2007年06月29日

マッチ

 インドのボンベイで、バンコク行きのチケットを買いました。
よく確かめずに買ったものですから、これがスリランカ経由でありました。
別に経由するのは構わないのですが、困ったことに、乗り継ぎに5、6時間も空くというのです。
 私、出発直前に、空港に着いてからこの事実を知りまして、なに、と思いました。そうしてすぐに、スリランカはビザが要るのかな、と考えました。もしビザが要らなくて、勿論、チケットも無駄にはしたくありませんから、日付の変更も可能でしたら、是非、スリランカに立ち寄っていこう、と考えたのです。

 インド洋に浮かぶ、あのマンゴーのような形をした小さな島。セイロンティーは飲んだことがあるけれど、果たして首都は何処だっけ。私、それくらいスリランカのことを何も知りませんでしたから、これは非常にわくわくする思いつきでありました。

 結局、ビザは1ヵ月空港で貰えまして、チケットも問題なく書き換えが出来ましたので、私、急遽、3週間ほどスリランカに滞在することにいたしました。

 ボンベイからの飛行機が、首都コロンボに到着したのが、すでに夜中の1時頃でありました。
とにかく、右も左も分かりませんから、私、これは夜明けを待つのが無難であろうと考えました。
 時間はいくらでもありますから、まずは一服、そう思いましてズボンのポケットをまさぐると、どうにもマッチが見当たりません。すぐに思い当たったのは、ボンベイの空港でした。
 出発ロビーに、白い上等なソファーがありまして、これが非常にフカフカとして、大変座り心地が良かったものですから、私、ふんぞり返って、ついつい、うとうととしてしまいました。
あの時、ポロリと、ポケットから滑り落ちたに違いありません。

 仕方なく、喫煙所の灰皿の前で、ひとりタバコを吸っている、初老の白人女性に話し掛けました。
「火を貸して貰えますか?」
するとその女性、ちょっとバックをいじくる仕草を見せて、面倒臭かったのか、にこりと笑って、これでいいかしら、と、自分の吸っているタバコを差し出しました。
 私、こういう火の貰い方、とても好きであります。なんだか、オリンピックの聖火を連想いたします。
 その思い、確かに受け取りましたよ。そんな感じでお礼を言って、いやあ、実に美味しい一服でした。
 それにしてもこのご婦人、見たところひとり旅の様子。こんな夜更けに、一体何処に向かう途中なんだろう。袖触れ合うも他生の縁、深夜の空港って、なんだか人の人生に思いを馳せてみたくなる、そんな雰囲気がどこかありますね。

 自分が好きなことを人に押し付けたくなるのは、まったく自然な感情であります。
 私、以前、やはりタバコの火を貸してくれと言われまして、本当はマッチを持っていたのですが、これが俺のやり方だ、なんて言わんばかりに、ズイ、と自分のタバコを差し出しました。
 ところが私、その時、缶コーヒーを飲んでおりまして、その差し出したタバコの吸い口が、コーヒーに汚れて、茶色く、実に汚らしかった。いけないことに、相手が女性でしたから、尚のことそれが恥ずかしく、かと言って、引っ込めるのもなんだかおかしいようでしたので、私、只今コーヒーを飲んでいますよ、分かっていますか、なんて顔をして、別に唾が茶色いわけではないのですよ、そんな人、滅多におりませんよ。ぐびぐびぐびぐび、必要以上に小さな缶を傾けたのでした。

 夜明けまでには、なにせ時間がありますから、しばらくすればどうしてもまた、一服したくなってきます。
 今度は別の場所に行きまして、やはり灰皿の前でちょうどタバコを吸っていた、白人の若いカップルに話し掛けました。
「火を貸して貰えますか?」
すると、女の子の方がこれに反応しまして、しかし、どういうわけか、こちらが怯むような大変な仏頂面をしております。何も言葉を発せずに、如何にも、やれやれなんて顔をして、もぞもぞとバックをいじくり始めました。
 確かに、見ておりますと、バックパックからデイパックを取り出して、そのデイパックからポーチを出し、ポーチからシガレットケースを出して、と、まるでロシア土産のお人形のような、大変面倒臭い手順を踏んでおります。
そうしてようやく取り出しましたライターを、むんず、と私に突き出して、こちらの礼にも何も答えず、終始無言の善行でした。
 この一服、大変いがらっぽい、ひとつも美味しくないものであったこと、言うまでもありません。

 何事も、どうせやるなら楽しくやれよ。そもそも、そんな奥深くにしまっておくなよ。
なんてことは、仏の国スリランカであります、私、決して思ったりはいたしません。
しかし、これに懲りまして、その後はカフェに腰を落ち着けて、そこで貰ったマッチで事なきを得たのでした。

 その昼、宿の近くのマーケットで、20箱くらいがセットになった大量のマッチを購入し、私、ざまあみろ、と、ひとり呟いたのでした。

   

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2007年06月28日

サーカス

 皆さんは、サーカスはお好きですか?
私は、好きです。その言葉も好き、イメージも好き、勿論、実際のサーカスも大好きであります。
 最近の、なんだかすごい、ショーのようなサーカスにもわくわくいたしますが、ちょっとレトロな、子供の頃に見たような、セピアがかったあのサーカス、あれ、そんなに身近なものではなかったはずなのに、何故だか、郷愁を覚えずにはいられません。



