2007年07月07日

いいぞと思うこと 駅弁

 電車の中でものを食べる。
 まあ、電車にもよりますが、例えばそれが新幹線のような電車であれば、これは旅の楽しみ、駅弁は、断固食べるべきであります。
 ところが、普通の通勤電車となりますと、こういう電車が乗り入れるホームのキオスクには、駅弁なんて置いてありませんよね。勿論、車内販売のワゴンもやって来ませんから、これ、すなわち、食べるなよ、そういう電車じゃないんだぞ、そう言われているものと理解しなければいけません。
 しかし、それでも、電車の中でもぐもぐと何かを食べている人、いますね。

 私、ここ数年、電車に乗ることがほとんどなくなりましたから、昨今の通勤電車で一体何がこそこそと食べられているのか、その流行を知りません。
 しかし、これまでに目にした中では、カップラーメンを啜るおじさん、これが最も強烈でありました。
 フーフーと、実にうまそうにカップラーメンを啜って、混み合う暮れ時の車内、おじさんの周りだけが半円状にぽっかり空いて、これ、カップヌードルのカレー味でした。
カレーの匂いがぷんぷんと、実にスパイシー、かつ挑戦的でありました。
 人目も何も気にしない、食いたいときに食いたいものを食う。
豪傑です。たいしたものだと思います。

 しかし、上には上がいるものでして、私の友人は、電車の中で蟹を食べているおじさんを見たといいます。勿論これ、沢蟹じゃあございませんよ。タラバ、とにかくでかい奴。
 ガタゴトと揺れる車内、見て見ぬ振りの人の壁。言うなれば、スポットライトを浴びた晴れ舞台、そこでバリバリと、友人曰く一心不乱に、ビニール袋に入った蟹をむさぼり食べていたそうです。
ホームレスのような風体をしていたといいます。
 そのおじさん、友人よりも先に電車を降りたそうで、立ち去ったその後には、食い散らかした赤い蟹の殻の山。この友人、不思議と無常という言葉が頭に浮かんだそうです。

 先日、東京駅から熱海まで、「こだま」に乗りました。
新幹線って、なんとなく旅行に行く時に乗るようなイメージですが、その時の車内は何処を見渡しても、勤め人の姿でいっぱいでした。
ちょうど会社が終わる時刻でして、考えてみれば、新幹線で1時間、熱海だって十分東京の通勤圏内なんですね。
 スーツ姿の、さすがに年配の客が多いような気がしましたが、新聞をめくったり、居眠りをしたり、鞄の中から何か難しそうな書類を出したり、とにかくそこには、旅行の浮かれた気分なんて微塵も存在しませんでした。本当に、ただの日常。毎日繰り返されているであろう、当たり前の光景。

 ところが、ひとりだけ、通路を挟んで私の斜め前に座る青年、彼だけが、スーツケースを携えて、どう見ても旅行といった感じの様子でありました。

 旅行で新幹線に乗るとなれば、駅弁を買いたくなる、これ、極めて自然な感情です。
発車して間もなくすると、彼もまた、何処かで買ってきた弁当を広げ始めました。
 しかし、どう考えても、状況が宜しくないのです。
なにせ周りは、仕事帰りの、日常の中にいる連中ばかり。旅の気分とは温度差があり過ぎます。まして、連れがいるならともかくも、たったひとりの幕の内。多勢に無勢となれば、心弾む新幹線の駅弁も、可哀想に、なんだか通勤電車で蟹を頬張る蛮行に等しく見えてまいります。
 彼、大変気まずそうに、小さくなって、急いで弁当をかき込んでいました。

 私、これを見て、いいぞ、と思いました。
なに、君は間違っていない。だって新幹線だもの。
駅弁のひとつやふたつ、胸を張って食おうじゃないか。
そうして、実に美味しそうな顔をして、周りのおかしな連中に思い出させてやろうじゃないか。
ここは新幹線の中だぜ、と。

 私、弁当を買ってこなくてよかった、と思いながら、心の中で、頑張れ、とエールを送ったのでした。
   

Posted by wajin at 13:14Comments(2)TrackBack(1)