2007年09月26日

ぼん 後編

 1,500円。
例えばタイの屋台でぶっ掛け飯を頬張れば、100円もかからずに腹が膨れます。
一方、夜の繁華街でおねえちゃんを横に座らせて、彼女らがねだる小さなグラスのコーラが一杯300円。そんな飲み方をすれば、1,500円なんてあっという間です。

 仮に青年が、毎晩空港に通いつめ、これを生業としているならば、うまくいって1日2人くらいの日本人から合計3,000円、週休2日にしたって、月7,8万。
これはタイ人の平均月収より遥かによい収入です。
すなわちタイでなら、そこそこ贅沢な暮らしがしていける、おいしい商売であります。

 犯罪は、小さなものを積み重ねる方が露見しにくい訳でして、例えば1,500円を騙し取られたって、わざわざ警察に届け出る日本人は少ないですよね。おまけにそれが出国間際となれば、尚更面倒臭いですから、そう考えれば、実にうまいところに目を付けた、いわば知能犯なのであります。

 私も旅先で騙されること、1度や2度ではありませんから、知らない人間と関わりを持つ時には、どこかで相手を疑っております。
日本人、もしくはよその国の旅行者といったって、安心してはいけません。
同じ旅行者だから、そんな単純な親近感から、身ぐるみ剥がされちゃった、なんて話も、決して珍しくはないのです。

 しかし一方で、この青年が言っていることがもし本当ならば、これは大変困った事態だろうなぁ、と考えました。
刻一刻と離陸の時間が迫っていて、混み合うイミグレーションの通過に何分、出発ゲートまで走って何分、すると残された時間はあと何分、ああ、もう、私だったら、股がもぞもぞしてやり切れないに違いありません。

 で、結局、このもぞもぞに負けまして、私、1,500円、貸してやりました。
仮に騙されたって1,500円、くれてやると思えばいいや。
なんだかんだと申しましたが、とどのつまりは、私、典型的な騙される人なのであります。
 連絡先を交換し、渡された紙片を見れば、青年は、四国の人でありました。

 帰国後、勿論、そればかりを考えて過ごした訳ではありませんが、ふとした拍子に、そういえば、あの青年はどうしたかなぁ、なんて思い出しました。
 ところが、2週間、ひと月、ふた月、と経っても、葉書一枚、なんの連絡もありません。
 青年の話が真実であるならば、あの時彼は大いに助かったはずですから、何の連絡もないということはありえないように思われます。
 すると、やっぱり騙されたのだな。
そう考えましたら、私、急に腹が立ってきて、ごそごそと、バックの隅で皺くちゃになった紙片を取り出し、何処に繋がるのか分かりませんが、とにかくそこ記された番号を、物凄い勢いで押したのでした。

 電話に出たのは、声から察するに、70にも近いであろう初老の男性で、しかし名乗った姓は、紙片に書かれた青年の姓ときちんと一致しておりました。
するとこの連絡先、嘘ではなかったのかな。
普通に考えれば、これは青年の父親に違いありません。
 青年の名を告げて、その在を問うと、青年は今、友達のところへ遊びに出掛けているとのことでした。

 青年の話が嘘ではなかったということが分かって、私、今度は別の怒りが湧き起こってまいりました。
彼の非礼に、ムラムラとしてきたのです。
 一体どういう用件かと尋ねられましたから、私、これこれで、あなたの息子にお金を貸したが、一向に何の連絡もない、と怒りをあらわに言ってやりました。
 するとこの老人、
「はあ、うちのぼんが、あなたにお金を借りましたか・・」
なんて、しきりに青年のことを、ぼん、ぼん、と呼ぶのです。

 四国のほうでは、息子のことを「ぼん」と呼ぶのか知りません。
しかし私には、いわゆる「ぼんぼん」という言葉のイメージしかありませんので、なんだかこの老人が、とてつもない豪邸で、盆栽でもいじりながらこの電話をしているように思われてなりませんでした。

