2007年10月05日
あさやを守る会
以前住んでおりました町に、「あさや」という酒屋がありました。
近くで酒を扱う店はここばかりでありまして、私、何につけても買い溜めるということが嫌いですから、毎日のようにこの店に通いました。
小さな商店で、店の親父と世間話をしながら買い物をする。
そんな生活風景に憧れる一方で、やはり便利さには勝てぬという現実があります。
近所には、他にも八百屋や魚屋、豆腐屋といったお店がありましたが、しかし、おおよその買い物は、家から歩いて1分の距離にある、大手のスーパーで事足りてしまっておりました。
ですから「あさや」は、私にとって、いわば強制的に味わわされる古き良き風情であり、歩いて15分掛かる面倒臭さも、なかなか覚えられない定休日に、自動販売機で買ったビールを何本もポケットにねじ込む厄介さも、さして気にはならなかったのでした。
ところが、しばらくして、このスーパーが酒を扱うと言い出しました。
新聞の折込広告に大々的に宣伝し、店の前には、「酒」と書かれた幟がパタパタ、なんだか周辺が、俄かに活気づいてきたようでした。
なんといっても家からすぐの距離ですから、また、年中無休、夜の10時まで営業しておりますから、私にとっては、これは間違いなく便利な変化でありました。
しかし、これを聞いてまず私が考えたのは、「あさや」はどうなるんだろう、ということでした。
ただでさえ、いつ行ってもガランとした店内に、埃のかぶった缶詰や、賞味期限の知れないチーカマなどが並べられている、大変頼りないお店です。
主な仕事は得意先への配達のようでしたが、それだって、割高な価格を考えれば、スーパーに流れる客も少なくはなかろうと思われます。
私、毎日酒を買いに行くといっても、店の主とは挨拶を交わす程度の関係で、実はそんなに親しい間柄ではありませんでしたが、なんだか急に、「あさや」の行く末が心配になってきたのでした。
そこで、「あさやを守る会」を発足しようと考えたのでした。
会の骨子は、酒は「あさや」で買いましょう。ただそれだけであります。
会長は私で、会員も私のみ、会費は勿論ございません。
雨が降っても雪が降っても、ただただ、酒は「あさや」で買いましょう。
ちょっとくらいの熱があっても、階段で転んで足をくじいても、誓ってスーパーの誘惑に負けてはなりません。
今日は疲れているから、と自分を甘やかせば、きっと、明日は面倒臭いから、と、なし崩しになっていくことは目に見えております。
「魔」というものは恐ろしいものでして、どこに潜んでいるか分かりません。
ほんの小さなほころびを、決して見逃してくれないのが、「魔」なのです。
あさやは60年配の夫婦が経営する店でして、この夫婦、私が「あさやを守る会」の会長であることは露ほどにも知りません。そもそも、そんな会が存在することすら想像もしていないでしょうが、なに、私も恩を売ることが目的ではありません。また、逆にあからさまになっては、何となく、私が困るのです。
そうして来る日も来る日も「あさや」に通い続けまして、数ヶ月が経ちました。
ある夕方、いつものように店に入ると、珍しく先客がありまして、レジのところで「あさや」夫婦と何やら立ち話をしておりました。
別に聞き耳を立てた訳ではありませんから、話の内容までは分かりませんでしたが、察するに、近所の馴染みのお客さんのようでした。
普段から愛想のいいおばちゃんは別として、いつもはしかめっ面をしている「あさや」親父までもが、声高らかに笑ったり、会話に絶妙な合いの手を入れたりして、それは如何にも平和で、楽しげな光景と目に映りました。
薄暗い店内で、アハハ、アハハ、と、その笑い声を聞いていおりますうちに、私、なんだか不思議な気持ちになってまいりました。あれ、と、おかしな違和感を覚え始めてまいりました。
なんだ?
「あさや」夫婦、結構楽しそうではないか。
あら?
スーパーに追い込まれて、大変なんじゃあなかったの?
事実は知らないけれど、
おばさんは、夜な夜な内職の針仕事をして、
おじさんは、配達の度に、得意先に下げたくもない頭を下げて、
そんな感じじゃあなかったの?
