2008年12月15日
キジのお宿
箱根に行っておりました。
今年の春にも箱根に出掛け、ことのほかこの地が気に入ったという訳でもありませんが、伊豆に遊び飽き、近場で温泉となりますと、あまり選択肢もありません。
今回も、事前にインターネットで宿を取り、素敵なホームページに紹介される素敵なお部屋、川べりの、露天と呼ばぬ野天風呂、それに何より、キジを食べさせるというので楽しみにして出掛けました。
色々と寄り道をして、宿に着いたのは夕刻5時を回った頃でした。
ぐねぐねと続く山道をどれくらい走ったか、ようやく現れた期待のお宿は、ぼんやりと薄暗い明かりの灯る、ひどく古びたものでした。
嫌な予感を後押しするように、玄関先に車を横付けするも、誰も案内が出てきません。
ガラスの重たい扉をギイと押し開けると、ロビーはガランと寒々しく、銭湯の番台のようなおかしな帳場、何処かの事務所にあるような、埃っぽい年代物のソファ、いつの時代のものとも知れぬセピアがかった額絵が飾られ、いやいやそんなはずはない、だってあのホームページのお宿はあんなに素敵だったではないか・・。
声を上げ、案内を請い、ようやく現れた背広姿の青年は、それでもその爽やかな笑顔と物言いで、私の不安を上手に掻き消すようでした。
5分ほど待たされて、その間、再び誰もいなくなったロビーで、私はこう考えました。
古い宿であることは間違いない。それも、味のある古さではなく、ただ単に古いだけの宿である。
しかし恐らく、客室はリニューアルしてあるのだろう。なに、宿なんていうものは、そのほとんどの時間を部屋で過ごすのだから、あとはどうあれ、あまりに気にすることもないだろう。
なんと言っても私、この日は「特別室」なるものを予約しておりました。
ところが、次に現れた仲居を見て、しぼみかかった私の不安は、先ほどよりも勢いを増して膨らみ始めてしまいました。
眼鏡をかけた眉の濃い、まあそれは別段よいとして、ひとつにひっ詰めたその髪型、鬢の辺りがモジャモジャとして、おいあんた、何処かで居眠りでもしてたのかい? と思わせるような乱れよう、
更にはこのお宿、増築に増築を重ねたものか、おかしなくらいに入り組んでおりまして、フロントから螺旋階段を下り、長い長い廊下を渡ってようやくエレベーターにたどり着き、これを降りて右に左に、なんだか迷子になるようです。途中、実際に迷子になったのか、浴衣姿の客がひとり、このモジャモジャの仲居に部屋を尋ねまして、その受け答えには驚かされました。
「そうですねぇ・・フロントで聞いてください」
あの人、果たしてフロントにたどり着けたでしょうか。
ああ、もうだめだ、きっとリニューアルなんかされていない。
私、この仲居の貧乏臭い後姿を追いながら、そう確信いたしました。
で、連れられた特別室、「こちらです」と扉が開けられ、まず目に飛び込んだのが、破れも直さぬ黄ばんだ古障子、ああ万事窮す。これはもう、本当に、詐欺に近いと思いました。
それから肝心のキジ料理、これもまた口に合わず、何か他の物をと追加の品書きを手に取れば、
「キジのつくね」
「キジの土瓶蒸し」
「キジもんじゃ」
「キジのサラダ」・・・
どういう訳か、キジしかないんです。
どうしてもキジを食わせたがるこのお宿、私、例の仲居に尋ねました。
「キジはこの辺りの物ですか?」
するとまた、驚くべき答えが返ってまいりました。
「いいえ。残念ながら、四国から取り寄せております」
まったく、残念なのは我々だよ。とは、さすがに言えませんでした。
今年の春にも箱根に出掛け、ことのほかこの地が気に入ったという訳でもありませんが、伊豆に遊び飽き、近場で温泉となりますと、あまり選択肢もありません。
今回も、事前にインターネットで宿を取り、素敵なホームページに紹介される素敵なお部屋、川べりの、露天と呼ばぬ野天風呂、それに何より、キジを食べさせるというので楽しみにして出掛けました。
色々と寄り道をして、宿に着いたのは夕刻5時を回った頃でした。
ぐねぐねと続く山道をどれくらい走ったか、ようやく現れた期待のお宿は、ぼんやりと薄暗い明かりの灯る、ひどく古びたものでした。
嫌な予感を後押しするように、玄関先に車を横付けするも、誰も案内が出てきません。