 結局、この伝言が功を奏しまして、すぐに「ぼん」から連絡がありました。

 色々ごたごたとしていて、お礼が遅れて申し訳ありません。
本当はそちらに伺って、直接お礼を申し上げようと考えていました。
なんて、調子のいいことを、矢継ぎ早に言っておりました。
 私、途中でこれを制しまして、
「やい、ぼん。貸した金は説教代にくれてやるから、ようく聞け」
と、少々、説教を垂れてやりました。

 お前は旅で何を学んだのだ。と、言ってやりました。
 よその国にお邪魔して、土地の人に良くしてもらって、お前はそれで終わりなのか?
 と、尋ねてやりました。
 そうして最後の決め台詞に、俺は寂しいよ。と、如何にも寂しげに言ってやりました。
 これにはさすがに、自分でも、ぞくっときました。

 ぼんは粛々と、黙ってこれを聞いておりましたが、1,500円は、未だに戻ってまいりません。
 
 本当に、説教代と思っちゃったかしら。  

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2007年09月25日

ぼん 前編

 前回、バンコクからの帰りの空港で。
いつものように安いチケットでしたから、深夜2時近くのフライトでした。

 あちらは、空港使用税を券売機で支払いまして、それからイミグレーションに向かいます。
ところが、お金を入れた機械の調子が悪く、レシートがうまく発券されませんで、ピコピコと、小さな黄色いライトが点滅してしまいました。
 仕方がないので、係員を呼びに行こうかと振り向きますと、驚くほど近い距離に、ひとりの日本人の青年が立っておりました。
別に気配を殺していたわけでもないのでしょうが、私、びくり、といたしました。

 その青年、年の頃は30代、長髪にギターケースを抱えて、如何にもバックパッカーという雰囲気でした。しかし、身なりは意外とさっぱりしていて、貧乏旅行者と言うよりは、むしろちょっとイケ面の、海の家にでもいるビーチボーイのような印象でした。
で、大変爽やかな笑顔で、私にこう尋ねるのです。
「何かお困りですか?」

 まあ、困っているというよりは、面倒臭いというだけでしたので、私、いえ、と簡単に事情を説明し、
青年の親切に軽く礼を述べて別れました。
 ところが係員を連れて戻ると、どういう訳ですか、相変わらず同じ場所にその青年がつっ立っております。機械の蓋が開けられて、詰まった紙幣が取り出され、そんな作業を、なんだかもじもじとした雰囲気で、黙ってじっと見ております。
 そうして係員が立ち去って、私とふたりきりになってから、こう切り出したのです。

 「あのう、怪しまれても仕方がない話ですが、実は僕、お金を使い切ってしまいまして・・」
 
 要は、困っていたのは彼の方なのでした。
ここに来るまでに持ち金を全部使ってしまって、空港使用税なんていうものは、聞いたこともなければ、勿論用意もしていない、と言うのです。
ところがこれを払わなければ中には入れてもらえませんから、非常に困っている。
彼の乗る飛行機は、先程から既にボーディングが始まっていて、急がなければ乗り遅れてしまう。
色々と当たってはみたものの、まあ、世間の風は、いくら南国タイランドといったって、やはり冷たいものであります。見も知らぬ人間に金を貸してくれる人なんて、そう滅多にいるものではありません。
そこに私が、ピコピコと、ここだよと合図を送らんばかりに、黄色いランプを点灯させた、という訳なのです。

 しかし、私だってそんなにお人好しではありません。
ちなみに、空港使用税って、日本円で1,500円程度のものですから、大した額ではないのですけど、しかし、知らない人間に金を貸す時の抵抗感は、金額の問題じゃあありませんね。

 その昔、中学生の頃、駅のホームの端っこで、高校生に金を貸せ、と言われたことがあります。
電車賃が足りないから金を貸せ、と言うのです。
どうして私がこんなにきび面に金を貸さなければならないのだ、
そう思いましたから、私、ない、と答えました。
するとこのにきび面、少し困ったような顔をして、それなら友達に電話をするから10円貸せ、
と言いました。
これ、カツアゲに間違いないのですが、随分とお人好しなカツアゲもあるものです。
もしかしたら、本当に電車賃が足りなかったのかも知れませんね。
勿論、この時貸した10円は、未だに戻ってまいりません。

