2008年03月16日

フォークの背

 私、高校を出て、初めて一人暮らしをしたのが、富山でした。
千葉で生まれ育って、どうして縁もゆかりもない富山県に住もうと思ったのか、よく分かりません。
しかし、よく分からないだけに、何かしらの深い意味があったようにも思われます。

 とは言いましても、住んだのはたった1年ばかりでして、その後、1度や2度は訪れているはずですが、最後に富山の地を踏んで、20年ばかりの月日が流れます。

 富山の最初の印象は、水がうまいなぁ、ということでした。
水道の蛇口からゴクゴク飲んで、これがひんやりと冷たくて、本当に美味しかった。
なにせ私の実家は、当時、日本一汚れていると言われた、手賀沼を水源としておりますから、
これは尚更でありました。

 それから、富山といえば、やっぱり、自然。
遠く、雪をかぶった立山連峰が、冬の晴れた青空に、実によく映えました。
アパートの近くには、神通川という大きな川が流れ、私が住んでいたのは、富山市の町中でしたが、それでも、どこか悠々とした空気が流れるようでした。
また、腰丈まで深く積もった一面の雪景色も、忘れることが出来ません。

 しかし、当時はこういうものよりも、若者らしい刺激を求めていましたから、それならば、何故富山なんかに行ったのか、という気もいたしますが、とにかくあまりの平穏な毎日に、あっという間に飽きがきて、それからすぐに、東京の中野にアパートを借りたのでした。

 で、富山での1年間で、それでもいくらかの友人が出来まして、その大方は、富山を含めた、石川、福井、新潟辺りの、北陸の人間でありました。
 彼らからすれば、千葉からやって来た私は、東京の人間と変わらぬ都会の人間でして、
向こうはどうなのだ、などと、仕切りに東京のことを尋ねられました。
中には、一度も東京に行ったことがない、という者もいて、まあ、考えてみれば、これは別に不思議なことでもありません。

 その内の、福井の友人が、一度、私を頼って東京に出てきたことがあります。
私の家に数日滞在いたしまして、事前に調べてきた場所を、あそこに行きたい、ここに行きたい、と、
目の回るような毎日でした。

 で、どうしても、最後にディズニーランドに行きたい、と言うので、当時彼女もいなかった我々は、
男ふたりでいそいそと、ディズニーランドに出掛けました。
 その時、園内でレストランに入りまして、ハンバーグでしたかエビフライでしたか、とにかくその手の洋食セットを頼みました。

 するとこの友人、白い小皿に盛られたライスを、フォークの背にナイフで乗せて、すました顔をして食べたのです。
タイタニック号ならいざ知らず、ディズニーランドで、ですよ。
きっと、何処かで仕込んだテーブルマナーで、東京で田舎者に見られまい、という思いが働いたのだと思います。
 私、これを見て、田舎者だなぁ、と思いました。
これ、決して悪口ではなくて、なんだか心温まる、田舎者だなぁ、と思ったのです。
人の暮らしって、いいものだなぁ、と思いました。

 今日は、村の婦人会の集まりで、妻が午から出掛けました。
婦人会といっても、8人しかいないそうで、妻以外は皆、60代のおばちゃんです。
これが、下の町で、フレンチを食べるのだと聞いて、そんな話を思い出しました。

 まるで余談ですが、
今さっき、妻が戻ってまいりまして、「どうだった?」と尋ねましたら、第一声、
 「フレンチじゃあなくて、フランス料理だった」ですって。
妻よ、大丈夫かい?

 やっぱり、人の暮らしって、いいものです。  

Posted by wajin at 14:48Comments(0)TrackBack(0)