2007年05月29日

Chicken or Gyu ?

 皆さんは、飛行機に乗って、自分だけ機内食が配られなかった、そんな経験はおありでしょうか?
私は2度ばかり、あります。
勿論、深夜のフライトで眠っていたから、という訳ではありません。
 私が使う飛行機は、大体が格安チケットですから、確かに、現地を深夜に飛び立って、なんてことも珍しくはありません。
 飛行機に乗り込んで、ようやく狭いシートに落ち着いて、時計を見たら午前2時、どう考えても普通の人がご飯を食べる時間ではないのに、それから1時間もしますと、ゴロゴロと銀色のワゴンが転がって、機内食がやって来ます。
 こんな深夜に、それがサービスとしてまかり通っているのもおかしな気がいたしますが、実際、これを喜ぶ人のほうが多いようでして、みんな、待ってましたとばかりに食事を始めます。
 私、この光景を見るといつでも、貧乏人って嫌だなぁ、と思います。
何を寝ぼけているんだ、俺は飯なんかいらないよ、そう言って、この押し付けがましい非常識なサービスを、突っぱねてやったらどんなに気持ちがいいでしょう。
しかし、現実に突っぱねてやるのはなかなか難しいようでして、どうして難しいかと考えますと、やはり人間、タダには弱い、これに尽きると思うのです。
 機内食って、決してタダではないのですけど、なんとなく、タダな感じがしますよね。
タダなら何でも貰っておこう、腹が減っていなくたって、食わなきゃ損した気持ちになる。
そんな心理が働きまして、実は私も、深夜の機内食、ねむい目を擦りながらも大いに食べるタチであります。

 しかし一方で、先程申し上げましたように、その実は別としましても、私、貧乏臭い振る舞いが嫌いです。
おっ、配り始めたな、なんて、すかさずテーブルをおろして準備する、今か今かとそわそわと待つ、そういうの、私、絶対駄目なのです。
 ねむたくて参ったな、俺はいらないのに、なんて顔をして、眼光鋭く脇目で観察、前の人の順番になった辺りでおもむろにテーブルをおろします。
この時点で、ドリンクは勿論のこと、大抵は2種類ある中から選べる食事も、心の中ではとっくに決まっているのです。
それでも、やれやれ、なんて顔をして、肩をすぼめて見せるのが、私の機内食の貰い方であります。

 ところがその時は、乗務員の方が何でもないような顔をして、すいっ、と私の横を素通りして行ってしまいました。
さては食事を切らして補充に行ったかな、と目で追うも、どうやらそういう訳でもないようです。
後ろの人にはちゃんと配っておりまして、ガチャガチャとフォークの音が鳴り始めた深夜の機内、物事は私をおいてどんどん進行していく様子でありました。
隣は、と、俄かに目の覚めた思いで盗み見ますと、反対側の通路からちゃんと配られているではありませんか。
おお、貧乏人は嫌なものです。もうアルミ箔を剥がして、嬉しそうに何かをつついている。
 こんな時、通りのよい声で、「エクスキューズミー」と声を掛けられたら何の問題もないのですが、私、常日頃から、人に聞き取りづらいと指摘される、もごもごとした喋り口、何度か声を掛けましても、一向気づいてくれる気配がありません。
その内、気がつかなくてもいい近くの席の乗客が、私の置かれた状況に好奇の目を向け始め、私、この時、自分のお膳立てした折角のすまし顔が、機内食になんて如何にも執着のない孤高のエコノミークラス、その偶像の本質が、非情な手段を持って試されていることを理解しました。

 私は、なるべく目立たないように席を立ち、すでに3列くらい後ろに遠のいてしまった乗務員の肩を叩いて、
「私にも、機内食ください」
 こんな惨めな思いを、2度ほど経験しております。

