2008年06月30日

紀伊半島

 伊勢うどんって、ご存知でしょうか。
ふっくらとしたモチモチの極太うどんに、独特の黒い濃厚なタレ。
葱を刻んで卵を落として、それだけでも十分クセになる美味しさです。
 これを本場で存分に味わいたい、そう思っておりましたら、なんとなく、日々の生活にシグナルが
現れ始めました。

 何の気なしに雑誌をめくっておりますと、「特集・紀伊半島」。
おお、と思って眉根を寄せると、途端電話が鳴りまして、これが先日、ある人にウナギの寿司を送ったお礼の電話でした。
 「三重に行かれていたのですか?」
カタログで、産地も知らずに頼んだ物が、なんと三重のものでした。
更にこの時、自宅用に一緒に頼んだみかんジュースが、よく見れば、和歌山のものでありました。
 むむむ、もしかして。
と、新たに強く意識して、テレビをつければドンぴしゃり、お伊勢参りの旅番組。
 これはもう、どうしても呼ばれている。行くしかない、となりました。

 こういうシグナルというものは、まあ、こじつけのようなものですから、意味を成さない場合には、
まるで意味を成しません。
 しかし、世の中は広大無辺のようでいて、そのそれぞれが、複雑に絡み合って成り立ちますから、
思いも寄らぬ遠い世界の末端が、実は自分の身近に転がっていた、なんてことも決して珍しいことではありません。
 要は、そういうものをいちいち拾って、意味を与える、そんな気分であるかないかの問題でして、
私まさに、最近そんな気分なのであります。

 で、実はあんまり知らなかった紀伊半島、数年前に一度訪ねたことはあるものの、この時は友人の家を訪ねたばかりで、何を見て何を食べたということもありません。
 唯一連れて行ってもらった名所といえば、那智の瀧くらいなものでして、あとはこの友人の綿密な
プランのもと、5月の寒空の下、パンツ一丁で泳がされたり、焼酎の空ボトルに何本も持ち帰った海水を、ぐつぐつと丸一日火にかけて、大量の塩を作らされたりした数日間でした。

 そこで、改めて調べてみますと、紀伊半島、なんだかとても良さそうです。
伊勢神宮は勿論のこと、高野山、熊野古道、ちょっと私の好きそうな、土地の持つパワーといったものを感じます。加えて美味しい食べ物も多い様子で、写真をペラペラと眺めるうちに、私、伊勢うどんのことなんか、すっかり頭からなくなってしまいました。
 よし、行くぞ。
来月辺り、1週間ばかり行ってこようと思います。

 赤ん坊が出来てから、旅行らしい旅行をしておりませんでしたが、とりあえず、先日箱根に行きまして、大丈夫そうだなぁ、なんて成果を得ましたので、そうなれば、夢は膨らむ一方です。
 年内には、九州まで足を伸ばすぞ。
これ、出来れば車で行きたいなぁと思います。車の方が、なんとなく、楽しそうではないですか。
 九州まで、えっちらおっちら、4日くらいかけまして、すると行き帰りで8日間、となれば、3週間くらいは欲しいですね。
 日本の場合は高くつきますから、テントや車、民宿なんかを大いに利用して、最近は、海外に出ても昔と違って金に余裕がありますから、久し振りの貧乏旅行、いいんじゃないかなぁ。

 モチモチうどんが信仰の地に繋がって、やがてそれが、自分の原点を思い起こさせる。
何事も、それらしく言えば、それらしく聞こえるものです。
 

 


 


   

Posted by wajin at 11:27Comments(0)TrackBack(0)

2008年06月23日

箱根のフレンチ

 折角箱根に行って、おかしなおじさんの話だけではなんですから、ちょっと違うお話。

 2日目の宿は、座敷でフレンチを食べさせる、という宿でした。
 私、フレンチが食べたいというよりも、何処へ行っても刺身や天婦羅、これに飽き飽きとしておりましたから、結構楽しみにしておりました。
 住宅地に佇む小さな宿で、聞けば、どこぞの会社の保養所を改装したものだそうです。
夕方、近所を散歩してみますと、まるでお城のような豪邸が建ち並び、確かに会社の保養所も、
点々と目に留まります。大変、お金持ちなエリアです。

 一体どれくらいの金があったら、こういう家を建てられるのだろう、と考えました。
家を建てるのに掛かる費用だけでは勿論駄目です。
それくらいの金を使っても、ビクともしない金がなければ困ります。
 10億や20億。
あるところにはあるのだなぁ、と、暮れる夕空を眺めながら思いました。

 で、肝心のフレンチ。
 フレンチと知って予約を取り、そうして膳の前にあぐらをかいてビールを飲み、さて、と言うのもなんですが、フレンチって、どうですか。
ああやってちょこちょこと出されては、なんだか食べた気がいたしません。
それに部屋食ですから、しょっちゅう仲居さんがやって来ては、あれやこれやと料理の説明をいたします。迂闊に持ち込んだウイスキーを飲むことも出来ません。

 いえ、この形式こそ、フレンチなのです。
そう言うでしょうか。
それとも、お客様に、たまにはごゆっくりとお食事を召し上がって頂きたいのです。
と言うでしょうか。
 そういえば、部屋のテレビも驚くくらいに小さくて、これはテレビなんか見ないで、鳥のさえずりにでも耳を傾けなさい、そういうことなのかな、なんて思わせました。

 朝食もやっぱり同じようでして、ひとつの皿を食べないと、次を出してくれません。
一体次が、どれだけあるのか分かりませんから、なんだか腹分量もうまくいかない、
食べたくないから残しているのに、先程からボーイはまだかなぁ、なんて顔をしている、
とにかく面倒臭いなぁ、なんて、思いました。

 しかし、これ、私がせっかちなだけなのだと思います。
多分こういうことが好きな人は、結構いるのだと思います。
 ですからこの宿、家族向けではありませんが、女性同士の旅なんかには、向いているのではないでしょうか。

 で、もうひとつ。
仮にこの宿のフレンチが、例えば、有名な五つ星のレストランのシェフが作っていたら、私、感動していたでしょうか。
普段フレンチを食べ慣れない、そうして実際に食べてみても、何だかんだと文句を言っている私が、
やっぱり感動したでしょうか。

 極めたもの、というのは、多くの人に受け入れられる。
興味の垣根を飛び越えて、良いものは良い。訴えるものは訴える。
そうですよね。
 しかし、それは理想であって、本当は、そうではないのかも知れません。
事実、先日のフレンチだって、何処かのホテルでチーフだったというシェフが、随分と手間の掛かった料理を出し、味もまあまあ、まずくはなかったのですが、私には、残念ながらそのチーフの手間が邪魔と思えてなりませんでした。
 伊勢海老は、刺身で出して欲しかった。
 醤油で食えば、もっと美味しいのに。
 
