2007年08月17日

床屋

 随分と昔の話、中国の昆明という町でパーマをかけました。

 パーマネントという言葉は通じたのですが、あとはさっぱり駄目でして、仕方がないから私、帳面に「柔」とか「弱」なんて漢字を書いて見せました。
ふわりと洒落た、ソフトパーマをかけたかったのです。
 一応了解したという雰囲気で作業が始まりまして、なんだか近未来の拷問を連想させる、電気コードが何本もついた布の袋をかぶせられました。

 20分も30分もこれをかぶっておりますと、その内、耐えられないくらいに頭が熱くなってまいります。熱い熱いと訴えますと、ごにょごにょと何を言うのか、向こうはちっとも慌てた素振りを見せません。
 ようやくこれを外してもらって、水のシャワーで頭を洗い、いやあ、これが実に気持ちよかったです。そうして面を上げまして、鏡に映った自分の顔に、私、愕然といたしました。
 ぎゅっと、黒々と、頭にびっしりと海草が張り付いたような、俗に言う、大仏パーマだったのです。
愕然として、私、それからすぐに、噴出してしまいました。
 人間って、あまりに予期せぬ出来事に遭遇すると、笑ってしまうものなのかも知れません。

 インドの田舎で床屋に行きまして、この頃は坊主のような髪型でしたので、何も難しいことはありませんでしたが、これがちょっと変わった床屋でした。

 チョキチョキと大きな鋏を軽快に操って、ものの10分程度で終わったのですが、この間、店の親父はちっともその立ち位置を変えないのです。
 つまり、初めは勿論、鏡を正面に座らせられるのですが、後ろを切り終わって横を切る際には、クルリと椅子を回転させて、私が横を向くんです。
真っ昼間の、白っ茶けた通りを行き交う人々がぼんやりと眺められました。
前を切るときには更にクルリと、親父の突き出た腹と向かい合います。
これでは何のために鏡があるのか分かりません。
最後の微調整にいたっては、クルクルクルクル、好きなように回されて、私、なす術もありませんでした。

 日本では、滅多なことがない限り床屋には行きません。美容室も然りです。
面倒臭いから、というのが第一の理由ですが、人前に出る仕事でもありませんから、際立っておかしな髪型をしていなければ、それでよいのだと思っております。
 自分で切るようになって随分と経ちますから、その分、腕も上達しているような気がいたします。

 美容室のもっともいけないところは、あの髪の毛を洗う時の体勢です。
上を向いて、鼻と口にガーゼのようなものを当てられて、あれ、私、本当に苦痛です。
 もともと、狭いところや息苦しいことが体質的に駄目ですから、あのガーゼをかけられると、息が出来ないような気がして、胸がドキドキとしてまいります。
必要以上に呼吸の回数が増えまして、しかし、あんまりフハフハやるのもおかしいですから、殊、美容室って女の子が髪を洗ってくれることが多いですし、一体どう思われるか分かりません。
若い子に髪の毛を洗ってもらって興奮している変質者、そんな風にとられたら、これはとんでもない濡れ衣です。
 電車に駆け足で飛び乗って、あんまりハアハアしてしまって、みっともないから車両を変える。
これと同じ道理でして、自分にはきちっとした理由があるのだけれど、それを知らない傍目には、おかしな人間と映りかねない。まったく気をつけなければいけません。
 床屋で髭を剃るときに、蒸しタオルを口の周りに当てますね。あれも、私、苦手です。

 自分で髪を切る。
これはこれで、新聞紙を敷いたり首に手拭を巻いたり、その準備や片付けが結構面倒臭いものです。
 面倒臭いなぁ、と思っている内に、半年経ってしまいまして、伸ばしていたというよりも、放っておいたら随分と髪の毛が伸びてしまいました。
 身内や友人、近所のおばちゃんにまでむさ苦しい、と言われ始めて、確かにむさ苦しいなぁ、と自分でもようやく思いまして、一昨日、ばっさりと短くいたしました。
 なにせこの猛暑のさなかです。
実にさっぱりといたしました。髪を切るってこんなに素敵なことなのか、と改めて感じました。
 夏の空が、一段と、青さを増したような気がいたします。

 この快楽、半年のむさ苦しい日々があってのお陰です。
快楽とは、不快から飛び出た拍子に生まれるものでして、この不快が大きければ大きいほど、その反動も大きいといった寸法です。
 ですからこの不快を、いかに暖かく大事に育ててやれるか、それが、快楽を生きるコツなのだと思います。


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