 インドでサーカスを見ました。
小さな町にサーカスがやって来た、そんな感じのサーカスでした。

 夕暮れ時、宿の主に教えられた広場に行ってみますと、風にはためく白い巨大なテント、聞こえてくる陽気な音楽、物売りの声。
ざわざわと大勢の人で賑わって、そこにあるのは、あの懐かしの、記憶の底にあるサーカスそのものでありました。
 入り口の横には、柱と屋根だけの簡単な小屋がありまして、群がった子供たちの頭越し、灰色の象が数頭、のそのそと体を揺らし、時折パオーと悲しげに鳴いたりして、ああ、来てよかったなぁ、と思いました。

 サーカスは、いきなり空中ブランコから始まりました。
インドってやっぱり面白い国ですね。物事は、大一番から始めなくっちゃあいけません。
 しかし、その空中ブランコ、信じられないくらいにやたらと失敗するんです。
勿論、下にはネットが敷いてありますから、怪我をする心配はないのですが、しかし、ポーン、ポーンと実によく落っこちる。落ちてニコニコと、こちらに向かって手を振っていたりする。
 観ているこちらは、落っこちる度に、ああっ、と叫んで、これはこれで結構楽しいのです。
その内、落ちることばかりを期待するようになったりして。
たまに上手くいけば、大変な拍手喝采、なんだか少し、楽しみ方が違うのですね。

 空中ブランコの後は、あまり大したこともなく、女の人が樽の中をくぐったり、子供が新体操のリボンのような演技をしたり、気がつけば、ものすごい数の蚊が私の足に群がっていて、結局、大きなあくびがひとつ出まして、私、途中で表に出てしまいました。

 テントを出ますと、途端、涼しい夜風がさっと渡って、なにせ暑い夜でしたから、実に気持ちがよかったです。
 象小屋の藁の匂いが、ぷんと微かに、交じっていたような気がいたします。
   

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2007年06月25日

大人のドリル

 私、旅に不便しない程度の英語は喋るつもりでおります。
しかし、英語にも色々とありまして、どちらかと言えば、ペラペラと喋る英語よりも、やたらと同じ表現を繰り返す、たどたどしい英語が得意であります。

 英語の次に得意なのがタイ語でして、これはやはり、最もよく訪ねている国だからだと思います。
 私にとりましてタイという国は、刺激的というよりも、のんびりと過ごすのにちょうどよい国でして、あまり時間のない時などは、変に欲をかいて遠くに行くより、タイの島でひたすら阿呆のように過ごそう、なんて思います。
 また、バンコクは格安チケットのメッカでもありますから、アジア方面に出掛けるのであれば、まずはバンコクに入ってチケットを買って、なんてこともよくあります。
 私にとっては、東京よりも、むしろバンコクのほうが、身近な都会であるような気がいたします。
 ですから私のタイ語、まあ、とりあえず言いたいことは言える、人の言っていることはよく分からない、なんだか大変我儘な人間のようですが、それでも、旅をするには困らない、飲み屋のお姉ちゃんを笑わせるには事足りる、そんなレベルなのであります。

 リペというタイの島におりました時、これはひどく酔っ払っていたせいだと思いますが、夜中トイレに起きまして、ちょぼちょぼと用を足しておりますと、小水が便器の水を打つ音が、なんだかタイ語に聞こえてまいりました。
 タイ語って、チャとか、チュとか、ポッなんて、ちょっと可愛らしい吃音が多く交じる言語ですから、グルグルと酔っ払った頭では、ぴちょん、ぴちょん、と滴の落ちるその音が、タイ語で何かを話しているように聞こえても、何の不思議はございません。

 一体何を言っているんだろう。
私、一変に集中しました。知っている限りのタイ語が、頭の中をビュンビュンと飛び交いました。
 もしかしたら、何か大切なメッセージを伝えているのかも知れない、そう思いました。
 おいお前、そんなにいつも酔っ払っていてどうする、なんて戒めの言葉かも知れない。そんな風にも考えました。ちなみにタイ語で酔っ払うは、マオレオといいまして、なんだかフラフラとした感じが実にうまく表現されていますね。

 とにかく、酔っ払っていたから、自分の小便が何かを言っているように聞こえ、また同時に、酔っ払っていたから、それが何を言っているのかとんと分からなかったのです。
 しかし、最後のひと滴が、カップ、と聞こえたことは事実でして、これ、タイの男性が丁寧な言い回しをする時に、語尾に必ずつける言葉であります。
つまりは、私より格下の男、これが何かを言っているのだな、なんてことを考えながら、再びもぞもぞと、蚊帳の中に潜り込んだのでした。

 翌朝、酔いが醒めれば、いくら暇な私でも、小便が何を言っていたかなんて考えることはいたしません。
 その代わりに考えましたのが、そうだ、大人のドリルというものを作ろう、ということでした。
それは、こういうドリルです。

 A君が夜中にトイレに行きました。おしっこをしていると、その、ぴちょん、ぴちょんと水の跳ねる音が、タイ語で何かを言っているように聞こえました。後日、タイの友人に尋ねますと、それはなんと、こんな意味だったのです。さて、どんな意味だったのでしょう。

 まあ、トイレの話ですと、ちょっと下品な気持になりますから、代わりに、森の中で聞いた雨音でも構いません。もしくは街中で聞く、信号が青になった時に流れる、あの鳥のさえずりのような音、あれだって構いません。要は、何だっていいのです。
 ついでに申し上げますと、その答えも、実は何だっていいわけでして、このドリル、これといった正解があるわけでもございません。