この垣根、一流のシェフなら越せるでしょうか。

 越して欲しいと思いますね。
好きな人は好き、だけでは、つまらないですものね。  

Posted by wajin at 20:42Comments(0)TrackBack(0)

2008年06月20日

箱根のおじさん

 箱根に行っておりました。

 平日とはいえ、さすがは箱根、結構な賑わいでした。
特に湯本の駅前は、古くからの箱根の入り口、歴史ある温泉街と眺められました。
あれで車が少なければもっと良いのですが、実は私も、車で行ったのでした。

 やることがありませんから、うろうろと、色々なところに行きました。
 元来が時間潰しですから、何処に行き何をしようと、実は頓着がありません。
それでも、ある場所であるものを見て、あるものを食べたりするということは、家にいるよりも
よほど楽しいことなのです。

 赤ん坊を連れておりましたから、色々な人に声を掛けられました。
声を掛けてくる人は、当然、赤ん坊が好きな訳ですから、おしなべて好人物です。
 「かわいいねぇ」と言われれば、「そうでしょう」と答えます。ひとつも悪い気分はいたしません。
 
 「ひとさらいに気をつけて」
スーパーで出会ったおばさんは、そんなことを言いました。
 何でもない会話の中にも、人の暮らしって、垣間見えるものです。
このおばさんは、少し寂しげな人と目に映りました。

 静岡から箱根に入る入口に、小さな道の駅がありまして、さすがにグネグネと登って来ただけありまして、車を降りて、ヒュウと横切る冷たい風、半袖ではちょっと肌寒いようでした。
 一望する芦ノ湖の見晴らしも、一面のモヤに白い煙幕を眺めるようで、小さな食堂と小さな売店に
これといった用事もありませんから、自動販売機でお茶を買い、車に戻るその途中、駐車場である
おじさんに話し掛けられました。

 60代と見られる、白髪のおじさんです。
私の妻に、「赤ん坊の前でご主人の悪口を言っちゃ駄目だよ」と言います。
 「私はね、女房が赤ん坊の前であんまり私の悪口を言うものから、この間ね、とうとう白衣を着た
男が3人家に現れて、何をするのかと思ったら、いきなり拘束されて、精神病院に入れられちゃった」
 「今も裁判で争っていてね。何もかも、みんな持っていかれちゃった」
とも、言います。

 パッと見て、至って普通のおじさんです。
おしゃべりが好きそうな、人の良さそうなおじさんです。
 しかし、言っていることはまるでトンチンカンでして、私は、このおじさんが何を言っているのか、
終ぞ理解できませんでした。

 女房が子供の前で旦那を馬鹿にする。だから子供も父親を馬鹿にするようになる。
分からない話ではありませんが、「白衣の男」、「精神病院」、「裁判」となると、ちょっと尋常ではありません。このおじさん、車で旅して暮らしていると言っておりましたが、本当でしょうか?

 すべてがおじさんの妄想なのか、ひょっとしたら私が騙されているだけなのか、とにかく、とても優しそうなおじさんでした。袖触れ合うも他生の縁。どうぞ、お達者で。


 


 



 



   

Posted by wajin at 21:42Comments(0)TrackBack(0)

2008年06月06日

再び屋根裏 2

 好奇心とは、さほど旺盛なものではない、というお話です。
 例えば、蕎麦にこだわる人にも、蕎麦本来の香りやのどごしが好きな人、実はおつゆが好きな人、
蕎麦ではなくて、蕎麦屋の女将が好きな人、これはもう、挙げればキリがありません。

 おつゆの世界を辿って行けば、当然、醤油の世界に繋がるでしょうし、
醤油の世界は、大豆の世界、畑の世界へと繋がるでしょう。
 一方で、ダシの方へと興味が湧けば、これはきっと、海へと辿り着くでしょう。

 夏の蕎麦屋で、扇風機が回っていて、ビールを飲みながら、ユラユラと、天井の明かりを映す黒いつゆ。その背景には、広い、大海原が広がります。

 とまあ、やったらキリがありませんから、
普通はあんまり、あれもこれもほじくり回して、覗き込んだりはしないですよね。
 知らないものは知らない。興味のないものに関心は持たない。
 世界の深遠に、はまり込んだら大変です。

 以前、私の知り合いに、こんな人がおりました。
ある山で暮らす絵描きさんですが、この人、大変真面目な人です。
物事の突き詰めようが、尋常ではありません。

 ある日、自分の使っている絵の具のことが気になりだしたそうです。
これは一体、何から出来ているのだろう、と。
そこで実際、自分で絵の具を作ってみて、一応は納得いたしまして、さて、今度はキャンパスが気になるのだそうです。
 これは何だろう? と。
 すると絵筆も気になってきて、絵筆がメガネ、メガネがヤスキヨ、と、道はどんどん続きます。
 表現とは何だろう、物を作るとは、どういうことだろう。
 ところで僕は、誰だろう?
実に怪しくなってまいりました。

 その内に、この人、縄文土器を作り始めてしまいました。
 随分と遡ったなぁ。
私、この人のことを、なんとなく尊敬いたしました。
 しかし、それ以上に感心させられたのは、やはりいずれの道にも先人があるということでした。
縄文土器の世界にも、第一人者と呼ばれる人がいるそうでして、この絵描きさん、その人に師事したのだ、と言っておりました。
 絵描きさん、心なしか胸を張るようでした。

 
   

Posted by wajin at 20:33Comments(0)TrackBack(0)

2008年06月03日

再び屋根裏 1

 最近また、屋根裏ばかりをいじくっております。
梅雨が始まったかのかと思わせる、連日の雨。
屋根裏の小窓から覗く青笹が、しんなりと、とてもきれいです。

 勢いに任せてやらないと、途中で挫折して、後がなかなか進まない。
そんなことって、よくありますね。
 始めれば、終わる。
そう信じて、以前は、やりたくないことでもとにかく始めてしまえば終わる、
ですから私、始めた途端に、「終わったぁ」と思うことにしておりましたが、最近、そうもいきません。
頓挫というものを覚えてしまいました。
何事も、中途で止めてばかりおります。

 しかし、好奇心というものは、大概、旺盛ではないものです。
 すべてのものには、当然、それぞれの奥深い世界というものがありまして、つまり好奇の対象は、
数限りなくあるはずですが、そんなに色々な事に、興味って湧きませんよね。