ガラスの重たい扉をギイと押し開けると、ロビーはガランと寒々しく、銭湯の番台のようなおかしな帳場、何処かの事務所にあるような、埃っぽい年代物のソファ、いつの時代のものとも知れぬセピアがかった額絵が飾られ、いやいやそんなはずはない、だってあのホームページのお宿はあんなに素敵だったではないか・・。
声を上げ、案内を請い、ようやく現れた背広姿の青年は、それでもその爽やかな笑顔と物言いで、私の不安を上手に掻き消すようでした。
5分ほど待たされて、その間、再び誰もいなくなったロビーで、私はこう考えました。
古い宿であることは間違いない。それも、味のある古さではなく、ただ単に古いだけの宿である。
しかし恐らく、客室はリニューアルしてあるのだろう。なに、宿なんていうものは、そのほとんどの時間を部屋で過ごすのだから、あとはどうあれ、あまりに気にすることもないだろう。
なんと言っても私、この日は「特別室」なるものを予約しておりました。
ところが、次に現れた仲居を見て、しぼみかかった私の不安は、先ほどよりも勢いを増して膨らみ始めてしまいました。
眼鏡をかけた眉の濃い、まあそれは別段よいとして、ひとつにひっ詰めたその髪型、鬢の辺りがモジャモジャとして、おいあんた、何処かで居眠りでもしてたのかい? と思わせるような乱れよう、
更にはこのお宿、増築に増築を重ねたものか、おかしなくらいに入り組んでおりまして、フロントから螺旋階段を下り、長い長い廊下を渡ってようやくエレベーターにたどり着き、これを降りて右に左に、なんだか迷子になるようです。途中、実際に迷子になったのか、浴衣姿の客がひとり、このモジャモジャの仲居に部屋を尋ねまして、その受け答えには驚かされました。
「そうですねぇ・・フロントで聞いてください」
あの人、果たしてフロントにたどり着けたでしょうか。
ああ、もうだめだ、きっとリニューアルなんかされていない。
私、この仲居の貧乏臭い後姿を追いながら、そう確信いたしました。
で、連れられた特別室、「こちらです」と扉が開けられ、まず目に飛び込んだのが、破れも直さぬ黄ばんだ古障子、ああ万事窮す。これはもう、本当に、詐欺に近いと思いました。
それから肝心のキジ料理、これもまた口に合わず、何か他の物をと追加の品書きを手に取れば、
「キジのつくね」
「キジの土瓶蒸し」
「キジもんじゃ」
「キジのサラダ」・・・
どういう訳か、キジしかないんです。
どうしてもキジを食わせたがるこのお宿、私、例の仲居に尋ねました。
「キジはこの辺りの物ですか?」
するとまた、驚くべき答えが返ってまいりました。
「いいえ。残念ながら、四国から取り寄せております」
まったく、残念なのは我々だよ。とは、さすがに言えませんでした。
2008年12月10日
新しいこと
時折、Tシャツをやめて何か新しいことをしたいなぁ、と考えます。
随分と前からこれを人に言いふらし、それでもいまだ、何も始めません。
しかし、思いついたらまず口にする。
口にすれば、少なくとも言葉は発したわけでして、何もない不毛の地にひと粒の種を蒔いたような、
そんな満足を得られます。満足してしまえば、熱意が冷めるのは自然の道理ですから、有言不実行、まあ、不言不実行よりはいくらか退屈ではないような気がいたします。
で、Tシャツをやめて何をするのかと言いますと、これには色々なアイデアがあります。
中には、間違いなく成功するに違いない、と思えるようなアイデアだってあるのです。
先日、妻の誕生日にWiiを買ってやりました。
Wii Fitという、白いボードの上に乗ってヨガのポーズをしたりするアレです。
その中のメニューにジョギングというのがありまして、床の上で足踏みをすると、画面に映る景色が次々と変わって、実際に何処かの島の中を走っているような感覚となります。
とは言いましても、所詮ゲームの画面ですから、左程リアリティーはありませんが、それでも私、
これを見て、やられたなぁ、と思いました。
何をやられたかと申しますと、実は私も、同じようなアイデアを以前から密かに持ち続けていたのです。家の中で黙々と自転車をこぎ続ける妻を見て、そのハンドルのトコにちょこっと小さな画面があって、そこに世界中の町の景色が映し出されていたら楽しくないかい。
