごいのかと申しますと、大家曰く、20年や30年は誰ひとり上ったことがない、アンタッチャブルな世界です。
ひとたび足を踏み入れれば、モウモウと立ち昇る埃と煤。
明かり取りの小さな窓から差し込む頼りない光に、抜け殻の無数に付いた蜘蛛の巣が、キラキラと輝いて、別に何が住むという訳でもないのでしょうが、なんだか恐ろしいものが闇に隠れているような、
そんな不気味な場所なのです。
家というものは、多くの人にとって、自分が一番安らげる場所であると思います。
しかし、たった一枚、薄っぺらい天井板を隔てただけで、そこにはもう、まったく自分を受け入れない、恐ろしい未知の世界が存在しているのです。
そう考えると、人間の安心感って、案外チープなものなのだな、と思います。
もっとも、あまりこれを突き詰め過ぎて心を病んでもいけませんから、目をつぶるものには目をつぶる、これでよいのだと思います。
それでも私、こんな広いスペースを使わないのは勿体ない、それに何より、一度でもその恐ろしい世界を覗いてしまったからには、そのすぐ下で、オチオチ人の暮らしが成り立つようにも思われない。
前々から気にはなっていましたが、最近の暇に乗じて、一丁やってやろうではないか、という気持ちになったのです。
しかしまあ、繰り返すようですが、すごいんです。
埃というか煤というか、大変細かな黒い砂が、床一面、びっしりと数センチは積もっております。
これを掃除機で吸い取れば、その排気でモウモウと、大変なことになるのは目に見えておりますから、私、色々と考えた挙句、小さな小箒を買ってまいりまして、しゅう、しゅう、と、ひたすら地道に、まるで遺跡でも発掘するかのような作業を連日繰り返したのでした。
それでも、3重に装着したマスクを通して、鼻の穴が真っ黒になるほどでした。
壁から天井から梁から柱から、蜘蛛の巣を払って何度も雑巾掛けをして、そんなこんなを来る日も来る日も10日ばかり続けまして、ようやく3分の2程度の輪郭が、しゃきっとしてまいりました。
夜が更けて、ウイスキーを片手に梯子を上って、この裸電球に照らされた薄暗い屋根裏で、
とりとめのないことを考えます。
床板をこう張って、あすこに棚を作って、照明はこう取り付けて、そんなことを考えていると、
どんどんどんどん、夢は際限なく膨らみます。
最近では、実際のスペースではどう考えても無理なことまで考え始めたりしております。
東京に住んでいた頃、風呂がありませんでしたから、部屋の中に簡易シャワーを作ろうと考えました。台所に洗濯機用の排水溝があったことが発端でしで、私、帳面に、思いつくイメージを次々と
描きつけました。
その概容は、ファッションケースのような、チャックでシャアアと開ける縦長のビニールボックスで、
しかし、どうせ作るからにはその内装には凝りたいものです、あれやこれやと考えて、結局は、何も作らずに近くの銭湯に通い続けたのでした。
随分と経って、何かの拍子にこの時の帳面が出てきまして、これを見て、我ながら思わず笑ってしまいました。
そこには、大きな石を積み上げた岩風呂のような湯船の絵があり、その横には、何故だか鹿おどしまで描かれています。
果ては、太鼓橋のような見事な赤い橋が架かっていたりして、6畳ひと間のアパートで、台所に四角く囲ったビニールの中、私一体、どこまで行ってしまったのでしょうか。
しかし、10数年経った現在も、屋根裏でやっぱり同じことを繰り返しているような気がいたします。
私、ビリヤードが好きですから、中古の台を何処かで買って、プールバーでも作ろうかなぁ。
それとも、梁や柱で分割されたスペースを、それぞれ障子や襖で小部屋に仕切って、旅館のように何々の間、なんて名前をつけて、ゲストハウスでもやるかなぁ。
はたまた、鉢植えのバナナや椰子や南国の植物を所狭しと並べて、蔓でも蔦でもそこいら中に絡ませて、鬱蒼とした緑の中、この間タイで買ってきたハンモックを吊るして、読書でもするかなぁ。
と、酒が入っていることもありまして、こういうことは実に際限がありません。
