2007年06月01日

眉根を寄せて

 何事にも、旬というものがありますね。
例えば、今の季節で言いますと、新ジャガ。
 裏の畑では、只今ジャガイモがゴロゴロとなっておりまして、まあ、自分で仕込んでおいてなんですが、畝を掻き分けてざくざくと掘り出すこの喜び、まるで宝を掘り当てたかのようなときめきを覚えます。
これに加えて、近所の年寄り連中が、やはり袋いっぱいのジャガイモをぶら下げまして、隔日くらいの周期でやってきますから、我が家では、当面主食はジャガイモ、おかずも勿論ジャガイモ、食べるだけではとても間に合いませんので、今度は銀行か何かの認印に、イモ判をつくってみようか、なんてことまで考えております。
 
 ちなみに少し関係ない話をしますと、私がこちらに移ってまいりまして、まず最初に教わりましたのが、もらったものは玄関先に置いておかない、ということでした。
と、言いますのも、この村の老人たち、ほとんどが皆、畑をやっているんですね。
それも、生業ではなくて、あくまでも自分達が口にする程度の規模でやっていますから、特別手間が掛かるようなことはいたしません。そうなりますと、まあ、大体皆が皆、同じ時期に同じようなものを作って、同じものを収穫し、なんてことになる訳です。
 当然、頂くお裾分けも、形の良し悪しはあれ、同じものばかりとなりますから、これを目に付くところに置いておけば、なんだかなあ、と、折角くれてやろうと思った老婆心をくじく結果となってしまうのです。
だから、もらいものは出来るだけ隠しておけ、と、そんなアドバイスでありました。
 これ、同じものしかもらえないという、奇妙な前提の上に成り立った、暮らしの知恵なのであります。

 旅にもやはり、旬というものがあるように思います。
これは当然、人それぞれの好みによりますが、私の場合は、なるべく旅行者の入っていない場所、あるいは時期、これが最も旬で美味しい季節のような気がいたします。
 観光化が進んでいない国というのは、何処かでドンパチやっているか、経済がうまくないか、いずれにしましても政情が不安定な国の場合がほとんどです。
 私も、冒険家ではありませんから、無理してまでも危ない国に行きたいとは思いません。
しかし、ようやく状況が安定し始め、旅行者もチラチラと入り始めて、言うなれば、第2の波ですね、最初に政府や軍関係、ボランティアなんかの人が入って、これが第1の波。その後に、とりあえず飯が食えて泊まれる所があって、交通も、どんなにひどい道だって何とかなる、そんな第2の時期が訪れます。外国人は依然少ない状況ですから、すべてに関しまして、こちらが向こうのしきたりに従わざるを得ない。
こういう時期は、不便な反面、緊張感はありますし、何よりも、ああ、旅しているなぁ、なんて実感が湧いていいのです。

 10数年前に訪れたカンボジアは、まさにそんな旬の国でありました。
クメールルージュ(ゲリラ)の活動もいまだ活発な頃でして、旅行者の行けるエリアもほんの一部に限られていましたが、山火事が消えたばかりのような、むんむんとした、白い蒸気が立ち上るかのような雰囲気がありました。

 首都プノンペンにキャピタルというホテルがありました。
ここは、その頃カンボジアを旅した人間ならば、知らぬ者はいないというくらいに有名な宿でした。
情報の少ない当時のカンボジアにおいて、それでも、キャピタルに行けばどうにかなる、なんて言葉が合言葉のように使われておりました。
 1階が食堂を兼ねていたのですが、事実、このレストランは、朝から晩まで大勢の外国人で賑わって、プノンペンにいる旅行者のほとんどが集まっているのではないか、と思われたほどでした。

 古びたカウンターの片隅には、分厚い情報ノートが何冊も積まれてあり、これらには、カンボジア国内に留まらない、果てはアフリカ辺りの宿の情報まで、驚くほど多岐に渡った旅の情報が、事細かに記されています。
 何処何処に行くには陸路は危ない、先月、何々人が襲撃された、なんて物騒な情報から、市場の何処に行けば何が買える、なんて極めて日用的なもの、かと思えば突然、人生とは、なんて仰々しい論文のようなものが書かれていたり、またそれに対する反論が書き込んであったり。
 この情報ノートというものは、キャピタルに限らず色々な国の色々な宿にあるのですが、暇潰しに読んでみますと、なかなか面白いものなんですよ。

 このキャピタルのレストランに、名物とも呼べるようなボーイがひとりおりました。
これは勿論カンボジア人で、年は30くらいであったかと思います。
非常に陽気な男でして、注文を取るにも食事を運ぶにも、クネクネと、オカマが踊るようなおかしな動きでやって来て、必ず下らない冗談を言っては、それをギャハハと自分で笑う、そんなキャラクターでありましたから、どの国の連中にもとても好かれていて、あちこちのテーブルから、いつでもひっきりなしに声が掛かっておりました。昼下がりの暇な時間などには、よくお客と一緒にカードをしている光景を目にしたものです。
 ドッと何処かのテーブルが沸いたかと思うと、必ずその中心に彼の姿がある、とにかくそんな男でした。

 それがある時、私、煙草を切らしまして、店の裏手にある雑貨屋へと買いに行ったのです。
すると、彼がたまたま休憩中だったようで、ひとりバラックの陰に突っ立って、煙草を吹かしているところでした。
 しかし、その表情が、フゥーッと大きく白い煙を吐き出して、いつもの彼からは想像も出来ない、眉間に深い皺を刻んだ、薮にらみに遠くの一点を見つめるような、まるで別人かと思わせるほどの厳しい顔つきだったのです。
 彼が私に気づいた様子はありませんでしたが、私は何だか、見てはいけないものを見てしまったような気がして、急に胸がドキドキとしたのを覚えております。

 単純に考えれば、彼だって人間ですから、その時たまたま嫌なことがあっただけなのかも知れません。
しかし私は、何故かその深く刻まれた眉間の皺に、人生の深遠というものを垣間見たような気になりまして、その後、いつものようにギャハハと笑う彼の明るさを、素直に笑って返すことが出来なくなってしまったのでした。


この記事へのトラックバックURL

http://wajin.t-galaxy.com/t389
この記事へのコメント
カンボジアにとっては旅の旬でも、
ボーイさんにとってその状況は人生の旬じゃなかったのかもしれませんね…。
Posted by 盛本 純子 @ T-galaxy.com 編集長 at 2007年06月04日 10:57