 例えば、蕎麦の世界。これは結構、混み合っておりますね。

 以前見たテレビの番組。
有名な蕎麦の評論家が、長野か何処かの、蕎麦打ち名人の店に蕎麦を食いに行きます。
 撮影のため貸切ったと思われるガランとした店の中で、この評論家、ズズズッーと、確かに威勢の良い音を立て、とても旨そうに蕎麦を啜ります。
蕎麦を知り尽くした熟年の錬味、そんなものを感じさせます。
 レポーターが、どうですか? と尋ねますと、箸を置き、茶を啜り、コホンとひとつ咳をしてから、
「いい腕です。あっぱれ」
なんて、言いました。

 一方で、蕎麦を打った方の名人。これも、この界隈では名の知れた人物です。
ですから今日は、改めて言うまでもなく、名人同士の「ぶつかり合い」です。
 で、この名人。
厨房の入り口から半身を乗り出し、相手の様子を探ったりして、随分と弱気です。
 裏で煙草でも吸って、ついでに紹興酒でも舐めたりしてればよさそうなものですが、きっと評論家の方が格が上なのだと思います。言ってみれば、固唾を呑んで見守っている、そんな風でした。
 こちらにも、やはりレポーターがおりまして、どうですか、今の心境は?とマイクが向けられました。
するとこの格下名人、
「さすがです。蕎麦を啜る音が違います」と、言いました。

 これ、なんだかピントのずれた褒め方だと思うのですが、どうでしょうか。
それともこの世界、これで良いのでしょうか。
確かに蕎麦を啜る音って、格好良くやりたいなぁ、と、私も常々思います。

 蕎麦を啜る音でその人物が分かる。
何事の世界も、奥が深くて難しいものだなぁ、と思いました。  

Posted by wajin at 15:41Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月30日

ラリーの思い出

 ラリーの続かないバドミントンって、つまらないものですよね。
やっている当人が下手糞ならば、これは仕方がありませんが、そうではなくって、こんな場合もあるのです。

 ひと頃、旅には必ずバドミントンを持ち歩いておりました。
なにせ旅行中は暇ですから、運動も兼ねたいい時間潰しとなるのです。
バックパックの横ちょに、ラケットをキュッと縛りつけ、これが私のお決まりのスタイルでした。

 ミャンマーの田舎町で。
暮れ時、ようやく涼しくなり始めた頃、赤土の道端で、近所の子供たちと毎日のようにバドミントンをやりました。
 「バドミントンクラブ」と銘打って、そのメンツは、日によって多少の入れ替わりはありましたが、
とにかくみんな、飽きもせず夢中になってやりました。
 最初は遊んでやっているつもりだった私も、その内に、連中の学校の終わる時間が待ち遠しくなってきて、結局は、私が一番の暇人だったのだと思います。

 で、なにしろ10人ばかりの腕白が、競い合ってやるものですから、案の定、ある日ラケットが壊れてしまいました。
 仕方がないので、新しいものを買おう、となりまして、町で唯一の、何でも屋のような雑貨屋に行きました。軒の傾いた、埃を被ったような小さな店でしたが、それでも、棚隅に中国製のラケットを見つけまして、店主がこれしかない、と言うのでそれを買いました。

 ところが、このラケット、どうにもうまくないのです。
どううまくないのかと申しますと、サーブが来ますね。で、これを打ち返そうとすると、
パコッ、と羽が、ガットの網目にはまってしまうのです。
つまりは、ガットの張りがユルユルなんですね。
下手をすると、サーブでいきなり、パコッ。
一瞬、羽は何処に消えたかと思います。勿論、きちんとラケットにくっついているんですけどね。

 なるべく強く振らないように。
そう指示を出し、心掛け、騙し騙し打ち合って、それでもやっぱり、興奮に理性を忘れてしまうのが子供です。幾度か打ち合う内に、そんなことはすっかり忘れて、パコッ。おおい、注意しろよ、パコッ。
 段々と、パコッ、となることに喜びを覚え始めて、こうなると、ラリーもへったくれもありません。
 思い出せば、田舎の景色によく似合う、とてものどかなバドミントンでした。

 ラリーというオーストラリア人がおりました。
伸び放題の長髪に、赤いTシャツを着て、膝下を切ったジーパン姿、如何にもオージーといった、
野性味のある男でした。
 私、このラリー他数人と、中東の国々をつるんで旅したことがありまして、
ある時、お腹の調子がおかしかったものですから、ひとり夕飯を断って、宿に帰ったことがあります。
 この別れ際、仲間のイギリス人は、「大丈夫か。俺の薬をあげようか」と言いました。
まだ10代の、背の高い、色の白い青年でした。
 また、フランス人は、これはその後も一番長くつるんだ男でして、私よりも10年上の、ミュージシャンでありました。この彼、私が露店で林檎を買ったのを見て、
「林檎はお腹によくないぞ」と言いました。
 で、ラリー。
ラリーは黙って片目をつぶって、親指をチュッと、私に投げキッスをいたしました。
 三者三様、それぞれの性格が表れるようで面白かったのですが、私、ラリーのこういうところが好きでした。

 このラリー、ある日、ワディラムという、「アラビアのロレンス」の舞台となった砂漠を歩いて、
何処ぞの村まで行ってくる、と言い出しました。
 私は、そういうしんどいのは苦手ですから、ふたつ返事で辞退して、そこで彼に別れを告げました。
 ところがその翌日、ラリーが宿へ戻って来たのです。 
どうしたのだと尋ねると、水ばかりを持って行って、食料を持っていくのを忘れた、と、考えられないようなことを言うのです。
 水をリュックに30リットル背負って行ったと言います。
それで食料は、パン一斤と林檎1個しか持っていかなかったそうです。
その食料を、初日、つまり昨日の晩に食べ尽くして、砂漠で野宿して帰ってきたのだと言うのです。

 水ばかりが頭にあったよ。

やれやれと笑うラリーを、私、益々好きになりました。
 砂漠の星は、きっときれいだったに違いありません。




 





   

Posted by wajin at 13:35Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月27日

殺生

 私、無益な殺生はなるべくしないように心掛けております。
 バラモン教でしたかゾロアスター教でしたか、虫を踏み潰さぬように裸足で歩いて、吸い込まぬように口鼻を覆って、これはさすがにやり過ぎだと思いますが、徒に命を奪う、これはやっぱりいけません。
 一方で、蚊なんかは平気でバシバシとやりまして、しかしこれ、害のあるものとないもの、その分別なのであります。
 以前、マラリアに苦しめられた私は、蚊は、許されるだろうと思うのです。
 