しかし、何が楽しいかと言って、これが楽しい訳でして、実際の掃除や大工仕事なんていうものは、
実は私、あまり好きではないのです。
ところが、こういう実際の仕事がないところには夢も湧きませんから、まあ、鶏が先か、卵が先か、
夢想するために体を動かして、体を動かすために夢想する、そんな毎日で、あります。
2007年10月26日
パラダイス
私の家の近くに、パラダイスがあります。
正確に申しますと、車で10分ばかり山を登ったふたつ向こうの集落に差し掛かるちょっと手前、左手に山の斜面を下る細い横道がありまして、おっかなびっくりこれを下って、川沿いにしばらく歩くとそれはあります。
パラダイスに近づくと、まず聞こえてくるのが犬の鳴き声であります。
それも、10や20ではきかない数の犬が、ワンワンワンワン、これがみんな放し飼いにされていますから、なんだか身の危険を覚えます。
それからその犬の糞尿の匂い。
土の道が汚らしくぬかるんで、ちょっと迂闊には歩けません。
私がここを訪れたのは、その辺りに大滝と呼ばれる滝があると聞いたからでした。
しかし、別に観光名所という訳でもない山の中の滝ですから、あてにする標識もなく、ちょっと見当を失ったかな、という時に、この犬屋敷が現れたのです。
幸い、犬は遠吠えするばかりでして、襲ってくるようなことはありませんでしたが、しかし一体、
ここは何なのだろう、と思いました。
中からは、ラジオの音が大きく聞こえて、どうやら人が暮らす家のようではあります。
道を尋ねようと、犬のいない裏手に回ると、そこには更に、檻に入れられた犬が数匹、私を見てウーウーと唸り声を上げておりました。
声を掛けるも、人の気配はまったく感じられませんでした。
と、何か大きな生き物の気配を感じて振り向きますと、横手の敷地でのそのそと、草を食んでいるのはロバではありませんか。
ロバ?
このロバを囲う柵を柱に、アメリカの牧場のようにアーチを描いた古びた看板が掛けられていて、
そこには下手糞な手書きのペンキ文字で、
「Welcome to paradise」
と、ありました。
パラダイス?
私、あまりの想像外のことに、なんだか狐に化かされているような気分になりました。
泉鏡花の小説に、こんな話がありました。
少年が、綺麗な色の昆虫を夢中で追いかける内に、神隠しのようなものにあってしまう。
滝を見に来た男が、山道を踏み違えて、おかしなパラダイスへと辿り着く。
なんだかそんな、気分でありました。
そこへ、一台の車がぶぶうとやって来まして、現れた60風情の男、ばさばさの白髪に、酒呑みに見られるような、濁った目つきとしまりのない口元、これが、このパラダイスの主のようなのでした。
道を尋ねると、別段、悪い人のようではありませんでしたが、しかし私が、すごい数の犬ですね、
なんて話しかけてもまったくの上の空、ただただ、この時同行した友人の3つになる小さな子供を、
めんこいめんこい、と、じっと見つめているばかりでした。
なんだか、夜中に襖隔てた隣の間で、シャーッ、シャーッ、と包丁を研ぐ山姥が連想されて、
私、ちょっと怖いような気持ちになりました。
私が今住むところは、大変な田舎であります。
日本の田舎といえば、これくらいが打ち止めかな、と思われるような場所であります。
それでも、集落となれば電気や水道は勿論通っておりますし、みんな人並みの暮らしをしていますから、自然が多いといっても、やはり、人の手は至るところに入っております。
例えば、私の家の前を流れる川。
これ、くるぶしほどの浅い流れですが、それでも昨年、ブルドーザーが入って、ガンガンゴンゴン、
なにやらよく分からない河川工事をしておりました。
どうしてこんな川に工事が必要なのか理解しかねる思いでしたが、一方で、こんなところにまでやって来ても、やはり人がいるところに住む限りは、こういう自然を切り崩す光景を目にしない訳にはいかないのだな、と思いました。
ですから私、何となく、あのパラダイスの主の気持ちが分かるような気がいたします。
あのおじさん、恐らくはあの辺り一帯の土地を買って、誰にも手を入れさせない、自分だけの楽園を