 旅仲間から聞いた話に、機内食にまつわるこんな話があります。
 日本からの飛行機に乗りまして、機内食を配られる際、その人は、白人女性の乗務員に、
「Chicken or Gyu ?」
と尋ねられたそうです。
 ギュウ?ギュウって一体何なんだ、とその人は思いまして、色々考えてみたが分からない、結局無難にチキンを選んだのだそうです。
ところが何ということはない、ギュウとは牛であったことが判明し、しかし、ギュウだけ日本語で言うかねぇ、なんて笑い話でした。
 すると、同じ座にいた別の人が、そういうのなら俺にもある、と話し始めましたのが、やはり日本からの飛行機で、これも同じく外国人の乗務員だったそうです。
その人は、「Continental(洋食) or Macnoach ?」
と尋ねられまして、マックノーチ?マックノーチって何なんだ、何故かその人はコックローチ(ゴキブリ)を頭に思い浮かべたりして、やはり無難にコンチネンタルを選んだのだと言いました。
マックノーチは幕の内、何だか落語のネタのような話でありました。

 私、この話を聞いた時に思いました。
 もしこの人が、ギュウを頼んでいたならば、もしかしたら見たこともない、ギュウという、何かを凝縮したような不思議な塊が食べられたかも知れない。
もし、マックノーチを頼んでいたならば、そうですねぇ、赤くてひげが黄色いゴキブリが出てきたでしょうかね。
いずれにしましても、千載一遇、私なら、チキンなんて頼まないけどなぁ。  

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2007年05月23日

Be here now

 映画「男はつらいよ」にこんなエピソードがありました。
 とらやの面々が、ハワイ旅行に行くことになります。おいちゃんもおばちゃんも、みんな初めての海外旅行ですから、楽しみで仕方ありません。ご近所との世間話にも、ついついこれが自慢まじりに口に上りまして、見ているこちらは何だか嫌な予感がしてまいります。
 案の定、どういう訳でしたか、寅さんのうっかりが原因で、これがおじゃんとなってしまいます。
何しろ散々言いふらした後のことですから、さあ、どうしよう、こんなに恥ずかしいことはありません。
 で、結局どうしたのかといいますと、出発の日、とらや一同は予定通りに店を閉め、カーテンを閉じた暗い家の中、みんなで身を小さくし、息を潜めて過ごしたのです。
 それから後はお決まりでして、「お前のせいだっ」なんて喧嘩が始まり、寅さんも負けずにこれに応酬するものですから、ヒソヒソが一転、ドタバタとした展開に。
 店の中から聞こえてくる物騒な物音に、とらやはてっきりハワイ旅行に出掛けたと疑わないご近所連中が、泥棒でも入ったのではないかと騒ぎ出し、お仕舞いには警察まで駆けつける大騒動。
そこで、ガラリと扉がこじ開けられて、面々の、何ともバツの悪い苦笑い、そんなエピソードであります。

 どうしてこんな話を書きましたかというと、私、自称旅好きではありますが、改めて考えてみますと、旅に出ていたという証拠が今ひとつあいまいであります。
 土産を買ってくるでもなし、土地土地のお箸の袋を集めている訳でもない、たまに写真を撮ったといっても、肝心の自分の姿が写ったものなどは滅多にありません。
 ちょこちょこと、仕事を休みにしては、旅に出ます、なんて言っているが、実は暗い押入れの中で息を潜めて、旅雑誌でも読んでいるのではないか、なんて疑われても仕方がないような気がいたします。
 そもそも、「旅行」と言わずに「旅」なんて、気取った言葉を使うところからして、怪しい。
自分でもそう思うのですが、やはり旅は旅でして、旅行ではないのです、なんてしつこく言えば言うほど、怪しい。

 あんまりこういうことを考えておりますと、その内、自分で自分が疑わしくなってまいります。
 旅から戻ると、ああ、夢を見ていたようだなぁ、なんて、いつでも思います。
さすがに、本当に夢だったのかな、と疑ったことはありませんが、これだって、いざまじめに疑ってみれば、夢ではなかったと言い切る自信もないようです。
 と、言いますのも、私、何事に関しましても非常に忘れっぽいタチでして、実際、以前訪れたことのある町に行きましても、自分が泊まった宿はおろか、その町並みさえも覚えていない、なんてことがしょっちゅうです。
 映画を見ても、本を読んでも、読んだ先から忘れてしまう。しかし、読んだことだけは覚えておりますから、人が集まって何かの時に、そんな話題になりますと、ついつい、ああ、読みましたよ、なんて言ってしまいます。
嘘じゃあありませんから、そう言って悪いこともありませんが、問題は、その内容をほとんど覚えていないことなのです。
読んだと言うくせに、その内容を知らない。ニヤニヤと、先程から相槌ばかり打っている。
相手の連中は、きっと私のことを、嘘つきか、下心のあるお追従と見て取るに違いない、そんな心配がいつでも頭をよぎります。
 人って、何かを成すよりも、成した記憶を大切にする、やはり高等動物なのです。

