2007年05月29日

Chicken or Gyu ?

 皆さんは、飛行機に乗って、自分だけ機内食が配られなかった、そんな経験はおありでしょうか?
私は2度ばかり、あります。
勿論、深夜のフライトで眠っていたから、という訳ではありません。
 私が使う飛行機は、大体が格安チケットですから、確かに、現地を深夜に飛び立って、なんてことも珍しくはありません。
 飛行機に乗り込んで、ようやく狭いシートに落ち着いて、時計を見たら午前2時、どう考えても普通の人がご飯を食べる時間ではないのに、それから1時間もしますと、ゴロゴロと銀色のワゴンが転がって、機内食がやって来ます。
 こんな深夜に、それがサービスとしてまかり通っているのもおかしな気がいたしますが、実際、これを喜ぶ人のほうが多いようでして、みんな、待ってましたとばかりに食事を始めます。
 私、この光景を見るといつでも、貧乏人って嫌だなぁ、と思います。
何を寝ぼけているんだ、俺は飯なんかいらないよ、そう言って、この押し付けがましい非常識なサービスを、突っぱねてやったらどんなに気持ちがいいでしょう。
しかし、現実に突っぱねてやるのはなかなか難しいようでして、どうして難しいかと考えますと、やはり人間、タダには弱い、これに尽きると思うのです。
 機内食って、決してタダではないのですけど、なんとなく、タダな感じがしますよね。
タダなら何でも貰っておこう、腹が減っていなくたって、食わなきゃ損した気持ちになる。
そんな心理が働きまして、実は私も、深夜の機内食、ねむい目を擦りながらも大いに食べるタチであります。

 しかし一方で、先程申し上げましたように、その実は別としましても、私、貧乏臭い振る舞いが嫌いです。
おっ、配り始めたな、なんて、すかさずテーブルをおろして準備する、今か今かとそわそわと待つ、そういうの、私、絶対駄目なのです。
 ねむたくて参ったな、俺はいらないのに、なんて顔をして、眼光鋭く脇目で観察、前の人の順番になった辺りでおもむろにテーブルをおろします。
この時点で、ドリンクは勿論のこと、大抵は2種類ある中から選べる食事も、心の中ではとっくに決まっているのです。
それでも、やれやれ、なんて顔をして、肩をすぼめて見せるのが、私の機内食の貰い方であります。

 ところがその時は、乗務員の方が何でもないような顔をして、すいっ、と私の横を素通りして行ってしまいました。
さては食事を切らして補充に行ったかな、と目で追うも、どうやらそういう訳でもないようです。
後ろの人にはちゃんと配っておりまして、ガチャガチャとフォークの音が鳴り始めた深夜の機内、物事は私をおいてどんどん進行していく様子でありました。
隣は、と、俄かに目の覚めた思いで盗み見ますと、反対側の通路からちゃんと配られているではありませんか。
おお、貧乏人は嫌なものです。もうアルミ箔を剥がして、嬉しそうに何かをつついている。
 こんな時、通りのよい声で、「エクスキューズミー」と声を掛けられたら何の問題もないのですが、私、常日頃から、人に聞き取りづらいと指摘される、もごもごとした喋り口、何度か声を掛けましても、一向気づいてくれる気配がありません。
その内、気がつかなくてもいい近くの席の乗客が、私の置かれた状況に好奇の目を向け始め、私、この時、自分のお膳立てした折角のすまし顔が、機内食になんて如何にも執着のない孤高のエコノミークラス、その偶像の本質が、非情な手段を持って試されていることを理解しました。

 私は、なるべく目立たないように席を立ち、すでに3列くらい後ろに遠のいてしまった乗務員の肩を叩いて、
「私にも、機内食ください」
 こんな惨めな思いを、2度ほど経験しております。

 旅仲間から聞いた話に、機内食にまつわるこんな話があります。
 日本からの飛行機に乗りまして、機内食を配られる際、その人は、白人女性の乗務員に、
「Chicken or Gyu ?」
と尋ねられたそうです。
 ギュウ?ギュウって一体何なんだ、とその人は思いまして、色々考えてみたが分からない、結局無難にチキンを選んだのだそうです。
ところが何ということはない、ギュウとは牛であったことが判明し、しかし、ギュウだけ日本語で言うかねぇ、なんて笑い話でした。
 すると、同じ座にいた別の人が、そういうのなら俺にもある、と話し始めましたのが、やはり日本からの飛行機で、これも同じく外国人の乗務員だったそうです。
その人は、「Continental(洋食) or Macnoach ?」
と尋ねられまして、マックノーチ?マックノーチって何なんだ、何故かその人はコックローチ(ゴキブリ)を頭に思い浮かべたりして、やはり無難にコンチネンタルを選んだのだと言いました。
マックノーチは幕の内、何だか落語のネタのような話でありました。