作り上げようとしたに違いありません。
この辺りの山は、ひと山何百万円という値段でして、時々私も、山でも買おうかなぁ、なんて夢想します。
山でも買って、木を切り倒して道を作って、小屋を建てて、風呂を作って、その入り口にはやはり、
「welcome to paradise」
と掛けるかなぁ。
正確に申しますと、車で10分ばかり山を登ったふたつ向こうの集落に差し掛かるちょっと手前、左手に山の斜面を下る細い横道がありまして、おっかなびっくりこれを下って、川沿いにしばらく歩くとそれはあります。
パラダイスに近づくと、まず聞こえてくるのが犬の鳴き声であります。
それも、10や20ではきかない数の犬が、ワンワンワンワン、これがみんな放し飼いにされていますから、なんだか身の危険を覚えます。
それからその犬の糞尿の匂い。
土の道が汚らしくぬかるんで、ちょっと迂闊には歩けません。
私がここを訪れたのは、その辺りに大滝と呼ばれる滝があると聞いたからでした。
しかし、別に観光名所という訳でもない山の中の滝ですから、あてにする標識もなく、ちょっと見当を失ったかな、という時に、この犬屋敷が現れたのです。
幸い、犬は遠吠えするばかりでして、襲ってくるようなことはありませんでしたが、しかし一体、
ここは何なのだろう、と思いました。
中からは、ラジオの音が大きく聞こえて、どうやら人が暮らす家のようではあります。
道を尋ねようと、犬のいない裏手に回ると、そこには更に、檻に入れられた犬が数匹、私を見てウーウーと唸り声を上げておりました。
声を掛けるも、人の気配はまったく感じられませんでした。
と、何か大きな生き物の気配を感じて振り向きますと、横手の敷地でのそのそと、草を食んでいるのはロバではありませんか。
ロバ?
このロバを囲う柵を柱に、アメリカの牧場のようにアーチを描いた古びた看板が掛けられていて、
そこには下手糞な手書きのペンキ文字で、
「Welcome to paradise」
と、ありました。
パラダイス?
私、あまりの想像外のことに、なんだか狐に化かされているような気分になりました。
泉鏡花の小説に、こんな話がありました。
少年が、綺麗な色の昆虫を夢中で追いかける内に、神隠しのようなものにあってしまう。
滝を見に来た男が、山道を踏み違えて、おかしなパラダイスへと辿り着く。
なんだかそんな、気分でありました。
そこへ、一台の車がぶぶうとやって来まして、現れた60風情の男、ばさばさの白髪に、酒呑みに見られるような、濁った目つきとしまりのない口元、これが、このパラダイスの主のようなのでした。
道を尋ねると、別段、悪い人のようではありませんでしたが、しかし私が、すごい数の犬ですね、
なんて話しかけてもまったくの上の空、ただただ、この時同行した友人の3つになる小さな子供を、
めんこいめんこい、と、じっと見つめているばかりでした。
なんだか、夜中に襖隔てた隣の間で、シャーッ、シャーッ、と包丁を研ぐ山姥が連想されて、
私、ちょっと怖いような気持ちになりました。
私が今住むところは、大変な田舎であります。
日本の田舎といえば、これくらいが打ち止めかな、と思われるような場所であります。
それでも、集落となれば電気や水道は勿論通っておりますし、みんな人並みの暮らしをしていますから、自然が多いといっても、やはり、人の手は至るところに入っております。
例えば、私の家の前を流れる川。
これ、くるぶしほどの浅い流れですが、それでも昨年、ブルドーザーが入って、ガンガンゴンゴン、
なにやらよく分からない河川工事をしておりました。
どうしてこんな川に工事が必要なのか理解しかねる思いでしたが、一方で、こんなところにまでやって来ても、やはり人がいるところに住む限りは、こういう自然を切り崩す光景を目にしない訳にはいかないのだな、と思いました。
ですから私、何となく、あのパラダイスの主の気持ちが分かるような気がいたします。
あのおじさん、恐らくはあの辺り一帯の土地を買って、誰にも手を入れさせない、自分だけの楽園を
