2008年05月30日

ラリーの思い出

 ラリーの続かないバドミントンって、つまらないものですよね。
やっている当人が下手糞ならば、これは仕方がありませんが、そうではなくって、こんな場合もあるのです。

 ひと頃、旅には必ずバドミントンを持ち歩いておりました。
なにせ旅行中は暇ですから、運動も兼ねたいい時間潰しとなるのです。
バックパックの横ちょに、ラケットをキュッと縛りつけ、これが私のお決まりのスタイルでした。

 ミャンマーの田舎町で。
暮れ時、ようやく涼しくなり始めた頃、赤土の道端で、近所の子供たちと毎日のようにバドミントンをやりました。
 「バドミントンクラブ」と銘打って、そのメンツは、日によって多少の入れ替わりはありましたが、
とにかくみんな、飽きもせず夢中になってやりました。
 最初は遊んでやっているつもりだった私も、その内に、連中の学校の終わる時間が待ち遠しくなってきて、結局は、私が一番の暇人だったのだと思います。

 で、なにしろ10人ばかりの腕白が、競い合ってやるものですから、案の定、ある日ラケットが壊れてしまいました。
 仕方がないので、新しいものを買おう、となりまして、町で唯一の、何でも屋のような雑貨屋に行きました。軒の傾いた、埃を被ったような小さな店でしたが、それでも、棚隅に中国製のラケットを見つけまして、店主がこれしかない、と言うのでそれを買いました。

 ところが、このラケット、どうにもうまくないのです。
どううまくないのかと申しますと、サーブが来ますね。で、これを打ち返そうとすると、
パコッ、と羽が、ガットの網目にはまってしまうのです。
つまりは、ガットの張りがユルユルなんですね。
下手をすると、サーブでいきなり、パコッ。
一瞬、羽は何処に消えたかと思います。勿論、きちんとラケットにくっついているんですけどね。

 なるべく強く振らないように。
そう指示を出し、心掛け、騙し騙し打ち合って、それでもやっぱり、興奮に理性を忘れてしまうのが子供です。幾度か打ち合う内に、そんなことはすっかり忘れて、パコッ。おおい、注意しろよ、パコッ。
 段々と、パコッ、となることに喜びを覚え始めて、こうなると、ラリーもへったくれもありません。
 思い出せば、田舎の景色によく似合う、とてものどかなバドミントンでした。

 ラリーというオーストラリア人がおりました。
伸び放題の長髪に、赤いTシャツを着て、膝下を切ったジーパン姿、如何にもオージーといった、
野性味のある男でした。
 私、このラリー他数人と、中東の国々をつるんで旅したことがありまして、
ある時、お腹の調子がおかしかったものですから、ひとり夕飯を断って、宿に帰ったことがあります。
 この別れ際、仲間のイギリス人は、「大丈夫か。俺の薬をあげようか」と言いました。
まだ10代の、背の高い、色の白い青年でした。
 また、フランス人は、これはその後も一番長くつるんだ男でして、私よりも10年上の、ミュージシャンでありました。この彼、私が露店で林檎を買ったのを見て、
「林檎はお腹によくないぞ」と言いました。
 で、ラリー。
ラリーは黙って片目をつぶって、親指をチュッと、私に投げキッスをいたしました。
 三者三様、それぞれの性格が表れるようで面白かったのですが、私、ラリーのこういうところが好きでした。

 このラリー、ある日、ワディラムという、「アラビアのロレンス」の舞台となった砂漠を歩いて、
何処ぞの村まで行ってくる、と言い出しました。
 私は、そういうしんどいのは苦手ですから、ふたつ返事で辞退して、そこで彼に別れを告げました。
 ところがその翌日、ラリーが宿へ戻って来たのです。 
どうしたのだと尋ねると、水ばかりを持って行って、食料を持っていくのを忘れた、と、考えられないようなことを言うのです。
 水をリュックに30リットル背負って行ったと言います。
それで食料は、パン一斤と林檎1個しか持っていかなかったそうです。
その食料を、初日、つまり昨日の晩に食べ尽くして、砂漠で野宿して帰ってきたのだと言うのです。

 水ばかりが頭にあったよ。

やれやれと笑うラリーを、私、益々好きになりました。
 砂漠の星は、きっときれいだったに違いありません。




 





 


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