2007年08月01日

鈴木のおじさん

 鈴木のおじさんは、私の前に突然現れまして、手土産に、袋いっぱいの椎茸を持っておりました。
玄関を、ガララと開けて、しばらくかまちに腰掛けまして、椎茸や蜜蜂、山の話、鹿の話などをして帰りました。

 如何にも山の男、といったおじさんですが、その年73、見てくれは、ひょろりとやせた狐顔をしております。
たまに遊びにやって来ては、そのくせ話題が何もなく、黙って座ってお茶ばかり飲んでいました。
 ですから私、思いつくことを色々と尋ねました。

 中学生時代に野球をしていた話。おじさんは、あまり上手でなかったといいます。
戦争中、毎日、草鞋ばかりを編まされて、ひとつ出来上がると校長先生が草鞋にピッと印を書くそうです。これは、同じものを使い回して提出させないためだそうでして、ですからこの校長先生、草鞋先生、なんてあだ名で呼ばれていたそうです。
営林所で働いていた頃の話、炭焼きの話。
 おじさんは、何でも自分でやる、いつでも何かをしている、大変な働き者であります。
しかしやはり、山の話をするのが何よりも楽しそうでした。

 もうひとつ、おじさんは芸術が好きであります。
木の根っこをほじくっては、それを磨いてニスなど塗ったり、昔、下の町の書道教室に通っていましたから、木の板に文字を彫って、看板なんかを作るのも得意です。
以前は自分で新聞も発行していたそうでして、町の文化協会にも入っております。
 昨年の秋、おじさんに強引に誘われまして、私も町の文化展にTシャツを出品しました。
飾られたコーナーは、なんと手芸のコーナーでした。

 一昨日まで、私、ちょっと出掛けておりまして、数日振りに村に戻ると、おじさんが、亡くなっておりました。
びっくりしました。
今でも信じられないようです。
数日前から、血が止まらなくなったとかで、入院していたのは知っていましたが、そんなに深刻なことになっているとは夢にも思いませんでした。
一度お見舞いに行こうかと、土産を買ってきたばかりのことでした。

 昨日、葬儀に出席してきました。
自宅で行われた小さな葬儀で、家の中にも庭にも入りきれない人々が、暑い日でしたから、道路の日陰に突っ立って、時折バスが通ると、皆でぞろぞろと移動してこれをよけました。
 お葬式って、やはり土地土地によって違うようでして、こちらでは、出棺が先、お骨となって戻ってきてから坊さんが来て、笹の束を振り回したり、めいめいが花や団子や遺影を持って、列を作って並んだり。
 私、知り合いもあまりいませんから、1時間ばかりの間、ただただぼんやりと、汗を拭いながら坊さんの読経を聞いておりました。
 青い空、深い山、目の前にキラキラと川が流れて、蝉の鳴く声がうるさいくらいでした。
田舎のお葬式だなぁ、と感じました。

 おじさんに、もっと色々と教わっておけばよかった。
何もかもが、残念でなりません。
冥福を、祈ります。



   

Posted by wajin at 11:05Comments(0)TrackBack(0)