作り上げようとしたに違いありません。
この辺りの山は、ひと山何百万円という値段でして、時々私も、山でも買おうかなぁ、なんて夢想します。
山でも買って、木を切り倒して道を作って、小屋を建てて、風呂を作って、その入り口にはやはり、
「welcome to paradise」
と掛けるかなぁ。
2007年10月18日
親指の米
秋ですね。
朝晩、すっかり冷え込むようになりました。
先週、いつでしたか小雨の煙る肌寒い日に、とうとう囲炉裏に火を入れました。
火を焚くというのは楽しいことですから、一度始めてしまうとついつい、そんなに寒くない日もやっぱり火を焚いて、かんかんに燃え盛る炭火を前に、タンクトップで過ごしたりなどしております。
きっとこのまま、冬になってしまうのでしょうね。
私、仕事で扱うのは通年半袖のTシャツのみですから、自然、この季節、暇であります。
仕事が暇であることは困るようにも思われますが、しかし、普通に考えて、冬に半袖が売れる訳がありません。
売れる訳がないものが売れないからといって、やきもきするのはおかしな話で、ですから私、
心は澄み渡った秋空のように、むしろこの季節、せっせと集めたどんぐりを、土の中から掘り起こし、
口いっぱいにこれを頬張る、そんな幸せを感じて日々過ごしております。
で、暇になって何をしているかと言いますと、家の掃除をしております。
それから日曜大工。あとはお出掛け。
ほぼ、この3つの行動で、短くなった秋の日が暮れていきます。
私のうちは、家の中のほとんどが板張りでして、板張りといいましても、いわゆるフローリングといった洒落たものではなく、白く粉を吹いた年季の入った板であります。
ですから雑巾をかけると、そこだけ乾いた板が水を吸って、木本来の茶色い色に戻ります。
四つ這いになってうんうんとこれを続ける内に、そもそもは床をきれいにすることが目的であったはずが、いつの間にか、木の色を茶色くすることが目的にすり替わっている、なんてことがよくあります。
こういうすり替わり、日常的に、実によく見られるものでして、その大半の要因は、慣れと楽であります。つまり、単純で、面白くもなんともない、加えてしんどい作業において、発生しやすい現象です。
最近、たまたま予定が重なりまして、立て続けに3つの温泉宿に泊まりました。
私の場合、宿泊する2、3日前に慌てて宿を探すといったことが多いですから、まあ、空いている宿といえばろくなものがありません。
最近の傾向では、例えば、離れの露天付き、一泊3万円、なんて上等な宿のほうが早くなくなるようでして、一泊1万円、何々温泉ホテル、なんていうのはそれほど人気がないようです。
実際こういう宿って、何のお得感もありませんものね。
で、私もこういうお得感のない宿に泊まるくらいなら、お金が勿体ないですから、むしろボロボロの民宿でよい訳でして、しかし、土に埋まったどんぐりがいっぱいある内は、ボロボロの民宿よりも、離れの露天付きのほうが尚よいのです。
しかしこれが、2、3日前ではなかなか取れないのです。
ところが、河口湖のとある宿で、たまたまキャンセルが出まして、先日、私、急遽泊まりに行ってまいりました。
この宿、離れではありませんでしたが、ふた間続きの露天付き、木の香りがぷんと漂う、新しいお宿でした。ちなみに宿代は、一泊3万いくらと、結構な値でありました。
この宿に関して、行く前から気になっていたことがありました。
それは、インターネットの口コミ情報、実際にこの宿に泊まった人達の感想ですね、これを拝読したのですが、大方は大変満足といった趣旨のものでしたが、その中にひとつだけ、こんな投稿があったのです。
夕食の時、仲居さんが、お茶碗の内側に親指を掛けて配膳しました。
ちょっと信じられないと思って見ていると、お終いには、ご飯を盛ったお茶碗も同じように差し出して、その親指にお米がついてしまう始末でした。他が良かっただけにとても残念でした・・。
ええっ、そんなことってあるだろうか?
一泊4万円近くもする高級お宿で、仲居さんの親指に米?
