2007年06月25日
大人のドリル
しかし、英語にも色々とありまして、どちらかと言えば、ペラペラと喋る英語よりも、やたらと同じ表現を繰り返す、たどたどしい英語が得意であります。
英語の次に得意なのがタイ語でして、これはやはり、最もよく訪ねている国だからだと思います。
私にとりましてタイという国は、刺激的というよりも、のんびりと過ごすのにちょうどよい国でして、あまり時間のない時などは、変に欲をかいて遠くに行くより、タイの島でひたすら阿呆のように過ごそう、なんて思います。
また、バンコクは格安チケットのメッカでもありますから、アジア方面に出掛けるのであれば、まずはバンコクに入ってチケットを買って、なんてこともよくあります。
私にとっては、東京よりも、むしろバンコクのほうが、身近な都会であるような気がいたします。
ですから私のタイ語、まあ、とりあえず言いたいことは言える、人の言っていることはよく分からない、なんだか大変我儘な人間のようですが、それでも、旅をするには困らない、飲み屋のお姉ちゃんを笑わせるには事足りる、そんなレベルなのであります。
リペというタイの島におりました時、これはひどく酔っ払っていたせいだと思いますが、夜中トイレに起きまして、ちょぼちょぼと用を足しておりますと、小水が便器の水を打つ音が、なんだかタイ語に聞こえてまいりました。
タイ語って、チャとか、チュとか、ポッなんて、ちょっと可愛らしい吃音が多く交じる言語ですから、グルグルと酔っ払った頭では、ぴちょん、ぴちょん、と滴の落ちるその音が、タイ語で何かを話しているように聞こえても、何の不思議はございません。
一体何を言っているんだろう。
私、一変に集中しました。知っている限りのタイ語が、頭の中をビュンビュンと飛び交いました。
もしかしたら、何か大切なメッセージを伝えているのかも知れない、そう思いました。
おいお前、そんなにいつも酔っ払っていてどうする、なんて戒めの言葉かも知れない。そんな風にも考えました。ちなみにタイ語で酔っ払うは、マオレオといいまして、なんだかフラフラとした感じが実にうまく表現されていますね。
とにかく、酔っ払っていたから、自分の小便が何かを言っているように聞こえ、また同時に、酔っ払っていたから、それが何を言っているのかとんと分からなかったのです。
しかし、最後のひと滴が、カップ、と聞こえたことは事実でして、これ、タイの男性が丁寧な言い回しをする時に、語尾に必ずつける言葉であります。
つまりは、私より格下の男、これが何かを言っているのだな、なんてことを考えながら、再びもぞもぞと、蚊帳の中に潜り込んだのでした。
翌朝、酔いが醒めれば、いくら暇な私でも、小便が何を言っていたかなんて考えることはいたしません。
その代わりに考えましたのが、そうだ、大人のドリルというものを作ろう、ということでした。
それは、こういうドリルです。
A君が夜中にトイレに行きました。おしっこをしていると、その、ぴちょん、ぴちょんと水の跳ねる音が、タイ語で何かを言っているように聞こえました。後日、タイの友人に尋ねますと、それはなんと、こんな意味だったのです。さて、どんな意味だったのでしょう。
まあ、トイレの話ですと、ちょっと下品な気持になりますから、代わりに、森の中で聞いた雨音でも構いません。もしくは街中で聞く、信号が青になった時に流れる、あの鳥のさえずりのような音、あれだって構いません。要は、何だっていいのです。
ついでに申し上げますと、その答えも、実は何だっていいわけでして、このドリル、これといった正解があるわけでもございません。
それは、タイの子守歌だった、なんて答えれば、結構なロマンチストです。
お前さん、何処から来たんだい?と聞こえたとなれば、これはなかなか哲学者であります。
以前、旅先で出会った人が、よく金縛りに遭うそうで、これがいつも同じパターンなのだそうです。
最初に銅鑼の音がじゃんじゃんと鳴って、次に、ガヤガヤガヤガヤと人のざわめく声。
これが段々と、耳を塞ぎたくなるくらいに大きくなって、そうしていきなり、ふっと消える。
その消える直前に、どうしてお前は、と聞こえるのだそうです。
どうしてお前は、と言われてもねぇ、なんて、その人笑っておりました。
いずれにしましても、この大人のドリル、考えなくてもよいどうでもいいことを考えて、結果、何のためにもならない、というのがその骨子ですから、まあ、こういった問題をずらずらと並べまして、最近流行りのおまけがメインの本のように、焼酎のボトルでも抱き合わせ、酒屋で売ってもらうというのは如何かなぁ、なんて思います。
これを思いついて大分経ってから、新聞の広告で、ずばり「大人のドリル」という名前の本を見つけました。その中身を確認したわけではありませんが、恐らくはこれ、今時よくある、脳を鍛える云々の本なのだと思います。
私、実際に大人のドリルなんていうものを作ろうとは思っておりませんが、それでも何となく、ああ、やられたなぁ、と思いました。
