2007年11月07日

屋根裏

 最近、屋根裏の掃除ばかりをしております。
 私の家の屋根裏は、広さにして30畳ほど、昔の平屋建ての天井裏ですから、大人がゆうに立てる高さがあります。
 昔はここで蚕をやっていたそうですが、今時の感覚で使うならば、ちょっとお洒落にいじくって、
男の書斎にするもよし、ゲストルームにするもよし、色々と夢の膨らむ素敵な空間であります。

 しかしここ、兎に角すごいんです。
何がすごいのかと申しますと、大家曰く、20年や30年は誰ひとり上ったことがない、アンタッチャブルな世界です。
 ひとたび足を踏み入れれば、モウモウと立ち昇る埃と煤。
明かり取りの小さな窓から差し込む頼りない光に、抜け殻の無数に付いた蜘蛛の巣が、キラキラと輝いて、別に何が住むという訳でもないのでしょうが、なんだか恐ろしいものが闇に隠れているような、
そんな不気味な場所なのです。

 家というものは、多くの人にとって、自分が一番安らげる場所であると思います。
しかし、たった一枚、薄っぺらい天井板を隔てただけで、そこにはもう、まったく自分を受け入れない、恐ろしい未知の世界が存在しているのです。
そう考えると、人間の安心感って、案外チープなものなのだな、と思います。
 もっとも、あまりこれを突き詰め過ぎて心を病んでもいけませんから、目をつぶるものには目をつぶる、これでよいのだと思います。

 それでも私、こんな広いスペースを使わないのは勿体ない、それに何より、一度でもその恐ろしい世界を覗いてしまったからには、そのすぐ下で、オチオチ人の暮らしが成り立つようにも思われない。
 前々から気にはなっていましたが、最近の暇に乗じて、一丁やってやろうではないか、という気持ちになったのです。

 しかしまあ、繰り返すようですが、すごいんです。
埃というか煤というか、大変細かな黒い砂が、床一面、びっしりと数センチは積もっております。
 これを掃除機で吸い取れば、その排気でモウモウと、大変なことになるのは目に見えておりますから、私、色々と考えた挙句、小さな小箒を買ってまいりまして、しゅう、しゅう、と、ひたすら地道に、まるで遺跡でも発掘するかのような作業を連日繰り返したのでした。
それでも、3重に装着したマスクを通して、鼻の穴が真っ黒になるほどでした。

 壁から天井から梁から柱から、蜘蛛の巣を払って何度も雑巾掛けをして、そんなこんなを来る日も来る日も10日ばかり続けまして、ようやく3分の2程度の輪郭が、しゃきっとしてまいりました。

 夜が更けて、ウイスキーを片手に梯子を上って、この裸電球に照らされた薄暗い屋根裏で、
とりとめのないことを考えます。
床板をこう張って、あすこに棚を作って、照明はこう取り付けて、そんなことを考えていると、
どんどんどんどん、夢は際限なく膨らみます。
最近では、実際のスペースではどう考えても無理なことまで考え始めたりしております。

 東京に住んでいた頃、風呂がありませんでしたから、部屋の中に簡易シャワーを作ろうと考えました。台所に洗濯機用の排水溝があったことが発端でしで、私、帳面に、思いつくイメージを次々と
描きつけました。
 その概容は、ファッションケースのような、チャックでシャアアと開ける縦長のビニールボックスで、
しかし、どうせ作るからにはその内装には凝りたいものです、あれやこれやと考えて、結局は、何も作らずに近くの銭湯に通い続けたのでした。

 随分と経って、何かの拍子にこの時の帳面が出てきまして、これを見て、我ながら思わず笑ってしまいました。
そこには、大きな石を積み上げた岩風呂のような湯船の絵があり、その横には、何故だか鹿おどしまで描かれています。
果ては、太鼓橋のような見事な赤い橋が架かっていたりして、6畳ひと間のアパートで、台所に四角く囲ったビニールの中、私一体、どこまで行ってしまったのでしょうか。

 しかし、10数年経った現在も、屋根裏でやっぱり同じことを繰り返しているような気がいたします。

 私、ビリヤードが好きですから、中古の台を何処かで買って、プールバーでも作ろうかなぁ。
それとも、梁や柱で分割されたスペースを、それぞれ障子や襖で小部屋に仕切って、旅館のように何々の間、なんて名前をつけて、ゲストハウスでもやるかなぁ。
はたまた、鉢植えのバナナや椰子や南国の植物を所狭しと並べて、蔓でも蔦でもそこいら中に絡ませて、鬱蒼とした緑の中、この間タイで買ってきたハンモックを吊るして、読書でもするかなぁ。

 と、酒が入っていることもありまして、こういうことは実に際限がありません。
しかし、何が楽しいかと言って、これが楽しい訳でして、実際の掃除や大工仕事なんていうものは、
実は私、あまり好きではないのです。
 ところが、こういう実際の仕事がないところには夢も湧きませんから、まあ、鶏が先か、卵が先か、
夢想するために体を動かして、体を動かすために夢想する、そんな毎日で、あります。
 






   

Posted by wajin at 12:22Comments(0)TrackBack(0)