右に曲がれば右に曲がって、左に曲がれば左に曲がる。あれ、この路地は行けるかな?なんて好きなようにハンドルを動かして、インドに飽きれば、ピッピッピッ、ヨーロッパにでも出掛けるか。
そんな具合に運動すれば、すこぶる楽しくダイエットが出来るではないですか。
思いつきというものは、不思議と同時発生するものでして、誰かが何かを思いついた時には、やはり何処かで、違う誰かが同じような事を思いついている、そんな気がしてなりません。ですからあとは早い者勝ちでして、お酒を飲んで、ムフフと夢想ばかりしている者は、やられたと思うより他ないのです。
しかし、本気でやられたと思うわけでもありませんから、あまりこれを気にせずに、ついでに旅絡みの違うアイデアもご紹介したいと思います。
例えば私の経験で、1年や2年も貧乏旅行をしていると、日本食が非常に恋しくなります。たまに奮発して、その土地の日本食レストランに出掛けるも、とても日本食とは思えぬものが出てくることもしばしばです。
大事に取っておいたインスタントの味噌汁、バックパックの底で揉まれて、もう味噌がブニュブニュですが、それだって、ああ、こんなに美味しいものはない、と、心の底から思います。
こういう旅をする若者に、銀座辺りの板前が出掛けて行って、本当の日本食、日本で食べても美味しいような日本食を腹いっぱいご馳走してやる。そういうグルメ番組があればいいのになぁ、と思います。
きっと彼らは、その辺のリポーターよりも、よっぽどうまそうに食いますよ。そうしてその次元の違う喜びは、きっとテレビを見る人間に、ああ、うまいとは本来こういうことなんだ、と、改めて認識させるに違いありません。
つまりは、上へ上へ、更に更に、という発想ではなく、下に下に、後ろへ後ろへ、という発想で、
足るを知る、今の生活の喜びを知る、そんな方向がもっとあってもよいのではないかと思うのです。
素敵なお宿を紹介する旅番組もよいですが、とんでもなく貧しい宿ばかりを紹介する番組だってあればいい。実際、日本にだってありますよ、そんな驚くべきお宿。
まあ、色々と言ったところで不実行、しかし不実行を実行しなければ、実行することにもなりますから、いずれは何か、やりたいなぁと思います。
随分と前からこれを人に言いふらし、それでもいまだ、何も始めません。
しかし、思いついたらまず口にする。
口にすれば、少なくとも言葉は発したわけでして、何もない不毛の地にひと粒の種を蒔いたような、
そんな満足を得られます。満足してしまえば、熱意が冷めるのは自然の道理ですから、有言不実行、まあ、不言不実行よりはいくらか退屈ではないような気がいたします。
で、Tシャツをやめて何をするのかと言いますと、これには色々なアイデアがあります。
中には、間違いなく成功するに違いない、と思えるようなアイデアだってあるのです。
先日、妻の誕生日にWiiを買ってやりました。
Wii Fitという、白いボードの上に乗ってヨガのポーズをしたりするアレです。
その中のメニューにジョギングというのがありまして、床の上で足踏みをすると、画面に映る景色が次々と変わって、実際に何処かの島の中を走っているような感覚となります。
とは言いましても、所詮ゲームの画面ですから、左程リアリティーはありませんが、それでも私、
これを見て、やられたなぁ、と思いました。
何をやられたかと申しますと、実は私も、同じようなアイデアを以前から密かに持ち続けていたのです。家の中で黙々と自転車をこぎ続ける妻を見て、そのハンドルのトコにちょこっと小さな画面があって、そこに世界中の町の景色が映し出されていたら楽しくないかい。
右に曲がれば右に曲がって、左に曲がれば左に曲がる。あれ、この路地は行けるかな?なんて好きなようにハンドルを動かして、インドに飽きれば、ピッピッピッ、ヨーロッパにでも出掛けるか。
そんな具合に運動すれば、すこぶる楽しくダイエットが出来るではないですか。