 そもそも、有り金を全部使ってしまって、日本に着いたらどうするんだ、
そう尋ねましたら、彼、カードがあるからキャッシングするんだ、と答えました。
じゃあ、そのカードで今キャッシングすればいいではないか、と詰め寄りましたら、
なに、タイでは使えないカードなのだ、とかわされました。
 なんだかもっともなような、騙くらかされているような、青年の言うことが本当なのか嘘なのか、私にも、分からなくなってまいりました。  

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2007年09月10日

台風後記

 先日の台風、凄かったですね。
私の住む伊豆半島の辺りから上陸して、ご丁寧に、列島をなぞるようにして進みました。
 私、物忘れがひどいほうですから、こう言ってもあまり甲斐がないようですが、記憶する限りでは、私が経験した中で1、2を争う台風でした。

 とにかく直撃と言うことでしたから、昼前から色々と準備をしまして、始終テレビの台風情報を見て過ごしました。

 しかし、どのニュースを見ても、迫り来る台風の凄まじさと、今後の予想進路を伝えるばかり、まあ、私もそれが知りたくて見ている訳ですから、別に文句はありませんけど、ただ、あまりにもしつこく、警戒しろ、警戒しろ、と言われると、雨戸を閉め切った暗い家の中、なんだか気が滅入ってまいります。

 そもそも、そんな風に人々の警戒心を煽ってばかりいるから、こんな暴風雨の中、そうだ、屋根の修理をしよう、なんておかしな考えを持つ人が現れて、この手のことが原因で亡くなる人、結構いますよね。

 ですから私、こんな時こそ、台風とは関係のない地域の情報、例えば今回で言うならば、九州とか沖縄辺りの人々が、鼻をほじりながら漫画でも読んでいる平和な光景を、メディアは率先して伝えるべきだと思うのです。

 皆さん、ご覧下さい。こちらはこんなにすっきりとした青空です。
先程から、ここ、役場前の広場では、地元の人たちによるのど自慢大会が開催されております。
「1番、雨の慕情。関東・東海の皆さーん、台風に負けないでねーっ」
♪雨、雨、降れ降れ、もおっと降れ~

 まあ、半分は冗談ですが、しかし、台風という特殊な状況だからこそ、例えばこうやって平穏な人々の暮らしを目にすれば、忘れていた日常への憧れを、改めて思い出すことが出来るかも知れません。
また、情報に画一化された日本も、実はまだまだ広いのだな、と、旅にでも出掛けたい気分になるやも知れません。
やれ警戒しろ、やれ何処何処でどんな被害があった。
折角の台風です、それだけでは勿体ないではありませんか。

 私の家は、裏に山を背負っておりまして、幸い土砂が崩れるような地形ではありませんが、困ったことに、大雨が降ると山から水が出るんです。
この水の吹き出し口が、これまた困ったことに、家の中、土間となっている台所にありまして、これ、床下浸水ではありませんが、状況はまるで同じです。
言うなれば、床下噴水といったところです。

 初めて水が出ました時は、大変慌てて、なにせ一度流れると、水道の栓を全開にしたかのような勢いで噴き出しますから、掻き出しても掻き出してもきりがありません。
玄関で、サンダルがぷかぷかと浮いてしまうような状態です。
 勿論、何か対策を考えねばと、この吹き出し口、大変作業しづらい場所にあるのですが、それでも堤を作ったり、排水管を取り付けたりと、打てる手は打ったつもりでおりました。
ちなみにこの穴、塞ぐと今度は何処から水が吹き出るか分かりませんから、安易に塞ぐわけにもいかないのです。

 で、先日の台風。自分の仕事が試される時。
結果は、開いた口が塞がらぬほど、まるで何事もなかったかのように、じゃんじゃんと、水が流れました。

 しかし人間、何にでも、慣れれば慣れるものでして、我々夫婦、どんどん水かさが増す土間を横目に、平気でご飯を食べておりました。
とにかく一度出てしまえば、水が止まらぬうちはどうしようもありませんから、なに、床上にまで来なければ、慌てたって仕方がない。
何度も何度も同じ手で、いつまでもこちらが動じると思うなよ。
人間様をなめるなよ。
 
