2007年06月19日

味噌汁BAR

 新橋辺りの、勤め人で賑わう界隈、雑多な飲み屋の一角に、ビル風に赤提灯を揺らす小さな店があります。
提灯には、立派な筆文字で、「味噌汁」と書かれてあり、ここ、味噌汁専門のBARであります。

 お酒を飲んで、喉がカラカラとしてきた頃に飲む味噌汁、これ、格別ですよね。
まさに、五臓六腑に染み込むうまさ。
 ちなみに、この「染み込む」という感覚、欧米ではあまり馴染みがないそうで、これに代わる表現は、例えば、「心に染みる」が、「心に触れる」だったり。
ちょっとニュアンスが違いますよね。
 そもそも、染みていく先の「奥」という感覚が一般ではないそうで、これ、「深さ」とか、「裏」や「中」、なんて言葉で表現されているのだそうです。
 しかし、「奥」というのはあくまでも、暗くてはっきりとしない、人知の及ばぬ先、そんなちょっと恐ろしい含みを持つ言葉ですから、「何々の中」とか「何々の裏」では、この恐ろしさ、とても表現しきれるものではありません。
 こういう何となくはっきりとしない、曖昧な言葉って、「染みる」も然り、日本語には結構ありますよね。
やはり、文化なのでしょうね。

 で、この味噌汁BAR。
既に何処かで散々飲んできて、要は、一丁上がりの連中が集う店であります。
家路に就く前に、熱いヤツを軽く一杯、そんな〆の店なのです。
 深夜の店内、カウンターにもたれかかるお客たちの表情は、どれも随分と草臥れた様子です。
それでも、薄暗いオレンジ色の明かりの下、結構な数の人間が、よれたスーツに深い皺を刻ませて、美味しそうにフーフーと、今夜の〆の一杯を啜っております。

 味噌汁といえば、まず、味噌ですね。
 各地の有名どころから集められた数々の味噌樽が、お玉を軽快に操るバーテンの背越し、壁一面に威風堂々、ずらりと鎮座しております。
 これに加えて、マスターの趣味が味噌集めときていますから、その足で探し歩いた全国津々浦々の、大変レアな、マスター自慢の変り種が、「本日の味噌」なんてメニューで味わえます。

 それから、水。これも大したこだわりです。
 マスターのこだわりは、水の硬度というヤツでして、要するに、水に含まれるカルシウムやマグネシウムの量ですね、これが味噌汁の味を大きく左右する。
まあ、一般には、硬度100に届かない、いわゆる軟水が味噌汁には合うとされていますが、しかし、今夜は是非ストロングに、いつもの自分に決別したい、なんて方には、300くらいの硬水がお勧めです。
こういう硬い水には、そうですねぇ、長期熟成の赤味噌、加賀味噌あたりのきりっとした辛さがよく合うでしょう。

 そうして、具。具は大切です。
同じ味噌、同じダシを使っても、具材ひとつでがらりと違う味となる、これ、味噌汁の真骨頂ともいうべきところで、味噌汁の具って、実は食べることよりも、ダシに大きく貢献しているんですね。
 豆腐にワカメ、葱、油揚げ、なんて定番に始まって、ちょっと珍しい地方色の強いもの、魚のすり身、猪の肉、白子、山菜、納豆に至るまで、実に色々と揃えております。
 しかし、こちらのお店、やはり飲兵衛相手の商売です。
何と言ってもその売れ筋は、ダントツで、シジミ。これに敵うものはありません。
お酒を飲んだ後のシジミ汁って、どうしてあんなに美味しいのでしょう。

 最後にもうひとつ、忘れてはならないのが、おダシ。
 鰹に煮干、昆布に干し椎茸、どれもしつこいくらいなこだわりようで、例えば、鰹節。
青葱なんかを使ったさっぱりとした味噌汁には、脂の少ない雄節を使います。
反対に、里芋のようなねっとりとした味噌汁には、脂の多い雌節が向いています。
これ、雄節は鰹の背、雌節は腹の部分ですね。
 しかし、おダシというのは、使う味噌や具材との相性もありまして、また、味噌汁にとりましては命とも呼べる大切な部分でありますから、慣れない内は、バーテンに一任するのが宜しかろうと思います。

 と、ここまで説明いたしまして、あとは、そのオーダーの仕方です。
 例えば、なめこにえのきを刻んで、彩りに葉ねぎを少し浮かばせて、なんて場合。
これ、勿論、白味噌がいいでしょう。讃岐辺りのふっくらとした甘口が、とてもよく合うと思います。
ダシは能登産あご煮干。これを主役に、鰹を薄っすら香りよく、水はなめこのとろみに負けない、200くらいの中硬水。

 「えのきと葉ねぎを、オン・ザ・なめこで。あごに雄節ツークラッシュ、讃岐200。あっ、ダブルでね」
このダブル、勿論、椀がでかいことを意味します。
 なんだか、面倒臭いですね。

 こんなお店、何処かにないかなぁ、と思います。
あれば結構、繁盛するんじゃないかなぁ。
 


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