2008年08月28日

川崎宿探し 中編

 「何処でもいいから、この辺で空いていそうな宿へやってくれ」
そう運転手に告げますと、タクシーはバシャバシャと、雨の夜を散らかすように走り出しました。

 運転手は、この手の客には慣れぬのか、仕切りにこちらを振り向いては、
 「何処でもいいと言われても、困りましたね・・」
しかし実際、こちらは何処でもよいのですから、
 「ビジネスですか、それともカプセルですか?」
 「本当に、何処でもよいからやって下さい」

 雨足は激しくなる一方で、流れ去る街の明かりは、極彩色に溶け出すようでありました。

 「それじゃあ、川崎に行ってみましょうか」
 「川崎?」
 川崎という、思いもよらぬ地名を聞いて、一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなるようでした。
 「なに、お客さん。川を渡ったらすぐですよ。20分と掛かりません。川崎なら知っているビジネスホテルがありますよ」

 そうしてどれくらい走ったか、一体、いつ川を渡ったのか知りません。
それでも車は、いつの間にか繁華な夜の街なかを、右へ左へ、その内に、一軒のレストランの前に横付けされました。
 「お客さん、あそこです」
 運転手の白い手袋が指差した先、レストランのビルの上階には、確かにホテルのような四角い窓明かりが、ひとつ、ふたつ、しかし、夜目の利かぬ私には、これがいまいち、はっきりといたしませんでした。

 車を待たせて、雨の中、ホテルの入り口を探しましたが、何しろ酔っ払っておりましたから、見知らぬ街の風景が、前後左右に入り乱れ、ただ、徒にうろうろと、その内に見かねた運転手が車から降りてきて、一緒になって探してくれました。

 ところが、どうしても、入り口が見つからないのです。
運転手は、暗い雨空を指差して、あそこがホテルのはずだ、あそこがホテルのはずだ、と繰り返すのですが、私は徐々に、彼が勘違いしているのではないか、と疑い始めておりました。

 「あそこはホテルですよねえ?入り口はどこですかね?」
 躍起になった運転手は、どこか意固地になるようで、行き交う人々を捕まえてはそう尋ねましたが、しかし皆、口をそろえて、「さあ、知りません」 と、答えます。
 それでも彼は諦めずに、ビルの奥の、明らかにマンションのものであろうエレベーターを昇ろうとしたり、何処かに、恐らくは仕事仲間であるかと思いますが、電話をしてホテルの入り口を尋ねたり、
事態は間違いなく、私の問題から彼の問題へと形を変えたようでした。
 私はなにも、このホテルでなくてもよい訳ですから、彼のモヤモヤに付き合っているのが、なんだか馬鹿らしく思えてなりませんでした。

 「他へ、行きましょう」
 幾度目かの提案に、ようやく諦めた運転手と車に戻り、その発車際、もう一度、彼が仕切りに指差していたビルを見上てみますと、確かに、暗く目立たぬものではありましたが、確かに、「何々イン」と書かれた看板が、黒く雨に濡れそぼっていたような気がいたします。
 それは、すうと糸を引くように、後方に、静かに流れて消えました。



   

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2008年08月27日

川崎宿探し 前編

 急な仕事で、東京に出掛けておりました。
そのついでに、久し振りの友人に会おうと世田谷まで足を伸ばしました。

 あいにく降りだした夕雨のなか、友人の仕事終わりを待ちまして、商店街を随分とうろつきました。
古本屋で汚らしい文庫本を買って、喫茶店でコーヒーを飲み、それでも時間はなかなか過ぎないようでした。

 今夜はこの町に宿を取ろう、そう決めて、ようやく見つけたビジネスホテルの急な階段を上りますと、フロントに座る若者は、犬のような髪型をしておりました。
 「部屋は、空いていますか?」
 「満室です」
 「そうですか。この辺に、他に宿はありませんか」
 「さあ、知りません」

 小腹が減ったのでラーメン屋に入りますと、ちょうど店を閉める間際のようで、私が最後の客でした。ふた組いた先客は、いずれも近所の人間なのか、店主に馴れ馴れしい言葉をかけて、その内にいなくなりました。ひとり取り残された格好で、いつまでもズルズルとやっているのは申し訳ないようでしたが、それでも爪楊枝までしっかりと使って、
 「この辺に、宿はありませんかね」 
するとやっぱり、
 「さあ、知りません」
 外はもう暗くなりかけて、傘を買ったほうがよいかな、と思わせる雨でした。

 面倒なことは先送らない方がよい。
しかし、先送れば某かの事情が変わって、その時にはさして面倒ではなくなっているかも知れない。
そんな理屈をこねまして、宿探しは、友人と飲んでからにしよう、と決めました。