 しかしこれ、後片付けが、大変でした。

 寅さん、渥美清の句に、こんなのがあります。
うろ覚えですから、細かいところが間違っていたら、ごめんなさい。

 やい蝶々 昨日の台風 何処にいた

 台風9号、明けた翌日は、庭に沢山のトンボが飛んでおりまして、本当に、トンボも蝉も、鳥もトカゲも沢蟹も、みんな一体どうして嵐を過ごしたのかなぁ、なんて、思いました。

   

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2007年09月06日

凹む

 運転の練習をしようと思う。
そう言いふらしますと、様々な人が様々なことを言いました。

 教習所に通い直したほうがいい。
これがもっとも多い意見でしたが、ところが私、何事につけても人にものを教わるのが苦手です。
自分でもいけないとは思うのですが、教わっているうちにどうしても、イライラと、機嫌が悪くなってくるのです。

 これ、分析しますと、お前は俺より偉いんかい?なんて苛立ちでは、決してないのです。
そうではなくて、何事にもそのやり方って、人それぞれ色々な方法があると思うんです。
そういうものをはなから無視して、ひとつの合理的な方法だけを押し付ける。
それ以外のものは、まるで間違いだという顔をして、こうした方がいい、ああした方がいい、なんて言われると、あんたは何故そう思うんだ、と、教わっている立場を忘れて、ついその根拠を問いただしてやりたくなります。

 若い頃、足でハンドルを操作したら、大変な事故にあった。
また、股関節も悪くして、一生がに股で暮らさねばならなくなった。
だから君、ハンドルは、やっぱり手で握るにこしたことはないんだよ。
 こんな教官であれば、私、素直に従えるのかも知れません。
 簡単に言いますと、マニュアルが、嫌いなんです。

 夏の明け方、4時くらいならもう明るいから、そういう車のいない時間帯に練習すればいい。
そう言ってくれる人もありました。

 しかし私、冗談ではなく、早起きをすると必ずお腹が下るのです。
これは何も、早起きに限ったことではありませんで、深酒をしたり、夜更かしをしたり、要は、生活のリズムが崩れると、そのストレスがてき面、胃腸にくるのです。
 このことに限りませんが、ストレスを極力排除した生活をしていると、逆に、ちょっとしたストレスに大変弱くなるものです。人によってはなんでもないことが、立ち直るのに2日も3日も要したり、こういうの、考えものだなぁ、と思います。
 それなら深夜にやろうか、とも考えましたが、夜はお酒を飲む時間でありますし、また、20年ぶりの運転が、暗い夜であるというのは、やはりちょっと不安です。

 結局、色々な人の意見を聞き流しまして、私、まずはイメージトレーニングから始めました。
庭に停めた車に乗り込み、シートベルトをカチッと締めて、エンジンは勿論かけません、ハンドルをギュッと握って、これがなんのレバーで、これがなんのボタン、そんな説明を受けましたら、キッと前方を薮にらみ、自分が様々な状況で運転していることをイメージしました。

 実際に、フロントガラス越しに見えているのは、扉の反り返った古い物置ばかりですが、
頭の中にはちゃんと、何処か見知らぬ町の風景が広がっております。
 商店街では、買い物かごを持った主婦たちが、晩のおかずを買っています。犬を散歩する老人もあれば、チリンチリンと賑やかに、家路に就く子供たちの一団が、自転車で駆け抜けます。
ゴロゴロゴロ。あ、雷が鳴っている。ひと雨来るな。ワイパーのスイッチはどれだっけ・・。
 傍目に見れば、誠に馬鹿げた練習ですが、しかしこれ、助手席に座り慣れた私には、すこぶる新鮮でありました。運転席からの視界を体験するというだけでも、これは随分と効果があったと思います。

 実は、練習といえばこれを数回やったきりでして、あとは私、いきなり町へと飛び出しました。
 案ずるより産むが易し。習うより慣れろ、とは、よく言ったものです。
ここひと月ばかりの間で、すっかり自信がつきまして、今では高速道路だってへっちゃらです。
この20年の苦手意識は、何だったのかと思います。