 それは、タイの子守歌だった、なんて答えれば、結構なロマンチストです。
お前さん、何処から来たんだい?と聞こえたとなれば、これはなかなか哲学者であります。
 以前、旅先で出会った人が、よく金縛りに遭うそうで、これがいつも同じパターンなのだそうです。
最初に銅鑼の音がじゃんじゃんと鳴って、次に、ガヤガヤガヤガヤと人のざわめく声。
これが段々と、耳を塞ぎたくなるくらいに大きくなって、そうしていきなり、ふっと消える。
その消える直前に、どうしてお前は、と聞こえるのだそうです。
どうしてお前は、と言われてもねぇ、なんて、その人笑っておりました。

 いずれにしましても、この大人のドリル、考えなくてもよいどうでもいいことを考えて、結果、何のためにもならない、というのがその骨子ですから、まあ、こういった問題をずらずらと並べまして、最近流行りのおまけがメインの本のように、焼酎のボトルでも抱き合わせ、酒屋で売ってもらうというのは如何かなぁ、なんて思います。

 これを思いついて大分経ってから、新聞の広告で、ずばり「大人のドリル」という名前の本を見つけました。その中身を確認したわけではありませんが、恐らくはこれ、今時よくある、脳を鍛える云々の本なのだと思います。

 私、実際に大人のドリルなんていうものを作ろうとは思っておりませんが、それでも何となく、ああ、やられたなぁ、と思いました。




   

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2007年06月19日

味噌汁BAR

 新橋辺りの、勤め人で賑わう界隈、雑多な飲み屋の一角に、ビル風に赤提灯を揺らす小さな店があります。
提灯には、立派な筆文字で、「味噌汁」と書かれてあり、ここ、味噌汁専門のBARであります。

 お酒を飲んで、喉がカラカラとしてきた頃に飲む味噌汁、これ、格別ですよね。
まさに、五臓六腑に染み込むうまさ。
 ちなみに、この「染み込む」という感覚、欧米ではあまり馴染みがないそうで、これに代わる表現は、例えば、「心に染みる」が、「心に触れる」だったり。
ちょっとニュアンスが違いますよね。
 そもそも、染みていく先の「奥」という感覚が一般ではないそうで、これ、「深さ」とか、「裏」や「中」、なんて言葉で表現されているのだそうです。
 しかし、「奥」というのはあくまでも、暗くてはっきりとしない、人知の及ばぬ先、そんなちょっと恐ろしい含みを持つ言葉ですから、「何々の中」とか「何々の裏」では、この恐ろしさ、とても表現しきれるものではありません。
 こういう何となくはっきりとしない、曖昧な言葉って、「染みる」も然り、日本語には結構ありますよね。
やはり、文化なのでしょうね。

 で、この味噌汁BAR。
既に何処かで散々飲んできて、要は、一丁上がりの連中が集う店であります。
家路に就く前に、熱いヤツを軽く一杯、そんな〆の店なのです。
 深夜の店内、カウンターにもたれかかるお客たちの表情は、どれも随分と草臥れた様子です。
それでも、薄暗いオレンジ色の明かりの下、結構な数の人間が、よれたスーツに深い皺を刻ませて、美味しそうにフーフーと、今夜の〆の一杯を啜っております。

 味噌汁といえば、まず、味噌ですね。
 各地の有名どころから集められた数々の味噌樽が、お玉を軽快に操るバーテンの背越し、壁一面に威風堂々、ずらりと鎮座しております。
 これに加えて、マスターの趣味が味噌集めときていますから、その足で探し歩いた全国津々浦々の、大変レアな、マスター自慢の変り種が、「本日の味噌」なんてメニューで味わえます。

 それから、水。これも大したこだわりです。
 マスターのこだわりは、水の硬度というヤツでして、要するに、水に含まれるカルシウムやマグネシウムの量ですね、これが味噌汁の味を大きく左右する。
まあ、一般には、硬度100に届かない、いわゆる軟水が味噌汁には合うとされていますが、しかし、今夜は是非ストロングに、いつもの自分に決別したい、なんて方には、300くらいの硬水がお勧めです。
こういう硬い水には、そうですねぇ、長期熟成の赤味噌、加賀味噌あたりのきりっとした辛さがよく合うでしょう。

 そうして、具。具は大切です。
同じ味噌、同じダシを使っても、具材ひとつでがらりと違う味となる、これ、味噌汁の真骨頂ともいうべきところで、味噌汁の具って、実は食べることよりも、ダシに大きく貢献しているんですね。
 豆腐にワカメ、葱、油揚げ、なんて定番に始まって、ちょっと珍しい地方色の強いもの、魚のすり身、猪の肉、白子、山菜、納豆に至るまで、実に色々と揃えております。
 しかし、こちらのお店、やはり飲兵衛相手の商売です。
何と言ってもその売れ筋は、ダントツで、シジミ。これに敵うものはありません。
お酒を飲んだ後のシジミ汁って、どうしてあんなに美味しいのでしょう。

 最後にもうひとつ、忘れてはならないのが、おダシ。
 鰹に煮干、昆布に干し椎茸、どれもしつこいくらいなこだわりようで、例えば、鰹節。
青葱なんかを使ったさっぱりとした味噌汁には、脂の少ない雄節を使います。
反対に、里芋のようなねっとりとした味噌汁には、脂の多い雌節が向いています。
これ、雄節は鰹の背、雌節は腹の部分ですね。
 しかし、おダシというのは、使う味噌や具材との相性もありまして、また、味噌汁にとりましては命とも呼べる大切な部分でありますから、慣れない内は、バーテンに一任するのが宜しかろうと思います。