 悪く考えれば、脳軟化、よく言えば、Be here now。人間、今とここにしか生きられないという訳です。
まあ、それはどちらでも構いませんが、私の旅が、押入れの中の絵空事ではないことを、まずは自身に納得させるためにも、ひとつ、旅の写真を載せてみようかな、と思います。
 私、デジタルカメラを手に入れたのが最近のことですから、当然、こういうところに載せられる写真も最近のものしかありません。
 そういう限られた写真に関係した話となりますと、必然、限られたものとなってしまいますから、この際、話とはあまり関係のない写真を載せてみようかと思います。
 そうなりますと、これまでの話があまり意味を成さないような気もいたしますが、私、別段それを気にする所存もございません。






 

 

   

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2007年05月18日

ダブルのスーツ 後編

 川崎から那智勝浦を経て、高知に向かう船があります。
 私は以前、伊豆に移る前に、四国に移住しようかと考えまして、視察を兼ねて一週間ばかり、あちらをうろついたことがあります。
結局は、不動産を見るでもなく、ただ饂飩を食ったり、蜜柑を食べたり、何の成果もなく帰って来ましたが、元々が何の根拠もない移住計画ですから、別段それでいいのだと思います。
この時やはり、自称海の男の血が騒ぎまして、この川崎発高知行きの船に乗り込んだのでした。

 深夜に出港しまして、朝の6時に勝浦港、昼近くには高知に到着してしまう短い船旅でありました。
 初めての航路となれば、私はいつでもディカプリオを夢見ておりますから、まあ、その分余計にがっかりさせられました。
 韓国船に負けず劣らずのボロ船で、奮発して取った2等和室は、畳4畳の穴倉のような暗い部屋、
こんなところにいたらまずやられてしまう、と思いました。こういうマイナス思考が何よりもいけないんですね。
結局私は、そのほとんどの時間を、ロビーや甲板で過ごす破目となりました。
 乗り合わせた乗客も数えるほどで、これでよく成り立つものだなぁと、要らぬ心配をいたしましたが、もっとも、川崎港の煤けた景色を思い出せば、この船、貨物輸送が主な役目なのかも知れません。

 夕食は時間が決まっておりまして、何ともお粗末なビュッフェスタイルでありました。
 背もたれの壊れた硬い椅子、シミのついたテーブルクロス、ミートボールに餃子といった、どうにもちぐはぐな取り合わせ。そのどれもこれもが、ひどくどぎつい味付けで、ほとんど食が進まなかったことを覚えております。
 ところが、私のすぐ近くで食事をする青年、年の頃二十代、どういう事情があってか分かりませんが、小さな体にひどく不釣合いなダブルのスーツをヨレヨレと着て、これがまた、むしゃむしゃと、余程腹が減っていたのでしょうか、見ているこちらが気持ち良くなるような食べっぷりでありました。
 乗客が少ないものですから、この青年、便所に行っても風呂に行っても、とにかくあちらこちらでよく出会います。いつでも必ずダブルのスーツ姿で、私を含めた他の乗客、それからこの船のくたびれた雰囲気、その中でひとり異質な光を放っておりました。遠くに彼の姿を見かけると、ひょこひょこと、まるでスーツが歩いているようでした。

 たいして具合が悪くなることもなく、船はほぼ定刻通りに、高知の港に着きました。
 ガラーンとした、ベンチと自動販売機の他には何もない、寂しいターミナルでした。
迎えのないのは私ばかりで、下船した人々は早々と姿を消して、私はひとりぽつねんと、呼んでもらったタクシーを待ち続けました。
 この時、例のダブルの青年が、やはり迎えの車に乗り込む姿を目にいたしました。
迎えに来ていたのは、青年より年下の、ちょっと悪びた格好をした、弟分、といった感じの男の子でした。
「兄貴ィ」と言ったかどうかは分かりません。青年が手にした鞄で彼の頭を小突いたり、それは如何にも親密な、久し振りの再会といった様子に眺められました。
 私は何しろ暇なものですから、これを見て、ははあ、とひとり勝手に合点したのでした。

