2008年03月14日
趣味
趣味は何かと尋ねられ、以前は、「焚き火である」と答えておりましたが、
何かの番組で、俳優の渡哲也が同じことを言っているのを聞きまして、こうなりますと、
なんだか真似をしているようで面白くありませんから、最近では違うことを答えるようにしております。
しかし、焚き火は相変わらず好きでして、その何が良いのかと言いますと、
私、あの煙の匂いが好きなのです。
勿論、火を焚いて、ぼうとする時間も好きですし、徒に薪をくべ直し、炎の形をあれこれといじくることも好きですが、あの煙の匂いを嗅ぐと、何故かしら、とてもいい気分になるのです。
旅先の、色々な景色を思い出します。
それから、子供の頃のことを思い出します。
なんだか、とても懐かしい気持ちになります。
耳で聞いたり、鼻で嗅いだりした記憶というのは、目で見たものよりも、余計に体に染み込んでいるような気がいたします。
これはきっと、頭の中で言葉に置き換えるという作業がないからなのでしょうね。
いつになるかは分かりませんが、いずれ家でも買って、ひとつの土地に落ち着きましたら、
私、そこの寄り合いで、地域活性委員になろうと思います。
そうして、火祭りを提案しようと思います。
海岸に、大きなやぐらを組みまして、それはもう、5階建てくらいある巨大なやぐらです。
これに火をつけて、ゴウゴウと燃える様子をみんなで眺める。
勿論、テキヤもいっぱい駆り出して、陽気な音楽も鳴らして、
これ、想像するだけでわくわくといたします。
焚き火は心の奥にしまい込み、それではお前の趣味は何なのだ、と改めて尋ねられましたら、
最近は、「立ちションである」と答えます。
男性諸氏、立ちションをしていますか?
立ちションはいいものです。
何が良いって、気持ちが良いです。
狭い便所で用を足すより、広い空の下、星でも眺めながらする立ちションは、格別です。
勿論これ、人目が気になっては折角の清々しさが台無しですから、きちんと場所は選びます。
以前は夜しかしなかったものを、段々と、昼間でも平気でするようになって、
最近では、道を歩けば小便もしたくないのに、
おっ、あそこは立ちションにもってこいだな、藪の加減が丁度いい。
なんて、考えるまでになっています。
趣味というのは、どうしてもエスカレートしていくものでして、
例えば先程の焚き火の話、ある人が、ある海辺の町に引っ越しまして、その理由が、
火を焚くのに理想的な流木が集まるからだった、そんな話を聞いたことがあります。
私の立ちションも、突き詰めていけば、例えば絶壁の上から命がけ、はたまた、技術に走れば、
鉄砲魚のように遠くの的にピシャリと当てる、なんて、おかしな方向にも迷いかねません。
ちなみに私、海の中では必ずします。これがまた、いいのです。
焚き火も立ちションも、もとは必要不可欠、至って自然なものですよね。
こういうなんでもないことが、趣味です、なんて言って通用する辺り、
やはり文明の大きな影を感じます。
文明が蓋をしたもの。
やってみればまだまだ気持ちのよいことが、沢山あるような気がいたします。
何かの番組で、俳優の渡哲也が同じことを言っているのを聞きまして、こうなりますと、
なんだか真似をしているようで面白くありませんから、最近では違うことを答えるようにしております。
しかし、焚き火は相変わらず好きでして、その何が良いのかと言いますと、
私、あの煙の匂いが好きなのです。
勿論、火を焚いて、ぼうとする時間も好きですし、徒に薪をくべ直し、炎の形をあれこれといじくることも好きですが、あの煙の匂いを嗅ぐと、何故かしら、とてもいい気分になるのです。
旅先の、色々な景色を思い出します。
それから、子供の頃のことを思い出します。
なんだか、とても懐かしい気持ちになります。
耳で聞いたり、鼻で嗅いだりした記憶というのは、目で見たものよりも、余計に体に染み込んでいるような気がいたします。
これはきっと、頭の中で言葉に置き換えるという作業がないからなのでしょうね。
いつになるかは分かりませんが、いずれ家でも買って、ひとつの土地に落ち着きましたら、
私、そこの寄り合いで、地域活性委員になろうと思います。
そうして、火祭りを提案しようと思います。
海岸に、大きなやぐらを組みまして、それはもう、5階建てくらいある巨大なやぐらです。
これに火をつけて、ゴウゴウと燃える様子をみんなで眺める。
勿論、テキヤもいっぱい駆り出して、陽気な音楽も鳴らして、
これ、想像するだけでわくわくといたします。
焚き火は心の奥にしまい込み、それではお前の趣味は何なのだ、と改めて尋ねられましたら、
最近は、「立ちションである」と答えます。
男性諸氏、立ちションをしていますか?