 ムカデやスズメバチ。
こういうのは、無論、好きなわけではありませんが、なるべく捕まえて逃がしてやります。
 蚊と違って、人を狙う虫ではないですからね、基本的に無害だと思うのです。

 殺生とは、やはり恐怖の裏返しなのだと思います。

 最近、畑の枝豆が元気でして、これが青々と、雨上がりの夕方などは、湿った土の色に映え、
とてもきれいです。
 しかし困ったことに、この枝豆にたかる虫がおりまして、それは鋼色の小さな丸い甲虫です。
 この甲虫、なんとなく放っておきましたら、段々と数が増えまして、気がつけば、新芽の辺りにビッシリと、この間などは、茎を1本食い折られてしまいました。
 こうなれば、放っておくわけにもいかず、それからは、見つけるたびに掴み取って、何処かに放り投げたり、プチプチと、潰したりしておりました。

 ところが、あんまりプチプチとやっている内に、私、なんだか気が滅入って参りました。
そうして、こんなことを考えました。

 俺は本当に、こんなに沢山の命をプチプチとやってまで、枝豆が食いたいのか?
俺がこの夏食う枝豆は、そんなに価値があるものなのか?
市販の冷凍の枝豆だって、十分に美味しいじゃあないか。

 やはり殺生は、宜しくない。
追っ払いながら、収穫出来る分だけ収穫すればよい、そう反省いたしました。

 今日の夕方は、この虫を捕まえては放り投げ、しかしこれ、ブンブンと飛び回る羽虫ですから、
しばらくするとまた戻って来て、あんまり意味がないようでした。
 
 どれくらいそんなことを繰り返したのか、お仕舞いに水を撒き、いやあ、暑い一日でした。





   

Posted by wajin at 22:02Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月12日

風中雑談

 一昨日あたりから天気が冴えず、降ったり止んだり、今日などは、ひどく強い風が吹いておりました。
 私、風は嫌いです。
ブーブーとやられると、本当に凹んだ気持ちになります。
 それでも今日は、やる気に満ちて、外の仕事を結構しました。

 皆さんはご存知ですか?
この季節、シロアリの季節ですよ。

 うちは昨年、万を超える、恐ろしい数のシロアリが発生しまして、それはそれは大騒ぎでした。
 雨の日の翌日の、天気の良い夕方、これが要注意です。
私のところは数日間出続けて、掃除機を2台も壊した程でした。

 結局、大家さんが業者を呼んでくれまして、ちなみこういうの、結構お金が掛かるんですよ。
私が払ったわけではありませんが、40万円近く掛かったのではないか知らん。
 床下に、薬を隈なく撒いてもらって、なにせ昨年は、妻が妊婦でしたから、しばらくはホテルや車に
寝泊りする毎日でした。

 ところで、シロアリの生態って、面白いんですよ。
 まず、「女王」と「王」がおりますね。
これは、生殖活動ばかりをやっております。
 で、どんどんと生まれる子は、元々はみんな同じなのですが、女王や王の掛けるフェロモンに
よって、働きアリ、兵アリとなっていきます。
 しばらくしまして、巣がいっぱいになりますと、今度はニンフと呼ばれる、翅のあるアリが誕生します。これは巣の外へと飛び立って、新たな地で、新たな女王・王となるアリです。

 このニンフ、これが我々をぎょっとさせる、大量の翅アリです。
 まあ、次から次へと、床の隙間や柱の隙間、ゾロゾロゾロゾロ、
しかし、考えてみますと、これだけの大群が発生するということは、やはりそれだけ、
生き残る確率が少ないということなのでしょうね。

 で、この時、シロアリ屋さんに、床下の環境が、非常に良くないよ、と言われました。
シロアリに喰われているのは勿論、それよりも何よりも、湿気が溜って、柱や根太が腐りかけているよ、と言われました。
 言われてみれば確かに、我が家の縁の下はすべて板で被われて、最近の家に見るような、
鉄格子の通気口のようなものがまるでありません。これは見るからに、湿った感じがいたします。
 そこで、この板を取っ払って、網戸のようなものを作ろうではないか、と思い立ち、早いもので、
1年の月日が流れました。

 ここ数日、雨風の中、この縁の下の網戸作りをやっておりました。
こんな天気の中やらなくてもよさそうなものですが、変に気持ちが昂ぶりまして、
頭の中では、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」が流れていたような気がいたします。

 その一方で、畑のきゅうりの苗に被せてあったビニール袋が、5つも風に飛ばされていました。
 夕方、飯の支度をしておりますと、その内のひとつが、何処をどう遊んできたのか、ひょっこりと、
窓越しにその姿を現しました。

 このまま吹かれれば、きっと玄関先に出てくるよ。
妻の言葉に、寒い中、再び表に飛び出しますと、いつまで待ってもビニール袋は現れません。
 台所の窓の辺りを覗き込むと、それは何かに引っ掛かるのか、どうしても風に乗り切れず、
もたもたとするばかりです。
 山の斜面を背負った台所ですから、取りに行けるような場所でもなく、
私、チチチ、と舌を鳴らしたり、ピュピュウと、口笛を吹いたりしました。

 犬猫ではありませんから、そんなことではやっぱり駄目で、その内に、ドウと吹き降ろした強い風、
おかしな具合に煽られて、反対の方向へ、フワリと飛んで行ってしまいました。



 



 
 









    

Posted by wajin at 22:29Comments(0)TrackBack(0)

2008年05月06日

虹の郷

 あまりの天気の良さに釣られて、「虹の郷」へ行ってきました。
 ここ、テーマパークのような、公園のような施設なのですが、その実、なんだかよく分かりません。
 
 入場料1,000円を支払って入場しますと、まずそこは、イギリス村です。
西洋っぽい外観の、土産物屋やレストランが並びます。
 しばらく歩いていきますと、今度は「伊豆の村」があります。
見れば確かに、伊豆の椎茸やワサビなんかが売られています。
 それから、「匠の村」、「日本庭園」、「ローズガーデン」
と、そんなに広くもないのに、色々な名前がつけられた、それぞれ趣の違うエリアが続きます。
 私、ここの一番遠くのエリア、「カナダ村」に小さな列車に揺られて行って来ました。

 降り立つと、そこは勿論、「カナダ村」でした。
しかし、ちょっと見た感じ、イギリス村とあまり変わらない、西洋っぽい土産物屋やレストランが並ぶばかりです。
湖がありましたが、実際には、庭の池くらいの大きさでした。
 その畔、連休中ですから、まあ、結構な人出でした。

