2007年12月13日
断酒
私、毎日欠かさずにお酒を飲みます。
以前、人から真面目に、アル中ではないか、と心配されたことがありますが、別に自分では、アル中だとは思っておりません。
しかし、頭のおかしな人間が、俺はおかしくないのだと、声高らかに言い張れば言い張るほど、
余計におかしく見えてくるのが世間の目というものですから、私、なるべく控えめに、自分はアル中なんかじゃあないんだよ、と思うようにしております。
アル中でないのなら、1日でも酒を抜いてみろ。
そんな無茶なことを言う者もおりますが、しかしこれ、酒をよく飲まない人の勘違いだと思うのです。
例えば、まあ、そんなことはまずありませんが、例えば家に一滴のお酒もない、なんて事態に遭遇して、果たして私、夜中に台所でべろべろと、粕漬けの容器の蓋を舐めたり、みりんをガブ飲みしたりするでしょうか。
これをすると言うならば、さすがにアル中と呼ばれても仕方がありませんが、しかし、私の答えは、
毅然として、ノー、であります。舐めません、そんなもの。
つまり私、お酒を飲みたいからお酒を飲んでいるだけでして、なにも、アルコールを体に吸収したくて酒を飲んでいる訳のではないのです。
この違い、分かって頂けますでしょうか。
ところが昨日は、なんと一滴のお酒も飲みませんでした。
健康な状態でお酒を抜く、なんていうことは、それこそ10年や15年、一日もなかったような気が
いたします。
もっとも私、病気で倒れることも滅多にありませんから、実際に酒を口にしない日といえば、
2年に一度くらいなものでしょうか。
それでも、風邪に熱を出して酒を控えた翌朝は、決まって自分が誇らしく思えるものです。
ああ、やっぱりか。
そうれ見ろ。
やっぱり俺は、アル中なんかじゃあないんだ。
見事に1日、酒を抜いて見せたじゃあないか。
なんて、変に自信がつくのです。
まして昨日は、体の調子がおかしい訳でもないのに、です。
この自信、益々深まるばかりです。
で、どうして酒を抜いたのかと申しますと、妻の出産が、お医者さん曰く、いよいよいつ来てもおかしくない、間近なものとなったからであります。
まずは陣痛が始まった時に、車でひと山越えて病院まで連れて行かねばなりません。
よし、それはなんとか、タクシーを呼ぶなり近所の人に頼むなりして譲っても、
着いたその先で、ウンウンと必死に唸る妻、これを頑張って、と励ます先生や助産婦さん、
神聖な場所で真剣な人々を目の前に、スルメイカをくわえながら赤い顔でニタニタと、どうにも酒臭い息で一緒になってスウスウハア、
これではやっぱり、人として失礼な気がするのです。
ですから、酒を抜くことに勿論異存はありませんが、しかし問題は、いつから抜こうかということなのです。
なにせ、お産というものはいつ始まるのか分かりません。
予定日なんていうものは、あってないようなものですし、とにかく私としては、出来る限り、どんぴしゃりで、酒を抜きたいのです。
折角酒を抜いたのに、何も起こらなければ、やっぱり抜き損という言葉が頭を掠めます。
何かよい方法はないかなぁ、と考えますが、こればっかりはどうにもならないようでして、あんまり
こういうことを言っていると、その内、妻も怒り出しまして、そもそも臨月に入ったら止めると言っていた
じゃあないか、なんて、こちらが口答えできないようなことを言い出します。
せめて、どんズバリの日を教えてくれなくとも、例えば、何曜日だとか、偶数奇数どちらの日だとか、
時間帯だって構いません、午前中だ午後遅だ、そんなことだけでも分かればなぁ、と思います。
倍率は低くなるけれども、確率は上がる。ルーレットなんかにそういう賭け方がありますよね。
ビールを2本までとするから、月水金なのか火木土なのか、知りたい。
ビールを1本までとするから、今週なのか今週じゃあないのか、知りたい。
粕漬けの蓋を舐めるだけとするから、今日なのか、今日じゃあないのか、教えて欲しい。
無事の出産を、願って焦がれる毎日です。
追記
私、只今家に戻ってまいりまして、外で大いに焼肉を食べてまいりました。
焼肉といえばどうしても、ビールやサワーが欠かせませんから、仕方がなく、数杯飲んでしまいました。
