2008年11月28日

露天にて

 長野に行っておりました。
あちらはもうすっかり冬でして、なんと雪が降っておりました。
そうとは知らずに出掛け、寒い思いをして、鼻風邪を土産に帰ってきました。

 3つ泊まった宿の内、2つが露天風呂付の部屋でした。
 四六時中、モウモウと湯煙が立ち昇り、風情は大変よろしいのですが、なにしろ言うように、外が寒くて敵いません。しかし、折角風呂付きの部屋に泊まって、その風呂に浸からぬことも考えられませんから、私、必要以上に何度も裸になってきました。

 部屋付きのお風呂のよいところは、湯舟に浸かりながら、煙草を吸ったりビールを飲んだり、とにかく自分の好き勝手が出来ることです。
 赤い盆をちょいと浮かせて、猪口を傾けながら湯に浸かる。
今時、そんな光景も見かけぬようになりましたが、湯舟に浸かってビールを飲む。これ、のど越しが
大変よいですから、ついついもう1本。汗も掻けばのども渇くで、また1本。
 その内に、体がふにゃふにゃとしてまいります。

 体がふにゃふにゃとする頃には、頭はぐるぐるとしておりますから、じょろじょろと流れる湯を眺めながら、とりとめのないことを考えます。

 風呂に浸かって何をしようか。
折角の、自分だけの露天風呂です。
煙草を吸って、ビールを飲んで、それだけではなんだか勿体ないようです。

 新聞を読む。テレビを眺める。そんなありふれたアイデアではダメでして、食事を摂る。
食事を摂るというのはいいような気がいたします。

 しっとりと、柔らかなお湯に浸かって、極上の料理に舌鼓を打つ。

 パンパン、と打ち鳴らした音が、なにせ風呂場は反響がいいですから、パーン、パーン、といつまでも、小気味良くこだまして止みません。
 やがてバスタオルを巻いた仲居さんが、はらりと現れて、これがまた色っぽく、目のやり場に困るようです・・。

 「本日は、極上のお料理をご用意しました」
 「極上の料理を、ですか」
 「はい」
 「それは楽しみです。腹の虫がぐうぐう鳴ります」・・。

 何もせず、ああ、と浸かるのが風呂なのだよ・・。

 本当に、自分が何をしたいのか分からなくなるようでしたから、やべえやべえと早々に、湯から上がったその翌朝、湯舟の脇には、びしょびしょに濡れた煙草の箱が、フニャリと転がっておりました。
 私、この旅で、2箱の煙草を濡らして駄目にしました。
 
 


 

 

 

 

 


   

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2008年11月19日

届かなかった手紙

 長野の渋温泉に行って来ようと思います。
今週末、連休を絡めて4泊5日、しかし、いまだ宿が決まりません。

 以前は、宿を決めずに出掛けるのが当たり前でしたが、最近では、妻がこれを嫌がります。
その場で決めるとどうしてもハズレが多くなりますし、それに今は赤ん坊がおりますから、その分
あれやこれやと考えなければならないことが増えました。

 しかし、事前に決めて行けば良いかと言うとそうでもなく、ホームページ、これには随分と騙されます。大したことのない宿が、淡くぼかしのかかった素敵な写真で紹介されて、嘘じゃあないけれど、
本当でもない、そんなグレーゾーンの宿に当たることもしばしばです。

 とにかく急なこともありまして、なかなか宿が空いておりませんから、普段は馴染みのないペンション、私、実際泊まった経験は数える程しかありませんが、なんとなく、あのアットホームな感じが苦手です。しかしこれも視野に入れ、改めて探してみますと、肝心の宿探しはそっちのけ、そのネーミングに釘付けとなりました。

 「ペンション 歩絵夢(ポエム)」
 「白い仔馬」
 「魔法の笛」
 「だんでらいおん」
 「メリーポピンズ」
 挙げればきりがありませんが、ちょいとメルヘンチック過ぎやしませんか。

 そういえば、以前何処かで、「ペンション 届かなかった手紙」 という看板を見かけたことがあります。ここまでくれば1等賞、種は種を超える、メルヘンがメルヘンを飛び超えて、なんだか未知の領域に踏み込んだかのようであります。

 今年の夏、三重に友人を訪ねまして、あいにくの留守に置手紙とビールを残してまいりましたが、
以来、何の音沙汰もありません。
 ここ数年交信のない友人で、私もこのところ2年毎に住所を変えたりしているものですから、先方がこちらの連絡先を知っているかは分かりません。また私も、てっきり控えてあると思った彼の連絡先を何処かに失くしてしまったようで、つまりは、連絡の取りようがないのです。

 風に置手紙がさらわれたかな。
いわれの分からぬビールばかりが縁側に残されて、怪しく思ったかな。
それとも、鍵も掛けぬ田舎の家、誰かがこれを持ち去ったかな。

 まあ、考えたところで分かることではありませんから、左程気にもしておりませんが、しかし、メルヘンというものは、こんな曖昧さに宿るものであるような気がいたします。
 「ペンション 飲まれなかったビール」
これも、ありだと思います。

 早く宿を決めなくちゃ。
 




 
  
   