 私、昨日の夜から喉がイガイガとしておりまして、加えて、狭い列車と最近の初夏のような陽気、
列車を降りました途端、ソフトアイスが食べたくなりました。

 関係ありませんけれど、私、こういうちょっと古めの言葉は好きです。
ソフトクリームと言うよりは、ソフトアイス。
ハンカチと言うよりはハンケチ。
じゃんけんのチョキも、やっぱり親指と人差し指の古いヤツを使います。
 ちなみに昔は、アイスクリームを食べるではなく、飲むと言ったそうですよ。
そう言われれば確かに、アイスは飲み物ですよね。

 で、妻がソフトアイスを買いに行きまして、待っている間、赤ん坊をあやしながら色々な人を眺めました。家族連れ。これが大半でした。勿論、カップルも沢山おりました。さすがに独りというのは見なかった気がいたします。そういえば、外人も結構いました。
 とにかく、いい陽気でした。

 それにしても、時間が掛かるなぁ、と思っていましたら、事情はこうでした。

 妻の前に並ぶおじさんが、バニラとマンゴーのソフトアイスをコーンで注文したそうです。
ところが、マンゴーはカップにしか出来ないタイプのソフトアイスだったそうでして、どうやらおじさんは、そのことを知らないようなのです。
 知らないのだから、教えてやればよさそうなものですが、店員はどうしたものか、
このおじさんが、コーンとカップのルールを熟知した上で、それでも俺にはコーンでよこせ、
とごねている、ゴネ客と勘違いしているらしいのです。

 店員は、はあ?と言うような顔をして、何言ってんの?という顔をしたそうです。
 コーンがあると思って疑わないおじさんも、やっぱり、はあ? お前こそ何言ってんの?
コーンだよ、例の三角のヤツだよ、という顔をしたそうです。
ですから、ふたりして、はぁ?はぁ? となってしまって、それで時間が掛かったのだそうです。

 どちらの置かれている状況も理解した妻は、間に割って入ってやりたいくらいだった、と言います。
入ってやりゃあいいじゃないか、と言いますと、
「そんなオバタリアンみたいな真似はしたくない」 と、言いました。

 「虹の郷」が、「オバタリアン」という忘れかけていた、非常に懐かしい言葉に繋がりました。


   

Posted by wajin at 21:50Comments(0)TrackBack(0)

2008年04月17日

コロッケ

 午前中、スーパーに買い物に行きまして、今日はカレーにするというので、それならばコロッケを
買おうとなりました。私、コロッケカレーは大好きです。

 で、お惣菜のコーナーで、妻が5個入りのパックを手に取りますと、ちょうど商品の陳列をしていた
店員さんに、「こちら、揚げたてですよ」と、新しいものを勧められました。
 ところが私の妻、「いいです」と言下にこれを断って、足早にその場を立ち去ります。
なんだなんだ、どうして断るのだ、揚げたてのほうが良いではないか。
すると彼女、ニヤリと笑って、
「これね、値札がひとつだけ間違っていたの」
 見れば確かに、5個300円の品物に、2個120円と誤った値札がついています。
私、「でかした」と小声で言いまして、まんまと120円で5個のコロッケを手に入れました。

 こういうの、まるで罪悪感を覚えません。
いつかも、1000円位するカステラを、60円で買ったことがあります。
 これ、レジの入力ミスなのですが、それにしても、60円ですよ。
他にも何か買っていたのならいざ知らず、カステラだけ買って、ですよ。
いくらなんでも、店員だって気がついてもよさそうなものですが、ところがバイトのお姉ちゃん、
ピッとバーコードをやりまして、「はい、60円です」って。
 そりゃあ、あんたが抜け作だよ。
ですから私、悪びれることもなく、胸を張って、チャリンと60円支払いました。

 またいつでしたか、焼肉屋で散々飲み食い致しまして、私、妻とふたりで焼肉を食べますと、大体
1万円では利かないのが常ですが、この時は、レジで会計をしましたら、「千何百円です」と言うんです。どうやら、追加で束ねた伝票が、まるごと何処かになくなって、最初に頼んだ飲み物だけの会計をするようなのです。
 勿論、わざとではありませんから、それがテーブルの下にハラリと落ちたのか、それとも、もともと挟まれていなかったのかは分かりません。
しかし、ビールに焼酎、何杯飲んだか知れない真っ赤な顔をして、もう食えない、と爪楊枝を咥える男に向かって、「はい、千何百円です」
これもやっぱり、あんたが悪いよ。

 こういうことを自慢気に言いふらして、腹黒い人間のように思われても困りますから、ちょっと弁明
致しますと、私、いつでもウシャシャと笑ってばかりいるわけではありません。
間違っているよ、と正直に教えてやることだってありますし、それから反対に、旅先などでは、ぼられていると分かっていながら、高い買い物をしてやることだってあるのです。

 この手の出来事に遭遇した際、如何なる態度をとるか、私なりの判断基準というものがありまして、それは実際の金の損得という問題ではなくて、やはり感情の問題ですね。
 法の良し悪し、道徳の良し悪し、そういうものではなくて、何でしょう、相手の生きる力のようなものを見ているのだと思います。
 こういう力が本当にない人は別として、まるでそういうものを持とうとも考えない、そんな相手には、
私、ウシャシャと笑うことにしております。

 若いレジのお姉ちゃんが、60円でカステラを売って、後で店長に怒られる。
そりゃあ、怒られたほうがいいよ、と思います。
娘さん、世の中を舐めちゃあいけないよ、と思います。
これが60円に見えるかい?
ただ、ピッピ、ピッピとやってりゃあ、お給金が貰える。そんな労働は、本来ではないんだよ。

 関係があるようなないようなお話。
例えば、振り込め詐欺。
それは勿論、騙す人間が悪いに決まっておりますが、騙される人間にもかなり問題がありますよ。
それから、いじめ。
いじめる人間も悪いけど、いじめられて簡単に自殺をする子供のほうが、問題のような気がいたします。

 ただ弱きを守る、こればかりでは、生きていくために必要な力というものが、なくなる一方のような気がいたします。
 
 コロッケの値札の誤りを申告しないのは、そんな私なりの、世の中への憂慮があってのことなのです。  

Posted by wajin at 18:06Comments(0)TrackBack(0)