今日は、何事も起こらなければよいなぁ。
以前、人から真面目に、アル中ではないか、と心配されたことがありますが、別に自分では、アル中だとは思っておりません。
しかし、頭のおかしな人間が、俺はおかしくないのだと、声高らかに言い張れば言い張るほど、
余計におかしく見えてくるのが世間の目というものですから、私、なるべく控えめに、自分はアル中なんかじゃあないんだよ、と思うようにしております。
アル中でないのなら、1日でも酒を抜いてみろ。
そんな無茶なことを言う者もおりますが、しかしこれ、酒をよく飲まない人の勘違いだと思うのです。
例えば、まあ、そんなことはまずありませんが、例えば家に一滴のお酒もない、なんて事態に遭遇して、果たして私、夜中に台所でべろべろと、粕漬けの容器の蓋を舐めたり、みりんをガブ飲みしたりするでしょうか。
これをすると言うならば、さすがにアル中と呼ばれても仕方がありませんが、しかし、私の答えは、
毅然として、ノー、であります。舐めません、そんなもの。
つまり私、お酒を飲みたいからお酒を飲んでいるだけでして、なにも、アルコールを体に吸収したくて酒を飲んでいる訳のではないのです。
この違い、分かって頂けますでしょうか。
ところが昨日は、なんと一滴のお酒も飲みませんでした。
健康な状態でお酒を抜く、なんていうことは、それこそ10年や15年、一日もなかったような気が
いたします。
もっとも私、病気で倒れることも滅多にありませんから、実際に酒を口にしない日といえば、
2年に一度くらいなものでしょうか。
それでも、風邪に熱を出して酒を控えた翌朝は、決まって自分が誇らしく思えるものです。
ああ、やっぱりか。
そうれ見ろ。
やっぱり俺は、アル中なんかじゃあないんだ。
見事に1日、酒を抜いて見せたじゃあないか。
なんて、変に自信がつくのです。
まして昨日は、体の調子がおかしい訳でもないのに、です。
この自信、益々深まるばかりです。
で、どうして酒を抜いたのかと申しますと、妻の出産が、お医者さん曰く、いよいよいつ来てもおかしくない、間近なものとなったからであります。
まずは陣痛が始まった時に、車でひと山越えて病院まで連れて行かねばなりません。
よし、それはなんとか、タクシーを呼ぶなり近所の人に頼むなりして譲っても、
着いたその先で、ウンウンと必死に唸る妻、これを頑張って、と励ます先生や助産婦さん、
神聖な場所で真剣な人々を目の前に、スルメイカをくわえながら赤い顔でニタニタと、どうにも酒臭い息で一緒になってスウスウハア、
これではやっぱり、人として失礼な気がするのです。
ですから、酒を抜くことに勿論異存はありませんが、しかし問題は、いつから抜こうかということなのです。
なにせ、お産というものはいつ始まるのか分かりません。
予定日なんていうものは、あってないようなものですし、とにかく私としては、出来る限り、どんぴしゃりで、酒を抜きたいのです。
折角酒を抜いたのに、何も起こらなければ、やっぱり抜き損という言葉が頭を掠めます。
何かよい方法はないかなぁ、と考えますが、こればっかりはどうにもならないようでして、あんまり
こういうことを言っていると、その内、妻も怒り出しまして、そもそも臨月に入ったら止めると言っていた
じゃあないか、なんて、こちらが口答えできないようなことを言い出します。
せめて、どんズバリの日を教えてくれなくとも、例えば、何曜日だとか、偶数奇数どちらの日だとか、
時間帯だって構いません、午前中だ午後遅だ、そんなことだけでも分かればなぁ、と思います。
倍率は低くなるけれども、確率は上がる。ルーレットなんかにそういう賭け方がありますよね。
ビールを2本までとするから、月水金なのか火木土なのか、知りたい。
ビールを1本までとするから、今週なのか今週じゃあないのか、知りたい。
粕漬けの蓋を舐めるだけとするから、今日なのか、今日じゃあないのか、教えて欲しい。
無事の出産を、願って焦がれる毎日です。
追記
私、只今家に戻ってまいりまして、外で大いに焼肉を食べてまいりました。
焼肉といえばどうしても、ビールやサワーが欠かせませんから、仕方がなく、数杯飲んでしまいました。
今日は、何事も起こらなければよいなぁ。