それが、あんなに楽しそうに・・。
私、この時、なんだか憑き物が落ちたようでした。
店を出て、ぼんやりと灯り始めた街灯に、自分の影が大きく落ちて、「あさや」夫婦の笑い声は、いつまでも耳に残って消えないようでした。
その晩、酒を飲んで、グルグルと回った頭でこんなことを考えました。
「あさやを守る会」は、結局、他ならぬ私自身のためにあったのではないか。
「守る会」と称しつつ、実は私は、「あさや」夫婦の悲嘆にくれる顔を期待していたのではなかったか。
またそれを、陰ながらに応援する自分の姿に憧れていただけではなかったのか。
その後、私は「あさやを守る会」を解散し、近所のスーパーで酒を買うことも珍しくはなくなったのでした。
近くで酒を扱う店はここばかりでありまして、私、何につけても買い溜めるということが嫌いですから、毎日のようにこの店に通いました。
小さな商店で、店の親父と世間話をしながら買い物をする。
そんな生活風景に憧れる一方で、やはり便利さには勝てぬという現実があります。
近所には、他にも八百屋や魚屋、豆腐屋といったお店がありましたが、しかし、おおよその買い物は、家から歩いて1分の距離にある、大手のスーパーで事足りてしまっておりました。
ですから「あさや」は、私にとって、いわば強制的に味わわされる古き良き風情であり、歩いて15分掛かる面倒臭さも、なかなか覚えられない定休日に、自動販売機で買ったビールを何本もポケットにねじ込む厄介さも、さして気にはならなかったのでした。
ところが、しばらくして、このスーパーが酒を扱うと言い出しました。
新聞の折込広告に大々的に宣伝し、店の前には、「酒」と書かれた幟がパタパタ、なんだか周辺が、俄かに活気づいてきたようでした。
なんといっても家からすぐの距離ですから、また、年中無休、夜の10時まで営業しておりますから、私にとっては、これは間違いなく便利な変化でありました。
しかし、これを聞いてまず私が考えたのは、「あさや」はどうなるんだろう、ということでした。
ただでさえ、いつ行ってもガランとした店内に、埃のかぶった缶詰や、賞味期限の知れないチーカマなどが並べられている、大変頼りないお店です。
主な仕事は得意先への配達のようでしたが、それだって、割高な価格を考えれば、スーパーに流れる客も少なくはなかろうと思われます。
私、毎日酒を買いに行くといっても、店の主とは挨拶を交わす程度の関係で、実はそんなに親しい間柄ではありませんでしたが、なんだか急に、「あさや」の行く末が心配になってきたのでした。
そこで、「あさやを守る会」を発足しようと考えたのでした。
会の骨子は、酒は「あさや」で買いましょう。ただそれだけであります。
会長は私で、会員も私のみ、会費は勿論ございません。
雨が降っても雪が降っても、ただただ、酒は「あさや」で買いましょう。
ちょっとくらいの熱があっても、階段で転んで足をくじいても、誓ってスーパーの誘惑に負けてはなりません。
今日は疲れているから、と自分を甘やかせば、きっと、明日は面倒臭いから、と、なし崩しになっていくことは目に見えております。
「魔」というものは恐ろしいものでして、どこに潜んでいるか分かりません。
ほんの小さなほころびを、決して見逃してくれないのが、「魔」なのです。
あさやは60年配の夫婦が経営する店でして、この夫婦、私が「あさやを守る会」の会長であることは露ほどにも知りません。そもそも、そんな会が存在することすら想像もしていないでしょうが、なに、私も恩を売ることが目的ではありません。また、逆にあからさまになっては、何となく、私が困るのです。
そうして来る日も来る日も「あさや」に通い続けまして、数ヶ月が経ちました。
ある夕方、いつものように店に入ると、珍しく先客がありまして、レジのところで「あさや」夫婦と何やら立ち話をしておりました。
別に聞き耳を立てた訳ではありませんから、話の内容までは分かりませんでしたが、察するに、近所の馴染みのお客さんのようでした。
普段から愛想のいいおばちゃんは別として、いつもはしかめっ面をしている「あさや」親父までもが、声高らかに笑ったり、会話に絶妙な合いの手を入れたりして、それは如何にも平和で、楽しげな光景と目に映りました。
薄暗い店内で、アハハ、アハハ、と、その笑い声を聞いていおりますうちに、私、なんだか不思議な気持ちになってまいりました。あれ、と、おかしな違和感を覚え始めてまいりました。
なんだ?
「あさや」夫婦、結構楽しそうではないか。
あら?
スーパーに追い込まれて、大変なんじゃあなかったの?
事実は知らないけれど、
おばさんは、夜な夜な内職の針仕事をして、
おじさんは、配達の度に、得意先に下げたくもない頭を下げて、
そんな感じじゃあなかったの?
それが、あんなに楽しそうに・・。
私、この時、なんだか憑き物が落ちたようでした。
店を出て、ぼんやりと灯り始めた街灯に、自分の影が大きく落ちて、「あさや」夫婦の笑い声は、いつまでも耳に残って消えないようでした。
その晩、酒を飲んで、グルグルと回った頭でこんなことを考えました。
「あさやを守る会」は、結局、他ならぬ私自身のためにあったのではないか。
「守る会」と称しつつ、実は私は、「あさや」夫婦の悲嘆にくれる顔を期待していたのではなかったか。
またそれを、陰ながらに応援する自分の姿に憧れていただけではなかったのか。
その後、私は「あさやを守る会」を解散し、近所のスーパーで酒を買うことも珍しくはなくなったのでした。