思いつきというものは、不思議と同時発生するものでして、誰かが何かを思いついた時には、やはり何処かで、違う誰かが同じような事を思いついている、そんな気がしてなりません。ですからあとは早い者勝ちでして、お酒を飲んで、ムフフと夢想ばかりしている者は、やられたと思うより他ないのです。
しかし、本気でやられたと思うわけでもありませんから、あまりこれを気にせずに、ついでに旅絡みの違うアイデアもご紹介したいと思います。
例えば私の経験で、1年や2年も貧乏旅行をしていると、日本食が非常に恋しくなります。たまに奮発して、その土地の日本食レストランに出掛けるも、とても日本食とは思えぬものが出てくることもしばしばです。
大事に取っておいたインスタントの味噌汁、バックパックの底で揉まれて、もう味噌がブニュブニュですが、それだって、ああ、こんなに美味しいものはない、と、心の底から思います。
こういう旅をする若者に、銀座辺りの板前が出掛けて行って、本当の日本食、日本で食べても美味しいような日本食を腹いっぱいご馳走してやる。そういうグルメ番組があればいいのになぁ、と思います。
きっと彼らは、その辺のリポーターよりも、よっぽどうまそうに食いますよ。そうしてその次元の違う喜びは、きっとテレビを見る人間に、ああ、うまいとは本来こういうことなんだ、と、改めて認識させるに違いありません。
つまりは、上へ上へ、更に更に、という発想ではなく、下に下に、後ろへ後ろへ、という発想で、
足るを知る、今の生活の喜びを知る、そんな方向がもっとあってもよいのではないかと思うのです。
素敵なお宿を紹介する旅番組もよいですが、とんでもなく貧しい宿ばかりを紹介する番組だってあればいい。実際、日本にだってありますよ、そんな驚くべきお宿。
まあ、色々と言ったところで不実行、しかし不実行を実行しなければ、実行することにもなりますから、いずれは何か、やりたいなぁと思います。
2008年12月02日
忘年会
先週の土曜日は、消防団の忘年会でした。
まだ11月なのに気が早いなぁ、とは思いましたが、多い人はこれを10もやるそうで、今頃から始めないと間に合わないのだそうです。
私などは、忘年会はこれひとつ、おまけに去年は赤ん坊が生まれる時期で欠席しましたから、今年が初めての参加です。
近くのホテルの一室を借り切って、ただ飯にただ酒、おまけにコンパニオンまで呼ぶそうで、どうにも楽しみで仕方がありませんでした。
一方で私、何時に何をする、という予定があると、その日1日が落ち着かなくていけません。何事も上の空となりがちで、夕方6時半の待ち合わせに朝からそわそわと、止むを得ず、昼頃からビールを飲み始めてしまいました。
仮にも消防の集まりで、大丈夫なの?と心配する妻に、
なに、今日はどうせ飲むのだからいいだろう。と、胸を張りました。
お迎えのマイクロバスに揺られる頃には、すでにほろ酔い気分でした。ぼんやりと眺めた窓の外、
この辺りは街灯なんてない真っ暗な山道ですから、何も見えません。時折、ガードレールの反射光がチカチカと明滅して、まるで何かの合図を送るようです。果たして自分がどの辺りを走るのか、なんだか知らない道を連れられるかのような錯覚を覚えました。
明るい広間は眩しいくらいで、膳の上にはずらりと並んだ豪華な食事、同じくずらりと一列に、笑顔で挨拶をする黄色い制服のコンパニオン、今夜はどうしても楽しくなるぞ、と思いましたが、実はそうでもありませんでした。
7時から始まって、途中場所を変え、はねたのが11時を回った頃でありました。
その間、大いに酒を飲み、物を食べ、ブカブカと煙草を吹かしましたが、やはり立場というものを忘れるほどには酔えませんでした。
何と言っても私、この消防団では1番の新入りで、しかもその他の連中は、根っからの地元民であります。普段はおとなしくしている余所者が、急に破目を外す訳にもいかず、そもそもこうやって、大勢の人間と飲むこと自体が不慣れですから、なんだか場の空気を図り兼ねたきらいがありました。
どういう訳か、嘘がひっきりなしに飛び交うのです。
やれ、あいつは昆虫博士だ、嫁に行けば虫に埋もれて寝られるぞ。
するとコンパニオンのお姉ちゃん、キャーキャー言って、
「あたしはマムシ専門よ」
やれ、あなたのうなじはとてもきれいだ、やっぱり出刃包丁で剃るのかな?