白米にずっぽりと、親指の形をした穴が開いた衝撃的な想像に、私、俄然わくわくとしてまいりました。
で、実際の夕食で。
私、仲居さんの配膳から目が離せませんでした。
今か今かと待ち焦がれるように、黙ってじっと見守りました。
おかずの内容なんて、もう、どうでもいいくらいでした。
仲居さんにも、ピンからキリまであるでしょうから、この人が、果たして例の親指姫とは限りません。
しかし、ここまで遥々やって来たからには、どうしてもやってもらわなくては困る。
私すでに、そんな気持ちになっておりました。
結果は、親指に米、とまではいきませんでしたが、やはり、お茶碗の内側に指を掛けて配膳する、
という投稿は間違いではありませんでした。
まあ、7割方、満足のいく結果でした。
この仲居さんの給仕、例のすり替わりに違いありません。
客をもてなすという本来の目的が、卓の上に茶碗を並べるという、ただそれだけの作業にすり替わってしまっているのです。
仲居さんにしてみれば、元々がお給金のための仕事ですから、もてなすという気持ちにしたって大したものはないのかも知れません。しかし、ひとつの宿としてみれば、結局は、これは忌々しき問題のあるすり替りが起こってしまっているのです。
経営者は、頭が痛いだろうなぁ、と思います。
朝晩、すっかり冷え込むようになりました。
先週、いつでしたか小雨の煙る肌寒い日に、とうとう囲炉裏に火を入れました。
火を焚くというのは楽しいことですから、一度始めてしまうとついつい、そんなに寒くない日もやっぱり火を焚いて、かんかんに燃え盛る炭火を前に、タンクトップで過ごしたりなどしております。
きっとこのまま、冬になってしまうのでしょうね。
私、仕事で扱うのは通年半袖のTシャツのみですから、自然、この季節、暇であります。
仕事が暇であることは困るようにも思われますが、しかし、普通に考えて、冬に半袖が売れる訳がありません。
売れる訳がないものが売れないからといって、やきもきするのはおかしな話で、ですから私、
心は澄み渡った秋空のように、むしろこの季節、せっせと集めたどんぐりを、土の中から掘り起こし、
口いっぱいにこれを頬張る、そんな幸せを感じて日々過ごしております。
で、暇になって何をしているかと言いますと、家の掃除をしております。
それから日曜大工。あとはお出掛け。
ほぼ、この3つの行動で、短くなった秋の日が暮れていきます。
私のうちは、家の中のほとんどが板張りでして、板張りといいましても、いわゆるフローリングといった洒落たものではなく、白く粉を吹いた年季の入った板であります。
ですから雑巾をかけると、そこだけ乾いた板が水を吸って、木本来の茶色い色に戻ります。
四つ這いになってうんうんとこれを続ける内に、そもそもは床をきれいにすることが目的であったはずが、いつの間にか、木の色を茶色くすることが目的にすり替わっている、なんてことがよくあります。
こういうすり替わり、日常的に、実によく見られるものでして、その大半の要因は、慣れと楽であります。つまり、単純で、面白くもなんともない、加えてしんどい作業において、発生しやすい現象です。
最近、たまたま予定が重なりまして、立て続けに3つの温泉宿に泊まりました。
私の場合、宿泊する2、3日前に慌てて宿を探すといったことが多いですから、まあ、空いている宿といえばろくなものがありません。
最近の傾向では、例えば、離れの露天付き、一泊3万円、なんて上等な宿のほうが早くなくなるようでして、一泊1万円、何々温泉ホテル、なんていうのはそれほど人気がないようです。
実際こういう宿って、何のお得感もありませんものね。
で、私もこういうお得感のない宿に泊まるくらいなら、お金が勿体ないですから、むしろボロボロの民宿でよい訳でして、しかし、土に埋まったどんぐりがいっぱいある内は、ボロボロの民宿よりも、離れの露天付きのほうが尚よいのです。
しかしこれが、2、3日前ではなかなか取れないのです。
ところが、河口湖のとある宿で、たまたまキャンセルが出まして、先日、私、急遽泊まりに行ってまいりました。
この宿、離れではありませんでしたが、ふた間続きの露天付き、木の香りがぷんと漂う、新しいお宿でした。ちなみに宿代は、一泊3万いくらと、結構な値でありました。
この宿に関して、行く前から気になっていたことがありました。
それは、インターネットの口コミ情報、実際にこの宿に泊まった人達の感想ですね、これを拝読したのですが、大方は大変満足といった趣旨のものでしたが、その中にひとつだけ、こんな投稿があったのです。
夕食の時、仲居さんが、お茶碗の内側に親指を掛けて配膳しました。
ちょっと信じられないと思って見ていると、お終いには、ご飯を盛ったお茶碗も同じように差し出して、その親指にお米がついてしまう始末でした。他が良かっただけにとても残念でした・・。
ええっ、そんなことってあるだろうか?