 恐らく青年は、久し振りの帰郷なのだと思います。
それももしかしたら、東京に出て、初めての帰郷なのかも知れません。
都会の暮らしをダブルのスーツで着飾って、その姿は、船の中で見た時よりも、大いに溌剌と、胸さえ張っているように見えました。
またそれを、憧れのまなざしをもって見上げる弟分の純朴さ。ふたりの笑い声。

 バタンとドアが閉じられて、青年の車が砂埃を上げて走り去ると、辺りは急に静かになったようでした。
 私はぼんやりと、人の暮らしっていいものだな、と思いました。  

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2007年05月18日

ダブルのスーツ 前編

 私、旅行と言えばもっぱら貧乏旅行であります。
その一方で、昔から、豪華客船に乗ってみたいなぁ、なんて夢も秘かに抱いております。
ディカプリオのように黒のタキシードをバシッと決めて、美味しいお酒、楽しいショウ、人参くらいの太さのある葉巻をブカブカと燻らせまして、そうですねぇ、半年くらいはそんな暮らしがしてみたいものです。
 ですから、乗り物酔い、こと船に関しましては散々苦い思い出がありながら、そこに航路がある限り、どうしても船に乗らずにはいられない、そんな登山家のような厄介な嗜好が、私にはあります。

 先年、韓国に出掛けました折にも、わざわざ広島まで足を延ばしまして、船中一泊、霧雨に煙る釜山の港に着岸の汽笛の音を聞きました。
 初日は内海を走りますから、たいして揺れることはありません。しかし、2日目、海峡を渡る際には、その小さな、錆だらけのポンコツ船は、(なんでも、日本の国内航路で使われていた船の払い下げだそうです。私の乗った前年には、いったん廃航に追い込まれたという赤字船です)これでもかと言わんばかりに、大いに揺れました。
 案の定、ひどい船酔いに悩まされまして、これがどんどん調子に乗ってあまりにも際限ないものですから、とうとう私は船員に、医者を呼んでくれ、と頼みました。
そうしましたら、このポンコツ船、医者なんか乗っていないんですね。
船には船医というものが必ず乗っているような気がしておりましたが、一体何処で刷り込まれたのでしょう、これは全くの妄想であることを知りました。

 「これをお飲みなさい」
と、目の前に突き出されたおかしな赤い物体は、ぼやけた視界、ちょうど切り取られたへその緒のように見えました。
これは一体なんなのだ、と尋ねますと、
「韓国では、赤ん坊が危ない時によく飲みます」
と、妙なイントネーションの日本語が返ってきます。
この船、韓国籍の船でして、乗員も皆、韓国人なんですね。
 赤ん坊?危ない時?
 その時の私は、顔面蒼白、戻しても戻しても尚、一向吐き気が治まらない、その内に四肢までが、ビクリ、ビクリ、と痙攣し始めまして、確かに危ない状況であったのかも知れません。
しかし、腐っても鯛、どんなに打ち負かされたって、自分が赤ん坊でないことくらいは分かります。
ですから、大人のプライドで、頑としてこの薬、飲む訳にはいかぬ、と撥ねつけてやりました。
なんて、ただ気味が悪くて飲めなかっただけなんですけどね。

 そうして、ほうほうの体で辿り着きました釜山では、相変わらず汚い安宿に身を落ち着けまして、毎日ズルズルと冷麺をすする日々、しかしこの旅行、普通にソウルに飛行機で飛んで、パックになった三ツ星あたりのホテルに泊まって、などというよりは、よっぽど高くついたんですよ。
 つまり、高い金を払って貧しい思いをする。
私の旅、すでにこのおかしな領域にまで達してきているのです。  

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2007年05月12日

西伊豆町消防団

 てるてる坊主を、逆さまに吊らすと雨が降る、なんていいますね。
 子供の頃は、雨を願うような屈折した気持ちはなかった気がいたしますが、やはり歳を重ねたせいでしょうか、よそとの面倒な関わりに、こうした陰鬱な願いが湧くことも珍しくはなくなりました。
 そこで本日、久し振りに、てるてる坊主を作りました。
行楽を予定されている方には大変恐縮ですが、それは勿論、逆さ吊りであります。