立ちションはいいものです。
何が良いって、気持ちが良いです。
狭い便所で用を足すより、広い空の下、星でも眺めながらする立ちションは、格別です。
勿論これ、人目が気になっては折角の清々しさが台無しですから、きちんと場所は選びます。
以前は夜しかしなかったものを、段々と、昼間でも平気でするようになって、
最近では、道を歩けば小便もしたくないのに、
おっ、あそこは立ちションにもってこいだな、藪の加減が丁度いい。
なんて、考えるまでになっています。
趣味というのは、どうしてもエスカレートしていくものでして、
例えば先程の焚き火の話、ある人が、ある海辺の町に引っ越しまして、その理由が、
火を焚くのに理想的な流木が集まるからだった、そんな話を聞いたことがあります。
私の立ちションも、突き詰めていけば、例えば絶壁の上から命がけ、はたまた、技術に走れば、
鉄砲魚のように遠くの的にピシャリと当てる、なんて、おかしな方向にも迷いかねません。
ちなみに私、海の中では必ずします。これがまた、いいのです。
焚き火も立ちションも、もとは必要不可欠、至って自然なものですよね。
こういうなんでもないことが、趣味です、なんて言って通用する辺り、
やはり文明の大きな影を感じます。
文明が蓋をしたもの。
やってみればまだまだ気持ちのよいことが、沢山あるような気がいたします。
Posted by wajin at 12:11│Comments(2)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
Wajinさま
おばんです。
ぼくの場合、
趣味は?と聞かれたら
ひなたぼっこ
なのです。
焚き火 と似てるかもしれません。
軽い火照りが好きなのです。
昔の下宿は二階にありまして
よく、布団を屋根の上に干しまして
ついでに 私も その上に干しまして
蒼い空を見ながら とりとめもなく
ボッとしている その 空白の時が おしゃれです。
立ちション も 日向ボッコと 似てるかもしれない。
くわえ煙草で 蒼い空見ながらの放尿なんてのも
よいものです。
でも最近見かけることは少ないですが
粋な立ちションしてる男が少ない。
こそこそと格好わるいのです。
アートで粋な立ちションが少ない。
少なくとも、昔の男は立ちション一つとっても
おしゃれ でしたよ。
Wajin さんの いちど 拝見したいです。
文明の蓋 とやらに
ひっかけてやりたいものです。
ネ
おばんです。
ぼくの場合、
趣味は?と聞かれたら
ひなたぼっこ
なのです。
焚き火 と似てるかもしれません。
軽い火照りが好きなのです。
昔の下宿は二階にありまして
よく、布団を屋根の上に干しまして
ついでに 私も その上に干しまして
蒼い空を見ながら とりとめもなく
ボッとしている その 空白の時が おしゃれです。
立ちション も 日向ボッコと 似てるかもしれない。
くわえ煙草で 蒼い空見ながらの放尿なんてのも
よいものです。
でも最近見かけることは少ないですが
粋な立ちションしてる男が少ない。
こそこそと格好わるいのです。
アートで粋な立ちションが少ない。
少なくとも、昔の男は立ちション一つとっても
おしゃれ でしたよ。
Wajin さんの いちど 拝見したいです。
文明の蓋 とやらに
ひっかけてやりたいものです。
ネ
Posted by hama at 2008年03月14日 20:56
はまさん、こんにちは。
日向ぼっこ、なんとも呑気でいいですね。
日向で目を閉じて、まぶたの裏が赤々として、
色々な音が聞こえてきて、そのままウトウトと、
贅沢だなぁと思います。
なんとなく、幸せな気分になりますね。
アートな立ちション!
一体どういう立ちションでしょう。(笑)
しかし、粋な立ちションというのは分かる気がいたします。
粋な姉ちゃん立小便、なんて、昔の啖呵売の言葉にもありますものね。
無粋な立ちションが増えたというのは、結局、
それだけ立ちションがしづらくなったということなのでしょうね。
さっと裾を払って、さっと済ませて、さっと去る。
私の場合、長ションで、こうはいきませんね・・。
日向ぼっこ、なんとも呑気でいいですね。
日向で目を閉じて、まぶたの裏が赤々として、
色々な音が聞こえてきて、そのままウトウトと、
贅沢だなぁと思います。
なんとなく、幸せな気分になりますね。
アートな立ちション!
一体どういう立ちションでしょう。(笑)
しかし、粋な立ちションというのは分かる気がいたします。
粋な姉ちゃん立小便、なんて、昔の啖呵売の言葉にもありますものね。
無粋な立ちションが増えたというのは、結局、
それだけ立ちションがしづらくなったということなのでしょうね。
さっと裾を払って、さっと済ませて、さっと去る。
私の場合、長ションで、こうはいきませんね・・。
Posted by wajin at 2008年03月15日 17:36