一泊4万円近くもする高級お宿で、仲居さんの親指に米?
白米にずっぽりと、親指の形をした穴が開いた衝撃的な想像に、私、俄然わくわくとしてまいりました。
で、実際の夕食で。
私、仲居さんの配膳から目が離せませんでした。
今か今かと待ち焦がれるように、黙ってじっと見守りました。
おかずの内容なんて、もう、どうでもいいくらいでした。
仲居さんにも、ピンからキリまであるでしょうから、この人が、果たして例の親指姫とは限りません。
しかし、ここまで遥々やって来たからには、どうしてもやってもらわなくては困る。
私すでに、そんな気持ちになっておりました。
結果は、親指に米、とまではいきませんでしたが、やはり、お茶碗の内側に指を掛けて配膳する、
という投稿は間違いではありませんでした。
まあ、7割方、満足のいく結果でした。
この仲居さんの給仕、例のすり替わりに違いありません。
客をもてなすという本来の目的が、卓の上に茶碗を並べるという、ただそれだけの作業にすり替わってしまっているのです。
仲居さんにしてみれば、元々がお給金のための仕事ですから、もてなすという気持ちにしたって大したものはないのかも知れません。しかし、ひとつの宿としてみれば、結局は、これは忌々しき問題のあるすり替りが起こってしまっているのです。
経営者は、頭が痛いだろうなぁ、と思います。
2007年10月07日
牧水の旅
若山牧水という人をご存知ですか。
明治から大正を生きた歌人で、旅を愛し、酒を愛し、友を愛し、そうして勿論、歌を愛した人であります。一般に、彼の代表作と言えば、こんな歌があります。
幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく
私、この歌、大好きです。
牧水は、実に旅人だなぁ、と思います。
これ、旅をするから旅人という意味ではなくて、彼の生き方そのものが、旅だなぁと思うのです。
寂しさの果て。
この寂しさは、つまり心の空洞だと思います。
何をしたって満たされない、ぽっかりと空いた空洞です。
金に困らず、温かい家庭もあり、何不自由ないそんな暮らしをしていても、どうしても埋まらぬ空洞というものがあります。
そんなものは俺にはないよ、と言われてしまえばそれまでですが、しかし、少なくとも、そういう空洞を感じて生きている人間はいるものです。
これを何で埋めようとするのかは、各人の自由です。
それは例えば、子供に愛情を注ぐことであったり、仕事に打ち込むことであったり、表現であったり、宗教であったり、はたまた、人によっては旅であったり、酒であったり。
ですから、牧水の旅は、ただあそこに行きたいから行った、というものではなくて、出掛けずにはいられないから出掛けた旅なのだと思います。
私も同じような類の人間ですから言えるのですが、こういう旅は、突き詰めれば、行き先は何処だって構わないのです。ただ、旅に出掛けるということが、とても、大事なことなのです。
幾つもの山河を越えたその先で、いずれは心が満たされる世界にも出会えるだろうか、
そんな、旅なのです。
牧水の歌に、こんな歌もあります。
今日もまた 心の鐘を打ち鳴らし 打ち鳴らしつつ あくがれてゆく
先の歌と同じようなものを感じて、やはりこれも、私の好きな歌のひとつであります。
牧水は、「朝2合昼2合夕方4合締めて1升」と、1日にそれだけの酒を飲んでいた人ですから、結局は、体を壊して43才の若さで亡くなりました。
やはり同じように酒が好きな私は、牧水の酒が、旅と等しく、なくてはならないものであったことがよく分かります。旅先で友を訪ね、酒を酌み交わすことに無量の喜びを感じた牧水が、とても身近な存在と思えてなりません。
春待ちて 夕べに遠く せみ時雨
これは、私の句であります。
春を待っていたはずが、いつの間にか、夏の夕暮れが訪れていた。
待ち焦がれたものが、目の前を過ぎ去ってしまったことに気がつきもしなかった。