 スーパーで買った惣菜を肴に、友人の家で大いに酒を飲みました。
家と言いましても、彼が暮らすのは4畳半ひと間のアパートですから、勿論、風呂もトイレもついてはおりません。それだって、泊まって泊まれぬことはないのですが、明日のことを考えれば、明日は私、午前中にもう一度仕事の打ち合わせをして、その足で、車を運転して伊豆まで帰らなくてはなりません。ですから今夜はどうしても、フカフカとしたベッドに身を沈め、十分に体を休めておきたい、そう考えました。年を重ねるということは、こうやって利口になっていくことなのだと思います。

 グニャグニャと歪み始めた部屋を出て、近くを走る大通りまで送ってもらい、首尾よくやって来たタクシーに乗り込んだのが、10時を回った頃でした。
 昼間の歩き過ぎがこたえたか、両の爪先がキュンキュンとつるようで、雨足はいよいよ激しく、ことは夕方よりも面倒な事態となってしまったようでした。
 

 

   

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2008年08月18日

紀伊半島後記 後編

 伊勢うどんを思いっきり食べてみたい、そう言って出掛けまして、私、これを一度も口にしませんでした。チャンスはいくらでもあったのですが、はるばる伊勢までやって来て、どうしてうどんなんかを食べなくてはならぬのか、と、結局、天婦羅や鰻なんぞをモリモリ食べて帰って来ました。

 あることを思い立ち、これを夢見て楽しむことは、ひとつの立派な娯楽であります。
これはもう、それを実現して味わう思いとは、別物なのであります。

 伊勢神宮に熊野大社、それから高野山。
私、この旅は、これらの神仏に呼ばれたものとまじめに考えておりましたが、やはりこれも、夢の類であったことを知りました。
 投げ銭をチャリンとやって、パンパン、行くか。
実に、何の感慨も湧きません。
実際に神社にいた時間は数分ばかりで、さすがに自分でも、何なのだこの淡白さは、と思いました。

 これはきっと、現実と頭の中とのギャップによるものでしょうが、それでも、実体がないことには夢も見ようがありませんから、たとえ観光客がワンサカいようが、土産物屋がガチャガチャと軒を連ねていようが、そこにお伊勢さまがある、それが大事なことなのだと思います。
 ですから巡礼は、旅立つ前に終えたものと考えました。

 で、後は何をしていたかと申しますと、和歌山マリーナという施設内にあるホテルに宿を取り、1日中ボサノバの流れるプールサイドでビールを飲んだり昼寝をしたり、別に和歌山じゃあなくてもよいのでは、という数日でしたが、しかし結局、ここが1番楽しかったように思います。
 あれもこれもと欲張らず、次回はひとつの場所に長居して、ゆっくり過ごしたいものだなあと思いました。

 ところが最近、改めて、お伊勢さまのことを考えます。
私、何も知らずに出掛けたものですから、てっきり平安神宮のような、朱塗りの立派な社殿を想像いたしておりましたが、そうではないんですね。
 広い砂利敷きの境内を、暑い中、延々と歩かされまして、ようやくたどり着いた社殿は、茅葺の、
小屋のような佇まいでした。
 拍子が抜けるとはこのことでして、私、ここでいいのかな、なんて辺りを見回したほどでした。
それでも、次から次へとひっきりなしにやって来る参拝客、なんだか不思議な光景でした。

 しかしこの簡素さが、後からジワジワと、深い味わいとなりました。
あの小さな社殿を目指して、実に多くの人々が、日々全国から集まって来ます。
これはやはり大変なパワーでして、その大変なパワーを持つものが、大変素朴な佇まいである、
このことが却って、凄みといったものを感じさせるようでした。
 今思えば、大勢の人間がワイワイと行き交う中、それでも境内は、しんと静寂に包まれていたような気がいたします。
 伊勢神宮、噂に違わぬ聖地でした。

 もっともこれは、私が再び夢の中に戻っただけのことでして、もう一度訪れれば、やっぱりパンパン、行くか。と、なるのでしょうね。


 



 

 

 





 
   

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2008年08月12日

紀伊半島後記 前編

 いやあ、暑いですね。
こう暑いと、どうにもやる気が起きません。
早起きをして、涼しい内にやるべきことを片付けてしまうのが理想ですが、寝起きからそう体が動くはずもなく、その内についついビールに手が伸びまして、そのまま蜩の鳴く声に耳を傾ける生活です。
昼間からビールを飲めば、自然、夜の8時頃には眠くなり、つまりは、早寝をするために早起きをしているような毎日です。