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2008年11月13日

歩道橋に懸かる月

 数日、東京に行っておりました。
その昔、深川のお祭りでTシャツを売ったことがありますが、以来十数年振り、門前仲町に宿を取りました。

 曖昧と言うよりも、ほとんど記憶にない町並み、宿の場所が場所であったか、目の前の大きな通りをビュンビュンと車が横切って、思いもよらぬ大都市でした。

 長時間、独りで車を運転して、退屈が疲れを呼んだか、宿に着いた頃にはもうぐったりでした。ベッドに足を投げ出して、缶ビールを数本空けたら、夕飯を食いに行くのも億劫なくらいでした。
 なにせ明日は早くから仕事です。何処かで弁当でも買い出して、今日はおとなしく早寝をしよう。
 重たい腰を上げ、駅を目指して宿を出ました。

 初冬の短い日が暮れて、行き交う人々は皆せわしなく、酔いにだるさを増した体で、行けども行けども同じ景色の繰り返し、結局、何処が駅なのか、たどり着くことが出来ませんでした。
 それでも、ようやく見つけたスーパーで、シャケ弁当と、厚揚げと、それからビールを数本、そうして、おとなしく寝る代わりに、白州を買って帰りました。

 お腹も頭も落ち着いて、シャワーも浴びてあとは寝るだけ、となったのが10時を回った頃でした。
 ところが、いざベッドに入ってみると、なんだかムラムラとして、なかなか寝付けません。
このムラムラの正体、無論、私には分かっておりました。
 ヘイユー、折角東京に来て、夜遊びもしないのかい。
 実は先刻歩き回った時にも、それとなく繁華街を探してはいたのですが、思った以上の体の疲れに気が挫け、しかしその火種はブスブスと、シャケを頬張りながらも燻り続けていたという訳です。

 おいおい、今からまた出掛けて、この寒い中、ウロウロと店を探して歩くのかい。
 せめて、場所に見当がつけば・・。
 なに、タクシーがあるじゃあないか。
 2時間で引き上げて、何時に寝れば、何時間・・。
そんなこんなを考えて、気がつけば小1時間、頭はグングンと冴えてくるようでした。

 カバッと布団を払いのけ、明かりを点けて、頭に油を塗り込んで、よし、と声を上げた自分は、いささか酩酊していたと思います。
 宿の前でタクシーを捕まえて、
 「どこでもよいから、繁華街にやってください」

 するとタクシーの運転手、「繁華街?」と、一瞬、困ったような顔をしましたが、
 「この辺ですと、錦糸町か上野ですね」
 「どっちが近いですか?」
 「錦糸町ですね。2000円くらいで行きますよ」

 そうして連れられた夜の町、錦糸町と言えば久米繊維さんのお膝元、その関係で私も幾度か訪れたことがありますが、キラキラと交錯するネオンの明かり、其処彼処に立つ客引きの男や女、まったくもって、どうしても私の知る錦糸町とは重ならないようなのでした。

 メクラメッポウうろついて、ちょび髭の客引きと一緒に路地裏を歩き、体はメキメキと元気になるようでした。
 2軒ばかり梯子して、なんだかもうよく分からない内に再びタクシーを捕まえて、何処かのコンビニエンスストアで降ろしてもらい、それから確かに、一度、歩道橋を渡ったような気がいたします。

 久しく歩道橋を歩きませんから、これがひどく新鮮で、とても印象に残りました。
 あたかも空中を歩くかの如く、綱渡りでもするかのようにこれを渡って、ふと立ち止まり見上げれば、綺麗な半月が懸かっておりました。
 歩道橋に懸かる月。
そんなフレーズの曲があったような、なかったような、思い出せぬまま、鼾をかいておりました。



 

 
 
 
   

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2008年11月05日

ニンベンの話

 誰かが何処かで、こんなことを言っておりました。

 「人が主(あるじ)と書いて住むと読む」
我々はあくまでも主であって、家というものは、決して人だけのものではないのだよ。

 最近、屋根裏でガリガリと、ねずみが何かをするようです。
食べ物を出したまま寝ると、翌朝、ねずみが齧ったような跡があります。
 困ったなぁ、とは思いますが、私も随分と昔、働いていたオムレツ屋でしょっちゅう盗み食いをしておりましたから、同じようなものかと放っております。
 冬が近づいて、きっとねずみも暖かい場所を好むのだろうと思います。

 やはり人偏に、牛と書いて「件(くだん)」と読みます。
「件」という話がありまして、うろ覚えですが、それはこんなお話です。

 主人公は、「件」という、半分人で半分牛の姿となってしまった男です。
どうしてそうなったのか、本人にもさっぱりと分かりません。
広い広い野原に、ポツリと、太い鎖で繋がれております。

 朝だか夕だかになりますと、地平線から大勢の人々がやって来て、ザワザワと、異様な熱気で男を取り囲みます。
 「今日こそ言うぞ。今に言うぞ」
彼らは、「件」が告げるという、ある重大な予言を待っているのです。

 来る日も来る日も取り囲まれて、ところが男には、何の予言も、何の言葉も思い浮かびません。
 群集の苛立ちは日に日に膨れ上がり、その内ついには、殺しちまえ、なんて恐ろしい声まで上がり始めます。男はもう、どうしてよいのか分からなくなってしまう、そんなお話です。

 人偏に委ねると書いて「倭」と読みます。
人に委ねる人と書けば、私の屋号である「倭人」と読みます。
 十数年前、なんとなくつけた名前ではありますが、実にフニャフニャと無責任な感じで、尚かつ、
大変的を得たものであったなぁ、と今更ながら思います。







   

Posted by wajin at 09:50Comments(0)TrackBack(0)