また来年、再来年の春を待とう。
そんな意味の句であります。
人の人生って、人の暮らしって、何処かそういうところがあるような気がいたします。
明治から大正を生きた歌人で、旅を愛し、酒を愛し、友を愛し、そうして勿論、歌を愛した人であります。一般に、彼の代表作と言えば、こんな歌があります。
幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく
私、この歌、大好きです。
牧水は、実に旅人だなぁ、と思います。
これ、旅をするから旅人という意味ではなくて、彼の生き方そのものが、旅だなぁと思うのです。
寂しさの果て。
この寂しさは、つまり心の空洞だと思います。
何をしたって満たされない、ぽっかりと空いた空洞です。
金に困らず、温かい家庭もあり、何不自由ないそんな暮らしをしていても、どうしても埋まらぬ空洞というものがあります。
そんなものは俺にはないよ、と言われてしまえばそれまでですが、しかし、少なくとも、そういう空洞を感じて生きている人間はいるものです。
これを何で埋めようとするのかは、各人の自由です。
それは例えば、子供に愛情を注ぐことであったり、仕事に打ち込むことであったり、表現であったり、宗教であったり、はたまた、人によっては旅であったり、酒であったり。
ですから、牧水の旅は、ただあそこに行きたいから行った、というものではなくて、出掛けずにはいられないから出掛けた旅なのだと思います。
私も同じような類の人間ですから言えるのですが、こういう旅は、突き詰めれば、行き先は何処だって構わないのです。ただ、旅に出掛けるということが、とても、大事なことなのです。
幾つもの山河を越えたその先で、いずれは心が満たされる世界にも出会えるだろうか、
そんな、旅なのです。
牧水の歌に、こんな歌もあります。
今日もまた 心の鐘を打ち鳴らし 打ち鳴らしつつ あくがれてゆく
先の歌と同じようなものを感じて、やはりこれも、私の好きな歌のひとつであります。
牧水は、「朝2合昼2合夕方4合締めて1升」と、1日にそれだけの酒を飲んでいた人ですから、結局は、体を壊して43才の若さで亡くなりました。
やはり同じように酒が好きな私は、牧水の酒が、旅と等しく、なくてはならないものであったことがよく分かります。旅先で友を訪ね、酒を酌み交わすことに無量の喜びを感じた牧水が、とても身近な存在と思えてなりません。
春待ちて 夕べに遠く せみ時雨
これは、私の句であります。
春を待っていたはずが、いつの間にか、夏の夕暮れが訪れていた。
待ち焦がれたものが、目の前を過ぎ去ってしまったことに気がつきもしなかった。
また来年、再来年の春を待とう。
そんな意味の句であります。
人の人生って、人の暮らしって、何処かそういうところがあるような気がいたします。
2007年10月05日
あさやを守る会
以前住んでおりました町に、「あさや」という酒屋がありました。
近くで酒を扱う店はここばかりでありまして、私、何につけても買い溜めるということが嫌いですから、毎日のようにこの店に通いました。
小さな商店で、店の親父と世間話をしながら買い物をする。
そんな生活風景に憧れる一方で、やはり便利さには勝てぬという現実があります。
近所には、他にも八百屋や魚屋、豆腐屋といったお店がありましたが、しかし、おおよその買い物は、家から歩いて1分の距離にある、大手のスーパーで事足りてしまっておりました。
ですから「あさや」は、私にとって、いわば強制的に味わわされる古き良き風情であり、歩いて15分掛かる面倒臭さも、なかなか覚えられない定休日に、自動販売機で買ったビールを何本もポケットにねじ込む厄介さも、さして気にはならなかったのでした。
ところが、しばらくして、このスーパーが酒を扱うと言い出しました。
新聞の折込広告に大々的に宣伝し、店の前には、「酒」と書かれた幟がパタパタ、なんだか周辺が、俄かに活気づいてきたようでした。