 と、ここまで説明いたしまして、あとは、そのオーダーの仕方です。
 例えば、なめこにえのきを刻んで、彩りに葉ねぎを少し浮かばせて、なんて場合。
これ、勿論、白味噌がいいでしょう。讃岐辺りのふっくらとした甘口が、とてもよく合うと思います。
ダシは能登産あご煮干。これを主役に、鰹を薄っすら香りよく、水はなめこのとろみに負けない、200くらいの中硬水。

 「えのきと葉ねぎを、オン・ザ・なめこで。あごに雄節ツークラッシュ、讃岐200。あっ、ダブルでね」
このダブル、勿論、椀がでかいことを意味します。
 なんだか、面倒臭いですね。

 こんなお店、何処かにないかなぁ、と思います。
あれば結構、繁盛するんじゃないかなぁ。
   

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2007年06月15日

奈落憧憬 名人伝

 私、ごくたまに、周りからダメな人間だと言われます。
ごくたまにですから、あまり気にはしていませんが、自分では別段ダメでもなく、普通であると思っております。

 しかし、ダメな人間に惹かれる傾向は、事実ありまして、これ、こんな理由からだと思うのです。

 「名人伝」というお話をご存知でしょうか。
 ある弓の達人が、更なる修行のため、山に入ります。
数十年の時が流れて、ようやく里に下りた頃にはすっかり年寄りとなっておりますが、しかし、そのただならぬ雰囲気、これは遂に弓の道を極めたに違いない、そんな噂で村はもちきりとなります。
 村の人々は、その腕前をひと目でも見てみたい、ところが当の名人は、弓を打つどころか、それを手に取ることさえいたしません。
 そうしてある時。
村人の家に招かれた名人が、床の間に飾られた弓を指し、これは一体どうやって使うものかね、と尋ねたのです。
はじめは冗談かと取り合わなかった主人も、やがて、名人が本当に弓を忘れてしまったことに気づくのです。
 弓を極めて弓を忘れる、そんな境地に達した名人の噂は瞬く間に広がって、しばらくの間は、絵描きは絵筆を隠し、音楽家はその楽器を隠した、というお話です。

 忘れてしまえば、これは、知らないのと同然ですね。
つまり、ある域まで達した名人と、はじめから何も知らない人間は、実は同じ境地にいるのだと思われます。
 しかし、はじめから何も知らない、また、その知らないままの境地でいつまでもいられる、なんていう人間は、極めて稀でありまして、やはり普通は、年を重ねるとともに、要らぬ知性や節度といったものが身について、中途半端な人間になってしまうものであります。

 ところがこれに当てはまらない、並々ならぬダメ人間って、いますよね。
ちょっと考えられないくらいの無計画で、人生の奈落に限りなく近い場所で生きている、そんな人。
 こういうダメ人間って、天然無垢とは違いますけど、実は私、名人に非常に近いところにいるのではないかと思っております。
 名人が、弓を極めてそれを忘れたように、ダメ人間は、弓を投げ捨てそれを忘れる。
この両者、やって来た道はまるで正反対ですが、いずれ必ず、すれ違う場所があるような気がするのです。
メビウスの環のように、きっと繋がっている気がしてならないのです。

 私、自分の性格を考えますと、精進して立派になってその高みに達するよりも、ダメの底の底を見て、本当にダメのヘドロに横たわって、そこで同じ境地に達してみたい。
これはなにも、私が変態だと言いたいのではなく、単に方法の問題ですから、そうやって行き着こうと願う場所は皆さんとまったく同じ、至ってまともな話なのです。

 ところがこのダメ街道、一見、名人への道より遥かにお気楽な感じがいたしますが、実はそうでもありません。理性を投げ打って、自分の人生を捨ててまで、そう簡単に、人間ダメになれるものじゃあないのです。
 自分がダメになりきれない、どうしても何処かでこざかしい計算が働いて、保守を図る。
なんとも女々しいシナチク野郎ではありませんか。
 私、そんな思いがありますから、ダメ人間に惹かれるのだと思います。
ダメ人間に、ある種の人の高みを見てしまうのだと思います。
   

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2007年06月12日

崖上の豚

 旅先で、こんな話を聞いたことがあります。

 ある断崖に、豚の大群が押し寄せます。
荒波に飛沫を上げる黒い海。どんよりと灰色に曇る空、横なぶりの強い風。
 すると、一匹の豚が、とととっ、と、群れを飛び出しまして、この恐ろしい断崖から、迷うことなく身を投げます。
ゴウゴウと猛る嵐、その最後の叫びは掻き消され、小さな豚は、ゆっくりと空中を舞うかのように、チャプンと無力に、深い海の底へと消えて行きます。

 全く関係のない話ですが、私、以前テレビで相撲を見ておりまして、この時、音を消してステレオで別の音楽を聴いておりました。
聴いておりましたのが、たまたまバロック調のクラッシックで、これがまた、相撲の映像にぴたりとよく合ったのです。
 ひとつ取り組みが終わりますと、必ずスローのVTRが流れて、解説が入りますね。
あのスローの映像、太った力士たちが、髷を乱してゆっくりと転がって、バロックの調べ。
その、しまったぁ、という表情、飛び散る汗と砂、そして、バロックの調べ。
なんだかとても荘厳なものを見ているような気になりました。