2008年04月11日

クレーム

 先日、チョコ菓子を食べておりましたら、ひとつおかしなものが混じっていました。
おかしいと言いましても、要はチョコレートが溶けて変形していただけなのですが、
これを見た妻は、すかさず、「送ったほうがいい。私に任せておいて」と鼻息を荒くしました。
 以前、チョコの詰まったスティック菓子に、1本だけ、チョコが詰まっていなかったことがあったそうで、普通なら諦めてもよさそうなものですが、ご丁寧にその1本を送り返し、後日、夢のようなお菓子セットを手に入れた、という経験があるそうです。
 ですから、滅多にない好機を逃してなるものかと、やっきになって、早速その1粒をポストに投函したのでした。

 すると後日、本当に、送り返した1粒にはとても見合わぬ立派なお菓子セットが、お詫びの書面と
一緒に届きました。
 さすがに、大きな会社は違うなぁ、と思いました。
私だったらきっと、何言ってんだ、チョコレートが溶けなくてどうする、と書いた葉書を送り返してやるに違いありません。

 随分と昔の話ですが、旅で知り合ったジャーナリストに、この手のクレーム問題を取材した人がおりました。その人から聞いた話に、今でも忘れられないものがあります。
 ある牛乳会社にクレーム品が送られてきまして、それが、紙パックの牛乳に、人だか犬だかの大便が入ったものだったそうです。
 どう考えてみましても、製造過程に大便が混じることはあり得ませんから、これはタチの悪いタカリのようなものです。しかし、それでも、この牛乳会社はちゃんと謝罪をし、それなりのお詫びもしたそうです。
 こういうおかしな連中は結構いるそうでして、相手が異常であればあるほど、面倒な揉め事にならない内に、丸く収めてしまおうというのが、この業界の一般であるということでした。

 かく言う私も、かつて、罪なクレームをつけた覚えがあります。
 タイのバンコクで、ラジカセを購入しまして、勿論これ、お店できちんと確かめてから買った物ですから、おかしなところは何もなかったのですが、宿に帰って早速使ってみると、いきなりプッ、と嫌な音が聞こえて、あとはウンともスンとも、まるで動かなくなってしまったのです。
 これ、当時私が使っていたアダプターが、200Vと100Vでしたか、とにかく国によって使い分けることが出来るタイプのものでして、どうやらこれを間違えて、必要以上の電気を流してしまったみたいなのです。
 ところが、買って30分と経たぬ内に壊してしまったわけですから、いくら自分のせいとはいえ、治まるものが治まりません。で、ダメもとで、いそいそとまた電器屋に出掛けまして、
「なんだか、動かないんだけど・・。どうしてかなぁ・・」
なんて、やってしまいました。
すると店員さん、色々と試した挙句、コートートー(すみません)、と笑顔で新しいものに取り替えてくれました。きっと外人だったから、ことのほか親切に対応してくれたのだと思います。
 店員さん、あれ、私が壊したんです。こちらこそ、コートートー。

 スリランカの仕立て屋さんで、シャツを買いました。
宿に戻ってよく見てみると、生地に虫食いがあることに気がつきました。
店に戻ってクレームをつけますと、
 「穴が開いているのは私のせいではない」と、おばちゃんは言います。
そうかも知れないが、こちらは新品を買ったのだから、穴が開いていれば非常に寂しい気持になる。
取り替えるか、いくらかまけるかしてくれ、と食い下がりますと、
 「同じものはない。穴が開いていようがいまいが、私が縫った手間は同じだから、まけることも出来ない」と答えます。
ああだこうだと言い合う内に、
 「そんな小さい穴、気にしてどうする。その穴は、お前にとてもよく似合っている」
なんてことまで言い出して、私も段々と、確かにこんな小さな穴を気にすることもないか、という気がしてまいりました。

 結局、穴の開いたシャツを手に、何の成果もなく宿に戻りましたが、クレームとは本来、こういうやり取りがあってしかるべきものなのだと思います。
 夢のようなお菓子セットも、大便牛乳も、それはそれで立派な対応ですが、この手の泥臭いやり取りが、形をなくしつつあるというのは、少し、寂しいような気もいたします。




 



    

Posted by wajin at 13:45Comments(0)TrackBack(0)

2008年04月07日

表現の価値

 昔は人生40年。
もっともこれは、病気で亡くなる乳幼児なんかを含む平均値ですから、誰も彼もが短命であったという訳ではありません。無事壮年期を迎えた人の平均寿命は、60才程度だったといいます。
それにしたって、今よりは、随分と短い人生ですよね。

 昔の人の写真を見ますと、皆、どうだっ、てな感じで胸を張り、実に立派な顔立ちをしております。
写真が貴重な時代ですから、一撮入魂、魂を込めて写されているのでしょうけど、
一方で、やはり短い人生の、密度というものを感じます。



 この写真、明治維新の頃のものですが、みんな若いけど、いい顔していますよね。
ちなみに最前列右に座るのは、坂本竜馬であります。

 で、こういう写真を見て思うのが、私もそろそろよい年だなぁ、ということでして、
この時代であれば、晩年であってもおかしくない年に差し掛かりつつあります。
 そうなりますと、少し自分の生活を省みるような気持ちにもなりまして、最近こんなことを考えます。

 表現、といいますと、なんだか堅苦しいようですが、例えばご飯を作る、それを食べる、こういったことすべてを表現と呼ぶと致しまして、普段、私なんかは、表現したいことをしているだけの明け暮れです。これは、仕事に関しましても同じことでして、自分が良いと思うことを表現して、それに同感してくれる人がいれば、生活が成り立つ、とまあ、ただ、それだけです。

 しかし、最近、それだけでいいのかな、と思うのです。
 もう少し、後先を考えた表現は出来ないものかな、と思うのです。

 自分が表に出すものが、どういう影響力を持つのか。
大した影響力ではないにせよ、それにしたって、一度何かを表に出せば、作用反作用の法則です、
必ず某かの影響を、間違いなく及ぼすものです。
その、出したものがどう働くのか。
出してスッキリというのではなく、出来ればそこに、満足したいものだなと思うのです。

 最近、某携帯電話のCMで、学生や子供をターゲットにしたものがありますね。
 一応、謳い文句は、子供が心配じゃあないの?、なんて言っていますが、これ、本当でしょうか?
この会社、子供に携帯電話を持たせることが、本当に、子供が安心できる世の中を作ることに繋がると考えているでしょうか?
 勿論考えている、と言うならば、仕方がありませんが、しかしどうも、商売ありきの臭いがプンプンといたします。
 携帯電話業界は、もう頭打ちだそうですから、あとはお客を取り合うか、こういう需要の残された層に広げていくか、実はそれしか考えていないんじゃあないでしょうか。