 こういうことを言うとすぐ、周りの人間が、決まって同じことを言います。
そういう慣れた頃が危ないんだ。慣れた頃にゴツンとやるんだ。

 その根拠は何なのだ、と、問いただしてやろうと思っていた矢先、
先日、まんまとゴツンとやりました。駐車場の縁石にぶつけまして、幸い相手はおりませんでしたが、車も気持ちも、大変へこみました。

 皆さんも、運転にはどうぞお気をつけて。


   

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2007年09月04日

車 

 車の免許を取って、20年になります。
 
 取って早々、国道で無茶な割り込みをいたしまして、トラックに1kmくらい追いかけられました。
初心者にしては随分と巧みなハンドルさばきで、私、大いに逃げましたが、しかし結局は、ギュウギュウと幅寄せされて、降りてきたこわもての兄さんに、馬鹿野郎っ、と一喝されました。
 以来、これがトラウマとなりまして、私、いっさい車の運転をいたしておりません。
アクセルとブレーキ、どっちがどっちのペダルだったか、そんなことさえ忘れてしまっておりました。

 障害物も何もない、例えばモンゴルの大草原を走ってみろ、と言われれば、これは簡単なような気がいたします。
 車の運転の何が難しいのかと考えますと、それは車の操作そのものではなく、やはり周りの状況との関わりが難しいのだと思います。
 歩行者、車、自転車、バイク、こういった邪魔者がことごとくなく、車線も速度もやりたい放題、好き勝手に、心のままに運転できるなら、私、とっくに運転していたと思います。
ですから、モンゴルの大草原、これは楽勝だと思うのです。

 それから、瞬時の判断力。
車の運転には、これが必要ですね。
 例えば、仕事なんかで、急に予期せぬ状況となりまして、電話口で「どうしますか?」なんて尋ねられれると、私、いつでも非常に困惑します。
 物事は、時間をかけて考えろ。
幼少の頃、父親にそう教わりまして、これを頑なに守ってきた訳ではありませんが、気がつけば、
いつの間にか、時間をかけずには何も考えられない人間になっておりました。
 ですから、急に何かを答えろと言われれば、私、迷わず、いやだ、と答えます。

 しかし、車線変更をする時に、どのタイミングでハンドルを切ろうか、ちょっとじっくりと考えてみたい、なんて言っても、誰も相手にしてくれませんよね。
 道路の真ん中に車を停めて、まずはタバコに火をつけて、うーん、あの車の後がいいかなぁ、
なんて、指に唾をつけて、風の向きまで確かめたりして、やるからには随分と慎重です。
急いてはことを仕損じる。その一方で、善は急げ、なんていうんだから、難しい。

 私みたいなタイプの人間は、そうやって、ゆっくりと思うように考えられない状況に陥ると、
得てして、自暴自棄となるものです。
 考えさせてくれない世間が悪い、と開き直って、どうにでもなれ、とやけくそになります。
そこで、えいっ、とアクセルを踏んで、キキィー、と急ブレーキを踏ませ、馬鹿野郎っ、と怒鳴られます。これ、実際には大変危険ですから、出来れば、車の運転は控えたほうがよいのです。

 ところが、この冬に赤ん坊が産まれることになりまして、最寄の町では産める病院がありませんから、車で1時間、ひと山越えた、隣の町の病院に掛かることになりました。

 これまでは、運転はもっぱら妻の役割でして、出掛ければ必ずビールを引っ掛ける私には、大変うまい具合に出来ておりましたが、最近、段々と膨れてくるお腹を見ておりますと、そんな悠長なことも言っていられない気分になってきました。
 何かあった時にタクシーを呼べるような環境でもありませんし、まさか、昔話じゃあないんですから、ぼた雪の降る中、身重の女房をおぶって山を越える訳にもいきません。
 そこで私、いよいよ腹をくくって、モンゴルだなんだとおかしな大口を叩くのをやめ、運転の練習に、
重たい腰を上げたのでした。







   

Posted by wajin at 19:01Comments(0)TrackBack(0)