するとまた、キャーキャー言って、
「ううん、あたしは肉切り包丁」
要は、軽口に軽口が重なるだけの席なのですが、その重ね方が、素人の私にはいまいちよく分かりません。その辺り、ただキャーキャー言っているばかりのようで、さすがにお仕事、彼女たちの回転の速さにはとても感心させられました。
で、私は、農薬散布のパイロットで、何故かしらスケルトンのパンツを履いている、という紹介を受けまして、別にこれを否定することもなく、かと言って、上手に返す訳でもなく、ただニヤニヤと、何はなくとも笑顔が大事、そんなこんなで、酒と煙草ばかりが実に進んだ夜でした。
しかしこの世界、出来れば気心の知れた連中と、もう少し勉強してみたいなぁ、と思いました。
まだ11月なのに気が早いなぁ、とは思いましたが、多い人はこれを10もやるそうで、今頃から始めないと間に合わないのだそうです。
私などは、忘年会はこれひとつ、おまけに去年は赤ん坊が生まれる時期で欠席しましたから、今年が初めての参加です。
近くのホテルの一室を借り切って、ただ飯にただ酒、おまけにコンパニオンまで呼ぶそうで、どうにも楽しみで仕方がありませんでした。
一方で私、何時に何をする、という予定があると、その日1日が落ち着かなくていけません。何事も上の空となりがちで、夕方6時半の待ち合わせに朝からそわそわと、止むを得ず、昼頃からビールを飲み始めてしまいました。
仮にも消防の集まりで、大丈夫なの?と心配する妻に、
なに、今日はどうせ飲むのだからいいだろう。と、胸を張りました。
お迎えのマイクロバスに揺られる頃には、すでにほろ酔い気分でした。ぼんやりと眺めた窓の外、
この辺りは街灯なんてない真っ暗な山道ですから、何も見えません。時折、ガードレールの反射光がチカチカと明滅して、まるで何かの合図を送るようです。果たして自分がどの辺りを走るのか、なんだか知らない道を連れられるかのような錯覚を覚えました。
明るい広間は眩しいくらいで、膳の上にはずらりと並んだ豪華な食事、同じくずらりと一列に、笑顔で挨拶をする黄色い制服のコンパニオン、今夜はどうしても楽しくなるぞ、と思いましたが、実はそうでもありませんでした。
7時から始まって、途中場所を変え、はねたのが11時を回った頃でありました。
その間、大いに酒を飲み、物を食べ、ブカブカと煙草を吹かしましたが、やはり立場というものを忘れるほどには酔えませんでした。
何と言っても私、この消防団では1番の新入りで、しかもその他の連中は、根っからの地元民であります。普段はおとなしくしている余所者が、急に破目を外す訳にもいかず、そもそもこうやって、大勢の人間と飲むこと自体が不慣れですから、なんだか場の空気を図り兼ねたきらいがありました。
どういう訳か、嘘がひっきりなしに飛び交うのです。
やれ、あいつは昆虫博士だ、嫁に行けば虫に埋もれて寝られるぞ。
するとコンパニオンのお姉ちゃん、キャーキャー言って、
「あたしはマムシ専門よ」
やれ、あなたのうなじはとてもきれいだ、やっぱり出刃包丁で剃るのかな?
するとまた、キャーキャー言って、
「ううん、あたしは肉切り包丁」
要は、軽口に軽口が重なるだけの席なのですが、その重ね方が、素人の私にはいまいちよく分かりません。その辺り、ただキャーキャー言っているばかりのようで、さすがにお仕事、彼女たちの回転の速さにはとても感心させられました。
で、私は、農薬散布のパイロットで、何故かしらスケルトンのパンツを履いている、という紹介を受けまして、別にこれを否定することもなく、かと言って、上手に返す訳でもなく、ただニヤニヤと、何はなくとも笑顔が大事、そんなこんなで、酒と煙草ばかりが実に進んだ夜でした。
しかしこの世界、出来れば気心の知れた連中と、もう少し勉強してみたいなぁ、と思いました。
2008年12月01日
湯田中の贅沢
渋温泉に行くと言って、勿論私もそのつもりで出掛けたのですが、宿に着いてみるとそこは、湯田中というひとつ隣の温泉地でした。
しかしまあ、渋で何かをしたかった訳でもありませんから、別段これを気にすることもなく、それよりもこのお宿、最近では1番の当たり宿でありました。
湯田中と知って、加えてこれを「ゆだなか」と読むことも知り、あとはもうやることがありませんから、宿の近所をぶらぶらとして過ごしました。
風情ある古い旅館の建ち並ぶ小路には、そこかしこに湯処があり、この辺りの湯量の豊富さを窺わせます。凍てつくような寒さの中、それでも幸い空は青く、前日降った雪解けの水があちらこちらの軒から雫となって通りを濡らし、そんなことにも思わず旅情を掻き立てられるようでした。