 先程の影響力、これは、大きな表現であればあるだけ大きな力となりますから、
この手の大きな企業がこの手のことをすれば、きっと小学生も携帯電話を持って当たり前、
という世の中になってゆくに違いありません。

 お金儲けもいいけれど、自分たちが、そういう世の中を変える大きな力があることを、大企業の皆さん、きちんと自覚してくださいね。
 志こそ、表現の価値であって欲しいと思います。





   

Posted by wajin at 12:40Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月25日

支配人

 先日、野暮用で、三島まで出掛けました。
その帰り、以前から気になっていた立ち寄り湯に寄りました。
 夜の8時を回っており、家まではまだ、1時間半は掛かる距離がありましたが、、赤ん坊が産まれてから、なかなか風呂に行く機会もなく、久し振りの独り身をいいことに、ひとっ風呂浴びて帰ろうと考えました。

 一見、健康ランドのような大きな建物なのですが、いつ通りかかっても、ガランと巨大な駐車場には、車が数台停まるばかり、その夜も、やはり同じようでありました。

 館内に入って、まず、あれっと思いましたのが、照明が妙に薄暗いことでした。
それから、気味が悪いくらいに静かなのです。
 フロントには、黄色い作務衣を着たおばさんが、ひとりぽつりとつっ立って、広いロビーを見渡すも、あとはひとりの従業員も、お客さんもおりません。

 フロントの左手にある土産物屋は、一応は営業しているようなのですが、まばらに積まれた品物は、
薄っすらと白く埃を被るよう、時折、ウゥーンと地鳴りのような唸りを上げる古い冷蔵ケースには、
ソーセージやらチーズが1、2個、一体、何のために置かれているのか分かりません。
 また、その向かいにあるレストランは、入り口に太いロープが掛けられて、テーブルの上には雑多に
椅子が積まれており、どうやら、大分前から営業していない様子でした。

 想像以上の寂れように、私、俄然、わくわくとしてまいりました。
フロントで、これまた随分と使い込まれた、ふにゃふにゃのタオルを受け取って、風呂に入る前から
もう、大変な掘り出し物に出くわしたような気持ちになりました。

 風呂へと続く長い廊下は、表からでは分かりませんでしたが、建物が斜面に建つためか、途中、
2つも3つも階段を下り、この廊下も、よせばいいのに赤い絨毯なんかが敷いてあり、大変カビ臭くて陰気です。人のいない静けさに加えて、館内には、何の放送も、BGMも流れておらず、
シーンと静まり返る暗い廊下は、何処まで続くのか分からないようでした。
 どんどんと、深い穴倉に向かっているような、そんな気持ちになりました。

 この廊下の途中で、私、あるものが気になって仕方がありませんでした。
それは、至るところ、しつこいくらいに貼られた手書きの貼り紙です。
例えば、

 「段差あり 足元注意 支配人」
 「館内禁煙 支配人」
 「ご自由にお飲み下さい 支配人」

 等々、何でもかんでもお終いに、必ず「支配人」と書かれています。
 雰囲気が雰囲気でもあり、「支配人」というその肩書きが、重く、不気味なものと思えてなりませんでした。

 風呂は、思いのほか立派な、川べりの半露天でした。
大きな湯船がひとつあるばかりの簡素なものでしたが、川の流れる音と、生い茂る木々の梢に月も覗いて、なんだ、いいではないか、と、ちょっと拍子抜けするようでした。

 湯煙の向こうには何人かの人影もあり、駐車場に車もいくらかあったことだし、やはりまるっきり客がいないわけではないのだと、私、少し胸を撫で下ろすようでした。
 ところがこの人影、なんだか様子がおかしいのです。
浴室は、廊下に増して薄暗く、おまけに私、目が悪いですから、てっきり相客とばかり思っておりましたが、よく見ましたら、なんと、そのどれもこれもが、石で出来たお地蔵さんだったのです。
つまりは、何を意図してかは分かりませんが、広い湯船のあちこちに、物言わぬ、お地蔵さんが立っているのです。
さすがにこれには、ぎょっ、といたしました。

 段々と、気味の悪さが立ってきて、早々に風呂から上がり、帰りしな、鍵を返しにフロントに寄りますと、先程のおばさんはもう仕事を引けたのか、代わって中年の男性が、やはりぽつりと立っておりました。バーのマスターのような赤いチョッキを着て、胸には、「支配人」と刺繍が入っておりました。
 ははあ、これが例の、支配人か。

 なんだか狐に化かされたような、そんな立ち寄り湯でありました。  

Posted by wajin at 17:22Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月24日

囲碁

 昨日は朝の7時半から、村の道路掃除がありました。
そんなに早くからやらなくてもいいものを、やると言うから仕方なしにやりました。
年寄りばかりの集落ですから、別にこの手のことに労力を惜しむつもりはありません。
が、やっぱり心配なのは、早起きをしてお腹が下らないかしら、ということでした。
出先で腹が痛くなる、これが一番困るのです。
 昨日は上手い具合に、起きて早々お腹が痛くなりまして、それから昼近くまでの掃除の間は、
何事もなく済みました。
 これまでも、これからも、早起きをする度にお腹のことを心配して、それがきっと、私に課せられた
宿命なのだと思います。

 天気の良い一日でしたから、久し振りに額に汗して働いて、帰ってきてすぐにビールを飲みました。こういう時のビールって、本当に美味いものです。
あんまり美味しかったので、2本、3本と飲みましたら、体の疲れがどっと出て、日はまだ高く、
いつもなら、これから何かをしようという時間に、すっかり一丁上がりとなりました。

 一丁上がって、テレビをパチリと点けますと、ちょうど囲碁の対局が始まるところでした。
NHK杯決勝、だそうです。
 私、囲碁のことはさっぱり分かりません。そのルールさえ知りません。
しかし、決勝戦だというので、ひとつ見てみようかと腰をすえ、結局、お仕舞いまでテレビの前から
離れませんでした。

 珍しくそんなものを見る私に、妻が、「分かるの?」と尋ねまして、
「まったく分からない。囲碁といえば子供の頃、碁並べをやったくらいだよ」
すると妻は、自分も小さい頃、家に碁があって、碁石を舐めて遊んだくらいだ、と言いました。
碁石を舐めて遊ぶなんて、そんな遊び方があったのかと、私、感心いたしました。