 で、豚のお話。
1匹目が飛び込みますと、続いて2匹目が、とととっ、とまた同じ調子で海に飛び込みます。
3匹目、4匹目、と、これが一体どれくらい繰り返されたことでしょう、ある時突然、その時がやって来ます。
 数万もの大群が、一斉に、ドドドォー、と恐ろしい地鳴りを上げて突進し、その黒い大群は、崖の上からばらばらと、こぼれるように次々その身を投げたのです。

 このお話、いつ何処で誰に聞いたのか、全く覚えておりません。
どんな含蓄のある話なのかも、実はさっぱりと分かりません。
しかし、想い描いた光景が、なんだか不気味で、かつ、土俵を転がる力士のように荘厳な印象を受けましたので、数年経った今でも、時折思い出すことがあります。

 恐らくはこれ、何と呼ぶのか分かりませんが、こんな事象を例えた話なのではないでしょうか。
 ある時に、場所や環境を飛び越えて、同じ思想や行動が、ぽっと蛍の尻に明かりが灯るように、同時に発生する。
 例えば、今のアフリカ辺りに住んでいた原始人が、ある石器を使い始めた時期と、ロシア辺りの原始人が同じ石器を使い始めたその時期が、不思議とぴたりと一致する。
 何処かで何がしかの概念が発生すると、遠く距離を隔てた全く別の場所でも、やはり同じような概念が、ぽっと発生する。
生命の進化の過程に、こういう話、よく出てきますよね。

 つまりは、あちこちで燻っていた小さな火種が、時を同じくして、ある時ぼっと大きな炎となって燃え盛る。
要は、焚き火みたいなものです。
 そう考えますと、なんだか急に不思議でも何でもなくなって、世の中って、大方そんなものだろう、なんて気がしてきます。
 結果だけ見ると、ひどく突飛で何の関連もないようなものでも、実はそのチロチロと燻っている火種の段階では、どんな形でかは分かりませんが、ちゃんと立派な繋がりがある。
 環境問題も然り、河川の水質問題は、まず、山の問題からだといいます。風が吹けば桶屋が儲かる、なんて俗説もあります。人の体、病なんかに例えれば、これ、とても分かりやすい話ですよね。

 しかし、こういう話を聞いて、こういうことを考えるのは、如何にも頭でっかちなようで面白くありませんから、ひとつ別のことを考えてみたいと思います。
 この群れの中に我が身を置いたら、なんてことを考えてみます。

 私、先頭を切って物事を成し遂げる、なんてタイプではありませんから、前と後ろとどっちが好きかと尋ねられれば、迷わず後ろが好きであります。
 ですから当然、この数万の豚の群れの、その後ろのほうにちょこんと参加いたしまして、前も後ろも右も左も、豚だらけ、一体何が何だか分かりません。
 足元さえも覚束ないこの状況で、立ち止まれば踏み潰されてしまうことは必至ですから、ただただ、走り続けるしかありません。これは、周りの豚とて同じことなのです。マスの力というものに、抗うことは出来ないのです。

 しかしこの状況、どう考えてみましても、興奮します。祭りと一緒です。
 数万もの大群が、雄叫びを上げながら猛進する。
何に向かって走っているのか、そんなことはどうでもよいのです。
興奮が興奮を呼んで、走れば走るほどそれが倍加して、いよいよピークに達しましたその時、あっ、と。
それでお仕舞い。興奮の内に死す。

 私、こういう生き方、結構いいんじゃないかなぁ、なんて思います。  

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2007年06月08日

表と裏

 先日、ラジオを聴いておりまして、ちょっと面白い会話を耳にしました。
 猫に関する相談に専門家が答える、といった趣旨の番組でしたが、この専門家、その喋り口調から想像しますと、年は50代くらいでしょうか、とても上品で優しそうな感じの女性でありました。
なんでも何処かの獣医さん、はっきりとは覚えておりませんが、それも猫専門の獣医さんであったように思います。
 この先生の猫を愛して止まぬこと、その懇切丁寧に答える言葉の端々からうかがえます。
「家猫ちゃんはどうのこうの・・」とか、「外猫ちゃんは云々・・」とか、果てはただの野良猫にまで、「野良ちゃんは・・」と、ちゃん付けして呼ぶ溺愛振りです。
 ところが、面白かったのは、進行役の若い女性が、猫の病気か何かにつきまして、犬の場合と比較するとどうなのでしょう、なんて質問をした時です。
先生、急に淡白な口調となりまして、
「あ、犬は、云々・・」
 私、思わずにやりとさせられました。ワンちゃんではなく、犬と呼ぶその上品な先生、私、急に好感をもってしまいました。

 中東を旅していた頃、シリアの首都ダマスカスで、イブラヒムという男と出会いました。
 小太りの、頭の禿げ上がったジョンベルーシー、といった風貌で、生粋のダマスっ子、これが、稀に見る好人物でありました。
 イラク戦争が始まる前の話ですが、中東というのはいつでも火種を抱えておりますから、相変わらず、旅行者は少ない時期でありました。
しかし、物騒なイメージが持たれがちのこの地域、実際に旅してみますと、出会う人間は、素朴で心優しい人ばかりです。
特にシリアなどは、道行く人々がすれ違いざまに、
「Welcome to Syria」
なんて、声を掛けてくることがしょっちゅうでして、その代わりに、やはりちょっと遠い国ですから、日本からやって来た私に、おお、ジャッキーチェン、とか、おお、ブルースリー、なんて、その辺りの区別はとんとついておりません。

