2007年08月31日
呼ばれる 清水寺
夏の京都。
いやあ、噂に違わず、暑かったです。
加えて、何処に行っても人また人。
今更言うまでもありませんが、京都って、大変な観光地なんですね。
テレビや雑誌では、なんだか癒しの場所のように宣伝されておりますが、そういえば新幹線の車内雑誌にも、「京都が、お疲れさまと言ってくれました」なんてコピーがありました。
ところが私、普段のほうがよっぽど静かな生活をしておりますから、大都会京都に行って、むしろ大変疲れて帰ってきました。
外国人の旅行者が京都に着いて、あれっ、という顔をするそうです。
祇園のような佇まいに、舞妓さんがウロウロとして、夕暮れ時、遠くにゴーンと鐘が鳴る。
そんなイメージを想い描いて、駅前の、灰色のビルが建ち並ぶ光景を目にすると、えっ、となるのだそうです。
まあ、京都だって、現代人が普通に生活している街ですから、その辺は仕方がないかなと思います。しかし、そこは譲っても、やはり日本の文化を代表する古都・京都、東京や大坂、名古屋辺りの大都市とはどこか違っていて欲しい、そんな風に感じることがいくらかありました。
例えば、レストランで。
狭い店内にこれでもかと席を作って、肘もつけぬような小さなテーブルで飯を食わせます。
鴨川沿いの川床で酒を飲む。
安っぽいすだれを垂らしたなんてことない店が、川床というそれだけで、席料とお通し料をしっかり取ります。これが、1人1,000円近くも取るんですよ。
私、友人と4人で飲みに行きまして、座っただけで4,000円。まったく、キャバレーかと思いました。
ホテルでプシュッと缶ビールを開ける。
値段もなにも確かめませんで、グビグビ飲んだら、これがなんと800円。
350mlの、その辺で買えば200円のビールがですよ。まったくもって、キャバレーか、です。
私、すでに2本も開けてしまっておりました。
こういうことって、全国何処に行っても、都会であれば尚更、よくあることですよね。
しかし、何が面白くないかというと、とどのつまりは、何でも金もうけ、貧乏臭いその価値観が面白くないのです。
幅60cmのテーブルを90cmに出来ない理由は、やはり、それだけお客を入れて、回転もよくさせて、という商売上の都合です。決して、もてなしを第一に考えたものではありませんよね。
これは、都会であれば、人が沢山集まるところであれば、それから今の市場主義を考えれば、当たり前のことなのかも知れません。
しかし、何処も彼処もが、みんな同じ進み方をしているようで、まったく寂しい限りと思うのです。
ここは東京じゃあないんだよ。
鳴くよ鶯、平安京。
せめて京都ばかりは、もっと、はんなりとしていておくれ。
清水寺に着いて早々、ははあ、これに呼ばれたな、と、我々夫婦、合点いたしました。
清水寺の敷地内、その外れに、泰産寺という安産祈願のお寺があったのです。
子安の塔という仏塔までありました。
境内を巡る順路から、ちょっと外れて階段を上るだけなのですが、この泰産寺、ひどく寂れておりまして、人っ子ひとりおりませんでした。
よほど来る人が少ないのか、お堂の扉には鍵がかけられて、どんな仏様が祀られているのかも分かりませんでした。
それでも、閉ざされた扉の前で手を合わせ、産まれて来る子供の無事を、静かに祈ってまいりました。
見上げた子安の塔は、夏の強い日差しに、木立が色濃く影を落として、ジージーと鳴く蝉の音に、
辺りの静けさが余計際立つようでした。
ビールが800円だっていいじゃないか。
そんな気持ちに、させられました。
いやあ、噂に違わず、暑かったです。
加えて、何処に行っても人また人。
今更言うまでもありませんが、京都って、大変な観光地なんですね。
テレビや雑誌では、なんだか癒しの場所のように宣伝されておりますが、そういえば新幹線の車内雑誌にも、「京都が、お疲れさまと言ってくれました」なんてコピーがありました。
ところが私、普段のほうがよっぽど静かな生活をしておりますから、大都会京都に行って、むしろ大変疲れて帰ってきました。
外国人の旅行者が京都に着いて、あれっ、という顔をするそうです。
祇園のような佇まいに、舞妓さんがウロウロとして、夕暮れ時、遠くにゴーンと鐘が鳴る。
そんなイメージを想い描いて、駅前の、灰色のビルが建ち並ぶ光景を目にすると、えっ、となるのだそうです。
まあ、京都だって、現代人が普通に生活している街ですから、その辺は仕方がないかなと思います。しかし、そこは譲っても、やはり日本の文化を代表する古都・京都、東京や大坂、名古屋辺りの大都市とはどこか違っていて欲しい、そんな風に感じることがいくらかありました。
例えば、レストランで。
狭い店内にこれでもかと席を作って、肘もつけぬような小さなテーブルで飯を食わせます。
鴨川沿いの川床で酒を飲む。
安っぽいすだれを垂らしたなんてことない店が、川床というそれだけで、席料とお通し料をしっかり取ります。これが、1人1,000円近くも取るんですよ。
私、友人と4人で飲みに行きまして、座っただけで4,000円。まったく、キャバレーかと思いました。
ホテルでプシュッと缶ビールを開ける。
値段もなにも確かめませんで、グビグビ飲んだら、これがなんと800円。
350mlの、その辺で買えば200円のビールがですよ。まったくもって、キャバレーか、です。
私、すでに2本も開けてしまっておりました。
こういうことって、全国何処に行っても、都会であれば尚更、よくあることですよね。
しかし、何が面白くないかというと、とどのつまりは、何でも金もうけ、貧乏臭いその価値観が面白くないのです。
幅60cmのテーブルを90cmに出来ない理由は、やはり、それだけお客を入れて、回転もよくさせて、という商売上の都合です。決して、もてなしを第一に考えたものではありませんよね。
これは、都会であれば、人が沢山集まるところであれば、それから今の市場主義を考えれば、当たり前のことなのかも知れません。
しかし、何処も彼処もが、みんな同じ進み方をしているようで、まったく寂しい限りと思うのです。
ここは東京じゃあないんだよ。
鳴くよ鶯、平安京。
せめて京都ばかりは、もっと、はんなりとしていておくれ。
清水寺に着いて早々、ははあ、これに呼ばれたな、と、我々夫婦、合点いたしました。
清水寺の敷地内、その外れに、泰産寺という安産祈願のお寺があったのです。
子安の塔という仏塔までありました。
境内を巡る順路から、ちょっと外れて階段を上るだけなのですが、この泰産寺、ひどく寂れておりまして、人っ子ひとりおりませんでした。
よほど来る人が少ないのか、お堂の扉には鍵がかけられて、どんな仏様が祀られているのかも分かりませんでした。
それでも、閉ざされた扉の前で手を合わせ、産まれて来る子供の無事を、静かに祈ってまいりました。
見上げた子安の塔は、夏の強い日差しに、木立が色濃く影を落として、ジージーと鳴く蝉の音に、
辺りの静けさが余計際立つようでした。
ビールが800円だっていいじゃないか。
そんな気持ちに、させられました。
Posted by wajin at 21:08│Comments(0)│TrackBack(0)
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