 この4月に、私、消防団に入団いたしました。
これは何も、焚き火好きが高じて本物の火事が見たくなったから、などという不謹慎な理由からではありません。
やむなく、と言うのが正しい状況でして、と言いますのも、昨秋移ってまいりました私の村は、世帯数40ばかりの小さな集落でして、なんと、その8割近くが70歳以上という、正に過疎化・高齢化といった問題を縮図にしたかのような村であります。
60にもなろうかという腹の出た立派な親父が、若い衆、若い衆、と呼ばれております。
こんな環境でありますから、私、この村では赤ん坊同然の最年少、同時に自他共に認める期待の星なのであります。
 こういう状況で、ひとつ消防団に入ってくれや、と頼まれましたら、そう滅多な人間は断れるものではありません。私も、やむなく首を縦に振りまして、先日、新入団員訓練というのに参加してまいりました。

 新入団員に、まず何を教えるか。
私、紛れもなく新入団員でありながら、消防団幹部のような気持ちでこれを考えました。
 普通に考えれば、これは消防の心得、ですよね。
何といっても火事を消すための集団なのですから、実際、火事に直面した際の心得、一歩進んで、消火の手順、ポンプの使い方、こんなところが妥当であると考えました。
 ところが、夜の7時に始まりました訓練は、延々、2時間もの間、右向け右、左向け左、回れ右、と、終始、中学生の運動会の練習のようなものに尽きたのです。
 しかし、だからといって馬鹿にも出来ません。
こんなことをして何になるんだろう、これでは今火事が起こっても、回れ右、しか出来ないではないか、なんて小首をかしげておりますと、「おいっ、お前っ、首が曲がっているぞっ!」と、すかさず怖い顔で一喝されます。
そもそもこの怖い顔で一喝する指導員が、私とさして変わらぬ歳と見えるのですから、まったく面白い訳がありません。
 この訓練、西伊豆町全体の合同訓練でして、我が集落に関して言えば、新入団員は私だけなのですが、山を降りた麓の町には、結構な数の若者がいるんです。元々地元の子達ばかりですから、はたち前後の、確かにこれは名実共に新入団員であります。これに交じって、いい年をしたヒゲ面が、右向け右、左向け左、何とも情けないような気持ちで延々これを繰り返したのでした。

 私の隣のちょっと太った青年は、恐らくこういう緊張に弱いタチなのでしょう、「右向けぇー、右っ!」と、号令が掛かりますと、どうしても、キュッとその場で内股になってしまいます。左の足は正しく右を向いているのですが、右の足が反対に、左を向こうとしてしまうのです。
指導員が怒鳴ってこれを矯正しますと、まぁ、こういうのは分かりきった逆効果というものです、彼は益々緊張してしまい、「右向けぇー、右っ!」、キュッ、内股。
 私、笑いを堪えるのに必死でした。

 こういう訓練が、勿論、統率を重んじるためであることは分かります。
集団行動に慣れていないものですから、殊更、敏感に感じてしまうだけなのかも知れません。
 しかし、少しどうかな、と思いますのは、こと集団となりますと、この例に限りません、どうしてもマイナスありきの発想で、その場が支配されているような気がするのです。
 統率なんていうものは、個々がしっかりしておれば、いざ火事を目の前にしても、おのずと取れるはずのものであります。ところが、いざという時に、あたふたした人間が出ては困る、という前提でものを考えるものですから、我々みたいのが、こうした馬鹿げた訓練をする破目となる訳です。
 キョウツケッ、はズボンのステッチに中指を合わせて、なんて。

 「マニュアル」、なんていうのも、これと同じ発想ですよね。
私、あるファミリーレストランで、ウェイトレスが子供に向かって、「お煙草はお吸いになりますか?」と尋ねているのを目にしたことがあります。これ本当の話ですよ。
 まあ、郷に入らば郷に従え。あまり言うのもみっともないですね。

 という訳で、明日は自衛隊との合同訓練です。
天気予報によりますと、伊豆地方は気持ちのよい晴れ。
あの太った青年が来てくれることをささやかな楽しみに、今夜は早寝したいと思います。  

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2007年05月10日

倒錯の Needy World

 バックパックを背負って旅する者が、必ずしもバックパッカーであるとは限りません。
それは、男子便所を使う者が、必ずしもジェントルマンではないのと同じ道理です。
 バックパッカー。日本語ではよく、貧乏旅行者なんて言葉が使われますね。
その貧乏な世界は、いささか特殊な世界でありまして、そこには独自の、不思議な価値観が存在します。
今日は、その辺りの話をしてみたいと思います。