 そんな状況で話し掛けられましたのが始まりで、ダマスに滞在した2週間ばかりの間、私、イブラヒムには大変お世話になりました。
 ほとんど毎日のように何処かに連れて行ってもらったり、家に夕食に招かれたり、余談になりますが、イスラムの女性って、自分の家でも、私のような客の前には決してその姿を現しません。
どんな料理でしたか忘れましたが、大変美味しい料理が出まして、これは一体どうやって作ったのだと尋ねますと、イブラヒム、壁に向かって大きな声で、「母さん、これはどうやって作ったの?」
すると壁向こうの台所から、「これこれだよ」なんて返事が返ってくる按配です。
年頃の妹もいるとのことでしたが、やはりその声は聞こえるものの、姿を見ることは一度たりともありませんでした。

 ともかくもこの男、先程書きました通り、大変な好人物でして、年は私よりもいくつか上でありましたが、私のことを決して呼び捨てすることなく、いつでも、ミスター、ミスター、と呼んでおりました。
「Never mind (気にしないよ、大丈夫だよ、の意です)」が口癖でして、明日は何処何処に行かないか、なんて誘って、こちらが少しでもためらうような素振りを見せますと、ネバラマイン、ネバラマイン、両手でバイバイをするような仕草をして、アラブ特有の巻き舌でこれを連発します。
 中東はチャイ(お茶)が盛んな文化でして、チャイ屋で水パイプを吹かして、というのが大人のたしなみのひとつであります。
こうした席では、なんとこのイブラヒム、お茶菓子のピスタチオの殻まで剥いてくれるのです。
綺麗に皮を剥かれたピスタチオが、私の目の前にどんどん並んで、プリーズ、ミスター、私、必死にこれを食べ続けました。
 念のため、彼の名誉のためにも言っておきますと、このイブラヒム、極端に優しいだけでありまして、決して男色の気がある訳ではございません。

 このイブラヒムに連れられまして、私、ある晩何処かの教会へ行きました。
ローマ時代の遺跡が多く残る国ですから、恐らくは、何か由緒のある教会であったのだと思います。
 この時、境内、と言うんでしょうか、教会の中庭で、突然、大きな殿様バッタが私の肩に飛んできました。
 一瞬のことでしたから、私も、ワッ、と驚きまして、反射的にそれを地面に払い落としたのです。
するとこれも一瞬のこと、電光石火の早業で、イブラヒムがバッとこれを踏み潰したではありませんか。
踏み潰して、確かに、じりじりとやっておりました。
 私、普段からあまり殺生はしないタチですから、加えて、あのピスタチオの殻まで剥いてくれる、乙女のような優しさをもったイブラヒムが、まさかこんなことをするなんて、という驚きで、しばし呆然と言葉を失い、彼の顔を見つめるばかりでした。
するとイブラヒム、
「こいつはよくない奴だ。ミスターを驚かせた」
 私、この時ばかりは、この小太りのジョンベルーシーが、なんだか恐ろしいようでした。

 優しさと凶暴さ、猫への愛情と犬への淡白、なんでも構いません。
一見正反する物事って、やはりよく言われますように、表と裏で一体なんですよね。
 裏があるから表がある。禅問答のようなお話ですが、私これを、日々の生活にとても役立てているのです。
 どう役立てているのかと言いますと、私、実は何事にも大変やる気のない人間でして、そのくせ、自分のそういった無気力に、ひどく焦燥を感じたりもいたします。
こういう焦燥を長い時間持ち続けておりますと、これは、精神には無論のこと、体にも深刻な毒となります。
ですから、そんな時はこう考えるようにしております。

 やる気のなさは、つまり、やる気全開に同意。
今日1日を振り返って、何も実のあることをしなかった、これは実に充実した1日に同意。
酒を飲んでぐだぐだとした、これは言わずもがな、牛乳を飲んで溌剌としたに同意。

 ね、便利でしょう。皆さんも是非、お試しを。
   

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2007年06月04日

気詰まりなBAR

 私、お酒が好きであります。
何よりも好きという訳ではありませんが、かなりのものを差し置いて、好きであります。
 酒飲みにも色々あるかと思いますが、私の場合は、だらだらと長い時間飲み続ける、日々このスタイルに一貫しております。
 昼日中でも、喉が渇けばお酒を飲みたくなる。誰も止めろと言う者がおりませんから、ついついビールの栓を抜きまして、そのまま夜半に至ります。
 しかし、昼間の酒は酔うことが目的ではありませんから、赤い顔をしていても、きちんと仕事はこなします。電話などにも丁寧に応対して、これ、誰に迷惑の掛かるものではないと、自身に弁明いたしております。

