2007年08月28日

呼ばれる インド

 京都に行っておりました。
京都は、数年前に友人を訪ねて行った以来です。
この時はまるっきりの案内旅行でして、滞在した数日間、朝から晩までお酒を飲んで、車に乗せられ実に色々なところを連れ回されました。
あれを見ろと言われればあれを見て、これを食えと言われればこれを食い、なんだか終始ふにゃふにゃとして、その実、何処に行き何を食ったのか、ほとんど覚えておりません。
 中学校の修学旅行以来だという私に、てんこ盛りの京都を見せてくれようと、張り切り過ぎた友人の誠意が仇となった格好でした。

 今年の春、ひと月ばかりインドに行っておりました。
私、インドはとても好きな国でして、ひと頃はやけに頻繁に訪れたものですが、時の経つのは早いものです、最後にインドの地を発って、気がつけば実に6年の歳月が流れておりました。

 私の妻は、私と出会うまでは、旅行といえばハワイやグァム。アジアあたりの安宿で、天井でカタカタとぬるい空気をかき混ぜる扇風機、そんな世界とはまったく無縁の人間でした。
 なんといっても汚いのが駄目ですから、何処で仕入れた情報か、インドは息をするだけでも病気になる、なんてことを平気で言っておりました。
 それでも、騙し騙しに色々な国へ連れて行きまして、しかし、インドにだけは絶対行きたくない、と、これは私、念を押されておりました。
彼女と付き合い始めて6年になりますから、これがすなわち、私のインド空白の期間でありました。

 ところが今年の頭、どういう訳ですか突然、彼女が、インドに呼ばれている、と言い出しました。
ちなみにこれ、首が変な方向にねじれて、緑色の汁を吐きながら言ったわけではありませんよ。
別に、宗教やオカルトがかった話ではないのです。
 そもそも私の妻は、ハローキティーが大好きで、お菓子を食べながらテレビを見るのが一番の幸せ、という人間です。
しかし、そんな彼女がことあるごとに、インドが呼んでいる、インドが呼んでいる、と言うのです。
そんなに呼ばれているのなら、望むところだ、是が非でも行こうではないか、という訳で、行ってまいりました。

 で、呼ばれて出掛けたその結果、彼女はインドがまるっきり駄目でした。
暑さと、人の多さと、汚さと、まあ、予想出来たことではありますが、完全にノックアウトされてしまいました。
お終いには、果物以外は何も食べられなくなってしまい、また、インド人って好奇心を隠すことがありませんから、何処へ行ってもジロジロと注がれる露骨な視線に、私の妻、憎しみをこめたメンチを切り返したりしておりました。
 予定を早めて、ほうほうの体、シンガポールに逃げ出したほどでありました。

 ところが、帰って来て、大きな変化が起こったのです。
なんと、子供が宿っていたのです。
 結婚して4年になりますから、遅い方だとは思いますが、この間も、どうして出来ないのだろう、と悩んでおりました。
もしかしたら、子供は出来ないのかな、と、実は諦めかけてもおりました。
 そこに、子供が、宿ったのです。
日数を数えると、これが、インドで宿った子なのです。

 たまたまなのか、それとも、インドの生活、気候や食生活の変化、そういったもののお陰なのか、その実は分かりません。
しかし、呼ばれて出掛けていったからだろう、そう思うのが一番のような気がいたしまして、我々夫婦、まじめにそう考えております。
 しつこいようですが、これ、白目を剥いて、口から変な煙を出しながら考えているのではありませんよ。
なにか、大きな流れや大きな力の中で生きている、そう思うことが、最近、心地よく感じるのです。

 で、京都。
先月辺りから妻が、今度は清水寺に呼ばれていると言い出しまして、それでは行こうではないか、と行ってまいりました。
   

Posted by wajin at 16:29Comments(2)TrackBack(0)