 私、この話を聞いた時に思いました。
 もしこの人が、ギュウを頼んでいたならば、もしかしたら見たこともない、ギュウという、何かを凝縮したような不思議な塊が食べられたかも知れない。
もし、マックノーチを頼んでいたならば、そうですねぇ、赤くてひげが黄色いゴキブリが出てきたでしょうかね。
いずれにしましても、千載一遇、私なら、チキンなんて頼まないけどなぁ。


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この記事へのコメント
「私にも、機内食ください」体験をブログで告白された
工房倭人さんの勇気に乾杯です(笑)
「やれやれ、なんて顔をして」のくだりすごくよくわかります、、、
が、うちの1歳のコドモを見ていると
「ごはんがもらえる」という瞬間に大はしゃぎするのは
人間の素直な感情なのかなと思ったりもします(笑)

ギュー/マックノーチ笑ってしまいました!おもしろすぎます!!
Posted by 盛本 純子 @ T-galaxy.com 編集長 at 2007年06月04日 10:52
盛本さんは、お子さんに多くのことを学ばれているといいますか、多くのことを考えるきっかけをもらっているようで素敵ですね。そういう存在が近くにあるって、とても幸せなことだと思います。同じ生活でも、それがあるとなしとでは、ひどく違ってきますものね。
ほんとに、ごはんがもらえるって、嬉しいものです。私、いつからこんなに屈折してしまったのかなぁ・・。
Posted by wajin at 2007年06月04日 21:59
実はこのブログ読んだ時に即コメント書くつもりでしたが遅くなりました。読んでもらえるかわかりませんがとりあえず一筆。
うちのかみさんはトリがきらいで、でも僕が好きなのをよく知っていて、僕の為にだけトリの固まりを買ってきてジュージュー焼いてくれます。それを食べながらいつも話題にのぼり、二人で笑い転げるお話があるのです。

それは初めての海外社内旅行の飛行機の中でのお話です。
金髪の美しいスチュアーデスが食事の案内に来た時の会話です。
我が社員の先輩Kおじが運悪く通路側に座っておりまして、かの美しいスチュアーデスがこれまた美しい英語で <Chicken or Beef?>とKおじに訊ねてきました。まだギューではなかった頃の会話です。かのおじはたちまちフリーズいたしまして、となりのわたくしめに救いの眼差しを送ってきました。体は硬直の極みでしたから動くものといえば眼の玉くらいでしょうか。僕はすかさず<トリかギューかと聞いとるんやで>と救いの言葉を投げたのですが そのKおじはやおら半腰になり <トリ! トリ!> と両手をばたつかせながら叫んだではありませんか。でもなぜか、不思議とかのスチュアーデスには通じたのか涼しげにチキンを置いてぼくに訊ねてきました。<Chicken or Beef?>と。僕、さすがにチキンとは言えず、涼しく ビーフ プリーズ と答えましたのです。ああ やはり 努力と熱意で気持ちは伝わるものだと今日もまたニコと微笑みながらトリを食べながらお酒を飲んでおります。

これは本当のお話です。
Posted by hama at 2007年06月05日 22:46
hamaさん。
両手をばたつかせて、というのは万国共通のジェスチャーなのでしょうね。
しかし、トリ、トリ、って、よっぽとトリが食べたかったその熱意、確かに伝わります。(笑)
ビーフが欲しかった場合には、Kおじ、一体どんな表現をしたのでしょう。
Posted by wajin at 2007年06月06日 11:59
お邪魔いたします
牛のゼスチャーについて熟考いたしまして
鼻輪を作るというのがやはり正しいのではないでしょうか?

関係ないお話ですが
私の昔の同級生に八木という者がおりました
出席をとる際 彼は月に一度程の頻度で
「メェ~」と返事を返しておりました
Posted by 島 at 2007年06月06日 13:24
もいちど おじゃま虫ですが。

島さん、わたくしめとしては、両手人差し指を頭にかざし ギュー!ギュー!かなと思っていましたが、Kおじはギューの風体ではなく痩せて枯れた体つきからしてもやはり トリ なのです。彼は無類のトリ好きでして、みずから焼き鳥屋を仕事が終わってから商売していたのですから。
ところでうちのかみさんの干支は牛なのですよ。僕がメールを打っている横でいつも夜な夜なツノを磨き、ひずめのお手入れをしております。
Posted by hama at 2007年06月06日 22:56