 似たような話で思い出しましたが、私、今ではそんなことはなくなりましたが、以前は大変朝が弱いタチでした。昼近くまで、下手をすると午後の2時過ぎまで寝ている、なんてことがよくありました。
 家でしている仕事ですから、問題は掛かってくる電話くらいなものでして、しかし、昼頃に電話を掛けてくる相手の状況を考えますと、これは無論、その人は職場から掛けていると想像されます。人間の想像力があくまでも自身の世界観から発するものであるならば、まさかこちらが布団にくるまっていようとは間違っても思うまい、多少声がくぐもっていたって、言うなれば、向こうの想像力を超えた世界であろう、なんて高をくくっておりました。
 事実、電話が鳴り響きますと、私は弾かれたように飛び起きまして、「はい、倭人です」なんて、こともなげに言ってのけていたのです。
 ところがある時、やはり昼頃に電話が鳴りまして、いつものように、あくまでも寝ていませんよ、なんて調子でこれに出ました。
そうしましたら開口一番、「寝ていましたか?」と尋ねられまして、私、ドキッといたしました。
何処のお客さんでしたか忘れましたが、世の中には鋭い人がいるものだなぁ、なんて感心いたしました。
しかし、これに臆してもいられませんから、私、平気を装って、否むしろ、何を言っているんだ失礼な、くらいな気持で、
「いいえ、寝ていません」
 おかしな仕事の会話もあるものですが、これが相手も布団の中でしたら、もっと面白いのですけどね。

 横須賀におりました頃、独り身であったこともありまして、よくバーに通いました。
 旅先では、勝手の分からぬ土地ゆえ、あまり選択の余地もありませんから、例えばチェーンの居酒屋でひとり飲む、なんていうことも、私、全然お構いなしです。
そういうざわざわしたところで、ひとり寂しく塩辛を舐める、これはこれで旅情を感じて、なかなか風情があるものです。
 しかし、勝手知ったる我が庭となれば、何も好き好んで寂しい思いをすることはありません。
やはりひとりで飲むならば、カウンターのあるショットバー、これに限ると思います。
 行きつけのバーで馴染みのバーテンとお喋りをする、これはこれで楽しいことです。
ところが私、何事に関しましても飽き易い性分ですから、ついつい知らない店にも行ってみたくなる。ですから、まあ、2軒目くらいは酔いに任せて大いにうろつきまして、ここは、と心くすぐるネオンがあれば、その重い扉をギイとひと押し、私、あの、知らない店にひとりで入る緊張感って、大好きです。その店が怪しい面構えであればあるほど、堪らないものがあるのです。
これ、ちょっと旅先の感覚に似ております。

 その店は、通りに面したガラス張りの、見た目も新しく比較的入り易い感じのバーでした。
音楽は何が流れていたか記憶にありませんが、入ってすぐの正面がカウンター、その横手にテーブルが5、6席、テーブルには中年の女性がひとり、頬杖を突いてテレビを見ながらお酒を飲んでおりました。カウンターに腰を掛けるとその背後には、ダーツの機械が数台並んでおりまして、初老の男性と20代くらいの青年が、ちょうどゲームをしている最中でした。
 お客はたったそれだけでして、あとはカウンターの中側に、黒いベストを着た若い女の子がひとりいるばかり、私は、しばらくこの子を相手に、カラコロとグラスを数杯傾けたのでした。

 その内に、どうしてここで働いているの?、なんて話になりまして、するとその女の子、ちょっと意外な答えを返したのです。
「ここ、あたしの実家なんです」
 私、バーで女の子とお喋りをして、なんていう時は、日常の感覚というよりも、もうちょっと浮ついた感覚でおりますから、急に実家という現実味のある言葉を聞かされまして、一瞬「えっ?」となりました。
 するとその女の子、間髪入れずに、
「あれが母です」
と、指差しましたその先には、テレビの青い光を背に、例の中年女性がこちらに笑顔を向けているではありませんか。

 物事は、ひと度崩落し始めますと、その勢い、人力に余るというのが常であります。
「これは父です」
と、今度はダーツに興じる初老の男性、どうも、なんてご丁寧に私にお辞儀をしてみせます。
 まさかまさか、と思う間もなく、
「これは兄です」
 兄はダーツを楽しむ手を止めて、ぺこりと一礼、再びその矢を的に向かって放り投げました。

 私、一瞬、何が何だか、狐につままれたかのような気持になりました。
つまりこのバー、家族全員が勢ぞろい、私だけが赤の他人だったのです。
 知っている人のお宅にお邪魔するならいざ知らず、何だか見ず知らずの家庭に上がり込んでしまったような不具合で、そうとも知らずに、私、その娘、その妹と、酔った会話をぺらぺらとして、ああ、みっともない、みんなグルだったのか、と一変に酔いが醒めてしまったのでした。

 グラスになみなみと残ったジンを、くいっと一気に引っ掛けまして、覚えていろよ、なんて言ったか言わぬか、私、早々とその場を立ち去ったのでした。  

Posted by wajin at 14:52Comments(2)TrackBack(0)

2007年06月01日

眉根を寄せて

 何事にも、旬というものがありますね。
例えば、今の季節で言いますと、新ジャガ。
 裏の畑では、只今ジャガイモがゴロゴロとなっておりまして、まあ、自分で仕込んでおいてなんですが、畝を掻き分けてざくざくと掘り出すこの喜び、まるで宝を掘り当てたかのようなときめきを覚えます。
これに加えて、近所の年寄り連中が、やはり袋いっぱいのジャガイモをぶら下げまして、隔日くらいの周期でやってきますから、我が家では、当面主食はジャガイモ、おかずも勿論ジャガイモ、食べるだけではとても間に合いませんので、今度は銀行か何かの認印に、イモ判をつくってみようか、なんてことまで考えております。
 