これといった土産物屋もなく、10分も歩けば終わってしまう通りですから、10分歩いて再び宿に戻りました。
連泊する客は珍しいようで、部屋もそれなりの値段がしましたから、上客としてもてなされていることは、挨拶に現れる女将のボリュームのある髪型からも知れました。
部屋の広さや設備は申し分なく、食事は2日共驚くほど豪華で、鱧だ松茸だ信州牛、それからこんな山の地で、私の住む伊豆辺りの宿よりも余程立派なお造りが並び、部屋に戻れば夜食のおにぎりまでが用意されている気の利きよう、やはり金持ちのふりはするに限るな、と思いました。
それから、連泊しますとこんないいことがあります。
それは、チェックアウトからチェックインの合間、勿論、いったん清掃が入りますから使えない時間もありますが、この間は、他にお客がおりませんから、広い大浴場を心置きなく独占できるのです。
うろうろと、好きなように赤ん坊を這い回らせ、私も、必要以上に大きな声で歌を歌い、赤ん坊を抱きながら半身浸かった一番湯、ちょうど目の高さにずらりと並んだ洗い場の鏡には、それは見事な紅葉が映り込んでおりました。本当に、毎日こうして暮らせたらなぁ、と思いました。
こういう贅沢は、これまでにも覚えがありまして、例えば世界遺産に指定されているような観光地でも、夕方になると嘘のように閑散としてしまう、そんな場所ってあるものです。
ろくな宿がなかったり、個人で動くには交通の便が悪過ぎたり、しかしこういうところにあえて泊まる味わいは、また格別です。
しんと静まり返った巨大な遺跡に西日が差して、時間とはこうして積み重なってゆくのだなぁ、
なんて、しみじみと吹かす煙草は実にうまい。
ボロブドゥール、アジャンタ、バガン、思い出せば、まだまだそんな場所があったような気がいたします。
金を使う贅沢、時間を使う贅沢、それからあとは、こちらの腕次第なのだと思います。
しかしまあ、渋で何かをしたかった訳でもありませんから、別段これを気にすることもなく、それよりもこのお宿、最近では1番の当たり宿でありました。
湯田中と知って、加えてこれを「ゆだなか」と読むことも知り、あとはもうやることがありませんから、宿の近所をぶらぶらとして過ごしました。
風情ある古い旅館の建ち並ぶ小路には、そこかしこに湯処があり、この辺りの湯量の豊富さを窺わせます。凍てつくような寒さの中、それでも幸い空は青く、前日降った雪解けの水があちらこちらの軒から雫となって通りを濡らし、そんなことにも思わず旅情を掻き立てられるようでした。
これといった土産物屋もなく、10分も歩けば終わってしまう通りですから、10分歩いて再び宿に戻りました。
連泊する客は珍しいようで、部屋もそれなりの値段がしましたから、上客としてもてなされていることは、挨拶に現れる女将のボリュームのある髪型からも知れました。
部屋の広さや設備は申し分なく、食事は2日共驚くほど豪華で、鱧だ松茸だ信州牛、それからこんな山の地で、私の住む伊豆辺りの宿よりも余程立派なお造りが並び、部屋に戻れば夜食のおにぎりまでが用意されている気の利きよう、やはり金持ちのふりはするに限るな、と思いました。
それから、連泊しますとこんないいことがあります。
それは、チェックアウトからチェックインの合間、勿論、いったん清掃が入りますから使えない時間もありますが、この間は、他にお客がおりませんから、広い大浴場を心置きなく独占できるのです。
うろうろと、好きなように赤ん坊を這い回らせ、私も、必要以上に大きな声で歌を歌い、赤ん坊を抱きながら半身浸かった一番湯、ちょうど目の高さにずらりと並んだ洗い場の鏡には、それは見事な紅葉が映り込んでおりました。本当に、毎日こうして暮らせたらなぁ、と思いました。
こういう贅沢は、これまでにも覚えがありまして、例えば世界遺産に指定されているような観光地でも、夕方になると嘘のように閑散としてしまう、そんな場所ってあるものです。
ろくな宿がなかったり、個人で動くには交通の便が悪過ぎたり、しかしこういうところにあえて泊まる味わいは、また格別です。
しんと静まり返った巨大な遺跡に西日が差して、時間とはこうして積み重なってゆくのだなぁ、
なんて、しみじみと吹かす煙草は実にうまい。
ボロブドゥール、アジャンタ、バガン、思い出せば、まだまだそんな場所があったような気がいたします。
金を使う贅沢、時間を使う贅沢、それからあとは、こちらの腕次第なのだと思います。