 15の頃からひとり旅を始めまして、はたちの時、初めてその目が海外に向きました。
 図らずも成人の日、私は横浜の港から、上海行きの船に乗り込みました。
あまりの緊張から、大部屋の相客にはろくな挨拶も出来ず、ひとり早々と毛布にくるまりまして、ボーウ、ボーウと、出港の汽笛の音、夢に聞いたかうつつに聞いたか、今となっては思い出すことも出来ません。
 一年ばかりの旅を終え、帰国して後、
「どうしてお前は甲板に姿を現さないのだ。あれから皆で、最後まで待っていたのに」
と、見送ってくれた人々に、散々言われたことを覚えております。

 はたちの頃のことですから、出会う旅行者は皆、年上の人ばかりでした。おまけに、何もかもが初めてのことばかりです。私はもう、スポンジのような吸収力で、あっと言う間に彼らに感化されてしまいました。
この、彼らというのが、何はさておき生粋の、「バックパッカー」だったのです。

 その汚い身なりは、穴の開いた服なんて当たり前です。よく分からぬボロのような襟巻きをして、何しろ貧乏が売りですから、汚ければ汚いほどよい訳です。
 年季の入ったバックパックに収まる荷物は、勿論必要最小限。髪はボウボウ、髭はモジャモジャ、これでヨーロッパからアジアを渡り歩いて早2年、なんて聞かされましたら、それはもう、イチコロです。
カッコイイなぁ、と素直に思いました。

 しかし、この状態がカッコイイとなりますと、反対に、綺麗な身なり、まあ、日本の街中を歩くような普通の身なりで十分です、これがひどくカッコワルイ理屈となってまいります。
物をたくさん持っている。これも非常にカッコワルイ。
 この原理は、すべてに応用されまして、例えば、ある町からある町へと移動するといたします。
その手段に、飛行機などを思いつこうものなら、これは末代までの恥。列車で行くにしましても、寝台や2等を使うようでは、まだまだ鼻を垂らしたひよっ子です。やはりこの世界、硬い木の椅子の、3等シートでなくっちゃあいけません。私もこれにならいまして、40時間や50時間の拷問のようなつらい移動を、幾度か経験しております。
 それから、病気をした、なんていうのも、たいそうな殊勲となります。
俺は肝炎をやった、とか、私は腸チフスにかかった、とか、その手の話は大変な敬意をもって迎えられます。
ちなみに私は、赤痢とマラリアをやっております。

 要は、倒錯した世界なんですね。つらい、しんどい、に大変な価値が生まれる世界です。
今の時代の先進国に生まれたならば、これはすなわち、非日常の世界です。旅に非日常を求めるのは自然な欲求ですから、まあ、多少行き過ぎているような気もいたしますが、これはこれで良いのだと思います。
 私はすぐに疲れちゃいましたけど。

 しかし、こうした世界にいる人々に、往々見られる悪い傾向があります。
それは、アンチ。
 好きで始めた貧乏が、いつの間にか、アンチ金持ち、アンチ文明、にすり替わっちゃう、なんてケースがよくあります。ツアーなんかは旅とは呼べない、なんてことを平気で言う人、結構いるんですよ。

 そこでひと言。この懐かしき倒錯した世界の住人へ。
 六本木ヒルズでシャンパンを傾けて、インドの食堂で蝿を払いながら飯を食う。
人間、これくらいの幅がなければ損ですよ。

 なんて、実は私が、かくありたいと思うのでした。  

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2007年05月06日

アンドゥスタン?