 ちなみに少し関係ない話をしますと、私がこちらに移ってまいりまして、まず最初に教わりましたのが、もらったものは玄関先に置いておかない、ということでした。
と、言いますのも、この村の老人たち、ほとんどが皆、畑をやっているんですね。
それも、生業ではなくて、あくまでも自分達が口にする程度の規模でやっていますから、特別手間が掛かるようなことはいたしません。そうなりますと、まあ、大体皆が皆、同じ時期に同じようなものを作って、同じものを収穫し、なんてことになる訳です。
 当然、頂くお裾分けも、形の良し悪しはあれ、同じものばかりとなりますから、これを目に付くところに置いておけば、なんだかなあ、と、折角くれてやろうと思った老婆心をくじく結果となってしまうのです。
だから、もらいものは出来るだけ隠しておけ、と、そんなアドバイスでありました。
 これ、同じものしかもらえないという、奇妙な前提の上に成り立った、暮らしの知恵なのであります。

 旅にもやはり、旬というものがあるように思います。
これは当然、人それぞれの好みによりますが、私の場合は、なるべく旅行者の入っていない場所、あるいは時期、これが最も旬で美味しい季節のような気がいたします。
 観光化が進んでいない国というのは、何処かでドンパチやっているか、経済がうまくないか、いずれにしましても政情が不安定な国の場合がほとんどです。
 私も、冒険家ではありませんから、無理してまでも危ない国に行きたいとは思いません。
しかし、ようやく状況が安定し始め、旅行者もチラチラと入り始めて、言うなれば、第2の波ですね、最初に政府や軍関係、ボランティアなんかの人が入って、これが第1の波。その後に、とりあえず飯が食えて泊まれる所があって、交通も、どんなにひどい道だって何とかなる、そんな第2の時期が訪れます。外国人は依然少ない状況ですから、すべてに関しまして、こちらが向こうのしきたりに従わざるを得ない。
こういう時期は、不便な反面、緊張感はありますし、何よりも、ああ、旅しているなぁ、なんて実感が湧いていいのです。

 10数年前に訪れたカンボジアは、まさにそんな旬の国でありました。
クメールルージュ(ゲリラ)の活動もいまだ活発な頃でして、旅行者の行けるエリアもほんの一部に限られていましたが、山火事が消えたばかりのような、むんむんとした、白い蒸気が立ち上るかのような雰囲気がありました。

 首都プノンペンにキャピタルというホテルがありました。
ここは、その頃カンボジアを旅した人間ならば、知らぬ者はいないというくらいに有名な宿でした。
情報の少ない当時のカンボジアにおいて、それでも、キャピタルに行けばどうにかなる、なんて言葉が合言葉のように使われておりました。
 1階が食堂を兼ねていたのですが、事実、このレストランは、朝から晩まで大勢の外国人で賑わって、プノンペンにいる旅行者のほとんどが集まっているのではないか、と思われたほどでした。

 古びたカウンターの片隅には、分厚い情報ノートが何冊も積まれてあり、これらには、カンボジア国内に留まらない、果てはアフリカ辺りの宿の情報まで、驚くほど多岐に渡った旅の情報が、事細かに記されています。
 何処何処に行くには陸路は危ない、先月、何々人が襲撃された、なんて物騒な情報から、市場の何処に行けば何が買える、なんて極めて日用的なもの、かと思えば突然、人生とは、なんて仰々しい論文のようなものが書かれていたり、またそれに対する反論が書き込んであったり。
 この情報ノートというものは、キャピタルに限らず色々な国の色々な宿にあるのですが、暇潰しに読んでみますと、なかなか面白いものなんですよ。

 このキャピタルのレストランに、名物とも呼べるようなボーイがひとりおりました。
これは勿論カンボジア人で、年は30くらいであったかと思います。
非常に陽気な男でして、注文を取るにも食事を運ぶにも、クネクネと、オカマが踊るようなおかしな動きでやって来て、必ず下らない冗談を言っては、それをギャハハと自分で笑う、そんなキャラクターでありましたから、どの国の連中にもとても好かれていて、あちこちのテーブルから、いつでもひっきりなしに声が掛かっておりました。昼下がりの暇な時間などには、よくお客と一緒にカードをしている光景を目にしたものです。
 ドッと何処かのテーブルが沸いたかと思うと、必ずその中心に彼の姿がある、とにかくそんな男でした。

 それがある時、私、煙草を切らしまして、店の裏手にある雑貨屋へと買いに行ったのです。
すると、彼がたまたま休憩中だったようで、ひとりバラックの陰に突っ立って、煙草を吹かしているところでした。
 しかし、その表情が、フゥーッと大きく白い煙を吐き出して、いつもの彼からは想像も出来ない、眉間に深い皺を刻んだ、薮にらみに遠くの一点を見つめるような、まるで別人かと思わせるほどの厳しい顔つきだったのです。
 彼が私に気づいた様子はありませんでしたが、私は何だか、見てはいけないものを見てしまったような気がして、急に胸がドキドキとしたのを覚えております。

 単純に考えれば、彼だって人間ですから、その時たまたま嫌なことがあっただけなのかも知れません。
しかし私は、何故かその深く刻まれた眉間の皺に、人生の深遠というものを垣間見たような気になりまして、その後、いつものようにギャハハと笑う彼の明るさを、素直に笑って返すことが出来なくなってしまったのでした。  

Posted by wajin at 18:25Comments(1)TrackBack(0)