なんといっても家からすぐの距離ですから、また、年中無休、夜の10時まで営業しておりますから、私にとっては、これは間違いなく便利な変化でありました。
しかし、これを聞いてまず私が考えたのは、「あさや」はどうなるんだろう、ということでした。
ただでさえ、いつ行ってもガランとした店内に、埃のかぶった缶詰や、賞味期限の知れないチーカマなどが並べられている、大変頼りないお店です。
主な仕事は得意先への配達のようでしたが、それだって、割高な価格を考えれば、スーパーに流れる客も少なくはなかろうと思われます。
私、毎日酒を買いに行くといっても、店の主とは挨拶を交わす程度の関係で、実はそんなに親しい間柄ではありませんでしたが、なんだか急に、「あさや」の行く末が心配になってきたのでした。
そこで、「あさやを守る会」を発足しようと考えたのでした。
会の骨子は、酒は「あさや」で買いましょう。ただそれだけであります。
会長は私で、会員も私のみ、会費は勿論ございません。
雨が降っても雪が降っても、ただただ、酒は「あさや」で買いましょう。
ちょっとくらいの熱があっても、階段で転んで足をくじいても、誓ってスーパーの誘惑に負けてはなりません。
今日は疲れているから、と自分を甘やかせば、きっと、明日は面倒臭いから、と、なし崩しになっていくことは目に見えております。
「魔」というものは恐ろしいものでして、どこに潜んでいるか分かりません。
ほんの小さなほころびを
近くで酒を扱う店はここばかりでありまして、私、何につけても買い溜めるということが嫌いですから、毎日のようにこの店に通いました。
小さな商店で、店の親父と世間話をしながら買い物をする。
そんな生活風景に憧れる一方で、やはり便利さには勝てぬという現実があります。
近所には、他にも八百屋や魚屋、豆腐屋といったお店がありましたが、しかし、おおよその買い物は、家から歩いて1分の距離にある、大手のスーパーで事足りてしまっておりました。
ですから「あさや」は、私にとって、いわば強制的に味わわされる古き良き風情であり、歩いて15分掛かる面倒臭さも、なかなか覚えられない定休日に、自動販売機で買ったビールを何本もポケットにねじ込む厄介さも、さして気にはならなかったのでした。
ところが、しばらくして、このスーパーが酒を扱うと言い出しました。
新聞の折込広告に大々的に宣伝し、店の前には、「酒」と書かれた幟がパタパタ、なんだか周辺が、俄かに活気づいてきたようでした。
なんといっても家からすぐの距離ですから、また、年中無休、夜の10時まで営業しておりますから、私にとっては、これは間違いなく便利な変化でありました。
しかし、これを聞いてまず私が考えたのは、「あさや」はどうなるんだろう、ということでした。
ただでさえ、いつ行ってもガランとした店内に、埃のかぶった缶詰や、賞味期限の知れないチーカマなどが並べられている、大変頼りないお店です。
主な仕事は得意先への配達のようでしたが、それだって、割高な価格を考えれば、スーパーに流れる客も少なくはなかろうと思われます。
私、毎日酒を買いに行くといっても、店の主とは挨拶を交わす程度の関係で、実はそんなに親しい間柄ではありませんでしたが、なんだか急に、「あさや」の行く末が心配になってきたのでした。
そこで、「あさやを守る会」を発足しようと考えたのでした。
会の骨子は、酒は「あさや」で買いましょう。ただそれだけであります。
会長は私で、会員も私のみ、会費は勿論ございません。
雨が降っても雪が降っても、ただただ、酒は「あさや」で買いましょう。
ちょっとくらいの熱があっても、階段で転んで足をくじいても、誓ってスーパーの誘惑に負けてはなりません。
今日は疲れているから、と自分を甘やかせば、きっと、明日は面倒臭いから、と、なし崩しになっていくことは目に見えております。
「魔」というものは恐ろしいものでして、どこに潜んでいるか分かりません。
ほんの小さなほころびを