 私は、長い移動が苦手です。
旅が好きと謳う割には、乗り物酔いはしょっちゅうですし、また、ストレスがすぐに胃腸にくるタチでもあります。
これは、自律神経がどうのこうのという問題ではなく、恐らく、人それぞれ、対応できる変化の速度というものがあるのだと思います。私の場合、駆け足ないし自転車くらいのスピードがマックスでしょうか。
 ですから必然、私の旅は随分と小刻みな、そして、必要以上にひとつの場所に長居するものがほとんどであります。

 ラオスのとある町での話です。
 山あいの、これといって見るべき所もない小さな町でしたが、ガタガタと揺れる山道に耐えかねまして、例の如く、私は急遽バスを降りました。
 経験上、どんなに小さな町でも、その日に泊まる宿がない、という心配はまず要りません。
必ず土地の商人や、トラックの運ちゃんなどが利用する、いわゆる商人宿というものが街道筋にはあるものです。
 その時腰を落ち着けましたのも、乳呑み児をもつ若い夫婦が経営する、まさにその手の宿でした。

 泊り客は他になく、やはり外国人が珍しかったのでしょう、入れ替わり立ち代わり何者かが現れては、分からぬラオ語で分からぬことを言っておりました。
 その中のひとりに、宿の主の弟というのがありました。
これは、年の頃中学生くらい、ちょうど習いたての英語を使いたくてウズウズしていたのでしょう。
学校から戻ると、毎日のように私の部屋にやって来ては、何をするでもない、窓の外が暗くなるまでウズウズウズウズとしておりました。
 彼の話す英語は、ほんの僅かな単語ばかりでして、その時一体どんな会話をしたのか、今となってはさっぱりと思い出すことが出来ません。しかし、ひとつだけ、印象に残った言葉がありました。
 それは、私の言ったことが分からない時に使う言葉でして、まあ、分からないことがほとんどですから、つまりは彼がしょっちゅう口にしていた言葉です。
 
「アンドゥスタン?」
 
これは、勿論正しい英語の使い方ではありません。けれども、分からなくてもう一度尋ねる時は、決まって、

「アンドゥスタン?」

 面白いことに、これを何度も聞いております内に、彼のぼそぼそと発音する「アンドゥスタン?」が、私には日本語の「なんですかぁ?」と聞こえてくるようになりました。イントネーションも同じようですし、意味に至っては完全に一致しているという訳です。

 私がここで書きたいのは、言葉など通じなくとも会話は心で出来る、なんて熱い思いではありません。
そういうものは、出来ない時には出来ないものです。
そうではなくて、こういう奇妙な符合について一考したいのです。
 まるで異なる解釈が、その本質で一致する。
表現する立場から言えば、これは有難いことに違いありませんね。しかし、むしろ肝心なのは、自分が受け手に回った時だと思うのです。これは何も、人対人ばかりの話ではありません。
世の中に転がる多くの本質を見逃さないためには、ありきたりの解釈よりも、むしろ大きな勘違いが必要な時もあるのではないでしょうか。
 やはり、人それぞれのやり方が、あっていいのだと思います。  

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2007年05月02日

ごあいさつ

 はじめまして。工房倭人です。
 以前、宅配便の人が、「くぼうやまとさんですか?」なんて驚く読み方をしたことがありましたが、この人、どうしても人の名前と信じて疑わなかったのでしょうねぇ。何事も信じることは異様なパワーを産むものです。
しかし、反面、これは大いに危険です。何の邪念もなければ、普通は「こうぼう」と読みますよ。
 それからよく間違えられますのが、「こうぼういじん」。これは恐らく、倭の字のつくりの方でそう読んでしまうのでしょうが、「いじん」では意味が全く逆さまです。何だか黒船に乗ってズンズンと現れるようなイメージです。
 正確には、「こうぼうわじん」と申します。以後どうぞお見知りおきを。和柄のTシャツを作っております。
ちなみに、工房と申しましても私の他には誰もおりません。

 さてこの度、久米繊維様にこちらのブログのお話を頂きまして、久米繊維様にはいつも色々とお声を掛けて頂いて、改めてこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。
 しかし、お話を頂いたのはよいのですが、普段からネットやブログといったものにはあまり縁のない生活をしているものですから、一体、何をどう書いたらよいのか分かりません。そこで、旅の話などは如何ですか、というご提案まで頂きまして、ところが、その辺は私も根が捻くれております。これを丸呑みするようでは面白くも何ともない。ひとつ目を剥くようなブログを書いてやろう、と夜な夜な考えました。しかし、何事も夢中になり過ぎるのはいけないようでして、お終いには、あらぬ方向に考えが飛び交い、何やら危険な雰囲気まで漂ってまいりました。
危うく「くぼうやまと」となるところでした。

 私、旅の話などを書いてみたいと思います。
 以後、どうぞ宜しくお願い致します。   

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