 紀伊半島に1週間ばかり遊んできまして、帰ってから、更に1週間が経ってしまいました。
それでも、いまだ旅行気分が抜けず、この旅行気分、どういう気分かと申しますと、
何もしない生活に何の不安も覚えない、そんな気分であります。
 家におりますと、1日無為に過ごしただけで、ああ、明日はしっかりやろう、こんなにダラダラとやっていたらきっと人間が駄目になる、なんて、私の場合すぐに自省したくなりますが、ところが旅の間は不思議なもので、そういう思いがちっとも湧きません。1週間だろうが1年だろうが、何をためらうこともなく、阿呆のような生活をして、それで大いに幸せなのです。
 このところ、家にいてもそんな感覚が続いておりまして、これを暑さの賜物と言うべきか、
いよいよ一線越えてしまったと懸念すべきか、自分でもよく分かりません。

 旅行の途中で、三重に住む友人を訪ねました。
先方には何も知らせず、いきなり訪ねて驚かせてやろうと考えましたが、肝心の住所や電話番号を忘れてきまして、我ながら、その間の抜けように呆れました。
 数年前に、連れられて一度訪ねたばかりの記憶は、甚だ曖昧でありました。

 手掛かりは、家の前を流れる川。川の名前は分かりませんが、周辺の景色はなんとなく覚えておりますから、行けば分かるに違いありません。
それから、手紙のやり取りがありましたから、地名もなんとなく知っています。
そうして、人に訊くにはこれが最も有力な情報だと思うのですが、この友人、家の前で軽のワゴンを出して、たこ焼き屋をやっております。もっとも、ここ数年交信がありませんから、1日の売り上げが平均3パックというこのたこ焼屋を、友人がいまだ続けるものかは分かりません。
 もしかしたら、そこにはもう住んでいない、という可能性だってあるのです。

 それにしても、暑い1日でした。
車の通らぬだだっ広い農道を行ったり来たり、覚え知る地名は思いのほか広い範囲に渡り、地図上の河川を示す青線も、ゴニョゴニョと複雑に絡まり合って、思わずページを引き千切りたくなるようです。人に尋ねようにも、道行く人影はまるでなく、ただ、時間ばかりが徒に過ぎていくようでした。
 もしかしたら、辿り着けないのではなかろうか、そんな不安が頭をよぎりました。

 バックミラーには、夏の青い空、黒いアスファルトからはユラユラと、陽炎が立ち昇っておりました。
 その陽炎の向こうから、浮かび上がる蜃気楼のように、一点、小さな赤い影が現れまして、これが都合の良いことに、郵便配達のバイクでした。
 配達夫に道を尋ねる。なんて賢いアイデアだろう。
私、長いトンネルの先に僅かな光を見たようで、急いで車を降りて手を振って、この頼もしきナビ助に、ありったけの情報を託したのでした。
 川が流れていて、こんな感じの家で、それからようく聞いて下さいよ、軽のワゴンでたこ焼屋をやっています・・。

 ところがこの配達夫、70にも近いであろうおじさんでしたが、開口一番、配達区域が違うからよく分からない、と答えました。
それでも人の良いおじさんで、路肩にバイクを停めて5分ほど、ああだこうだと一緒に考えてくれまして、その内に、私の車のナンバーに目が留まり、「随分と遠い所からやって来たなぁ」なんて、世間話が始まりました。
 そうして私の目的とはまったく関係のない話をすること更に数分、突然、それはまったく突然でありました。
 「ああ、たこ焼屋か!」
おじさんが、雷にでも打たれたかのようにビクリとなって、
 「知っとるよ。俺も食べたことがある。軽のワゴンだろ!」
とまあ、事態は急転、そうです、そうです、そのたこ焼屋です、となったのです。
 親切に、何度も何度も繰り返し道を教えてくれまして、聞けばどうやら、ここから10分とかからぬ距離のようでした。

 で、この時ひとつ気になりましたのが、このおじさん、「ちょっと」という意味で、「鼻くそ」という言葉を連発するんです。
例えば、「鼻くそ熊野の方に戻って・・」とか、「信号を折れて鼻くそ行ったらすぐだよ・・」とか。
 これ、おじさんの独自の言い回しなのか、それともこの辺りの土地の言葉なのかは分かりません。
しかし私、これが鼻くそ気に入ってしまいました。

 そうして訪ねた友人は、残念ながら留守でして、しかし、男やもめの洗濯物が風に揺れ、いまだこの家に暮らすことは知れました。
 もう少し待ってみるか、と後ろ髪引かれるような思いでしたが、思わぬ時間の過ぎように、土産のビールと置手紙を縁側に残し、一路、和歌山の本宮へと向かいました。
 またいつ会えるか分かりませんが、どうぞ、達者で。

 







 

 

 



 

 
 

   

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