 ひとつの対局を見通せば、そのルールくらいは察しがつくだろう、と考えましたが、これがひとつも分かりませんでした。パチリ、パチリと碁石を打って、一体何を競うのか。

 相手の石の四方を囲むと、それを取ることが出来るようで、
ははあ、さてはこうやって、囲って石を取る遊びかな、と考えましたが、
しかし、それにしては、ああ置けばいいものをああ置かず、結局、取り合った石の数も数粒です。
すると一体何なのだろう?この人達は、何をやっているのだろう?
 しばらくの間見続けて、分かったことは、石を置ける場所と置けない場所があるらしい、
ということだけでした。
 解説の人が、これは絶妙な手ですね、なんて言っても、何が絶妙なのか、どうしてそんな変なところに石を置くのか、考えても分からないことを考えて、興味は別に移るようでした。

 これ、ナントカ名人とナントカ十段の対局でしたが、この名人、とても若い青年で、考え込むと、
コリコリと爪を噛んでしまいます。
なんだか見ているこちらの指先までが、赤くヒリヒリとしてくるようで、ああ、テレビに映っているのに
おかしいなぁ、と思う反面、その集中に、名人たるものを見たような気もいたします。
とにかく、とても真面目で神経質な、頭で囲碁を打つようなタイプと見受けられました。
 一方、十段の方は、髪の毛がボサボサのおじさんで、焼酎焼けした赤い顔は、間違いなく酒飲みのものと思われます。
グシャグシャと頭をかきむしっては、始終ぶつぶつと呟いて、ああ、馬鹿な手だ、とか、石よ何処に行っちゃうんだ、とか・・。
かと思うと突然、バチン、バチンと自分の頬っぺたを叩いたりして、なんだか非常に面白いのです。
ドヤドヤと、泥臭い、揉まれた世界で囲碁を打ってきた人に違いない、そんな印象でした。

 そうなりますと、やはりこのおじさんを応援したくなりますが、結果は、僅かな差で、名人の勝ちでした。この僅かな差、というのも、その後の会話から察したことでして、いまいち何の差だかよく分かりません。
恐らくは、最終的にどちらの石の数が多かったか、ということなのだと思いますが、これも確かではありません。

 何をやっているのだか分からない人達を、1時間も2時間も見続けて、それでも面白かったというのは、勿論、私が暇であったからだと思います。
 しかし、やはり勝負事の真剣さには、形を飛び越えた真味というものがあるような気がいたします。


 

 

   

Posted by wajin at 14:40Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月16日

フォークの背

 私、高校を出て、初めて一人暮らしをしたのが、富山でした。
千葉で生まれ育って、どうして縁もゆかりもない富山県に住もうと思ったのか、よく分かりません。
しかし、よく分からないだけに、何かしらの深い意味があったようにも思われます。

 とは言いましても、住んだのはたった1年ばかりでして、その後、1度や2度は訪れているはずですが、最後に富山の地を踏んで、20年ばかりの月日が流れます。

 富山の最初の印象は、水がうまいなぁ、ということでした。
水道の蛇口からゴクゴク飲んで、これがひんやりと冷たくて、本当に美味しかった。
なにせ私の実家は、当時、日本一汚れていると言われた、手賀沼を水源としておりますから、
これは尚更でありました。

 それから、富山といえば、やっぱり、自然。
遠く、雪をかぶった立山連峰が、冬の晴れた青空に、実によく映えました。
アパートの近くには、神通川という大きな川が流れ、私が住んでいたのは、富山市の町中でしたが、それでも、どこか悠々とした空気が流れるようでした。
また、腰丈まで深く積もった一面の雪景色も、忘れることが出来ません。

 しかし、当時はこういうものよりも、若者らしい刺激を求めていましたから、それならば、何故富山なんかに行ったのか、という気もいたしますが、とにかくあまりの平穏な毎日に、あっという間に飽きがきて、それからすぐに、東京の中野にアパートを借りたのでした。

 で、富山での1年間で、それでもいくらかの友人が出来まして、その大方は、富山を含めた、石川、福井、新潟辺りの、北陸の人間でありました。
 彼らからすれば、千葉からやって来た私は、東京の人間と変わらぬ都会の人間でして、
向こうはどうなのだ、などと、仕切りに東京のことを尋ねられました。
中には、一度も東京に行ったことがない、という者もいて、まあ、考えてみれば、これは別に不思議なことでもありません。

 その内の、福井の友人が、一度、私を頼って東京に出てきたことがあります。
私の家に数日滞在いたしまして、事前に調べてきた場所を、あそこに行きたい、ここに行きたい、と、
目の回るような毎日でした。

 で、どうしても、最後にディズニーランドに行きたい、と言うので、当時彼女もいなかった我々は、
男ふたりでいそいそと、ディズニーランドに出掛けました。
 その時、園内でレストランに入りまして、ハンバーグでしたかエビフライでしたか、とにかくその手の洋食セットを頼みました。

 するとこの友人、白い小皿に盛られたライスを、フォークの背にナイフで乗せて、すました顔をして食べたのです。
タイタニック号ならいざ知らず、ディズニーランドで、ですよ。
きっと、何処かで仕込んだテーブルマナーで、東京で田舎者に見られまい、という思いが働いたのだと思います。
 私、これを見て、田舎者だなぁ、と思いました。
これ、決して悪口ではなくて、なんだか心温まる、田舎者だなぁ、と思ったのです。
人の暮らしって、いいものだなぁ、と思いました。

 今日は、村の婦人会の集まりで、妻が午から出掛けました。
婦人会といっても、8人しかいないそうで、妻以外は皆、60代のおばちゃんです。
これが、下の町で、フレンチを食べるのだと聞いて、そんな話を思い出しました。

 まるで余談ですが、
今さっき、妻が戻ってまいりまして、「どうだった?」と尋ねましたら、第一声、
 「フレンチじゃあなくて、フランス料理だった」ですって。
妻よ、大丈夫かい?

 やっぱり、人の暮らしって、いいものです。  

Posted by wajin at 14:48Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月14日

趣味

 趣味は何かと尋ねられ、以前は、「焚き火である」と答えておりましたが、
何かの番組で、俳優の渡哲也が同じことを言っているのを聞きまして、こうなりますと、
なんだか真似をしているようで面白くありませんから、最近では違うことを答えるようにしております。

 しかし、焚き火は相変わらず好きでして、その何が良いのかと言いますと、
私、あの煙の匂いが好きなのです。
 勿論、火を焚いて、ぼうとする時間も好きですし、徒に薪をくべ直し、炎の形をあれこれといじくることも好きですが、あの煙の匂いを嗅ぐと、何故かしら、とてもいい気分になるのです。
 旅先の、色々な景色を思い出します。
 それから、子供の頃のことを思い出します。
 なんだか、とても懐かしい気持ちになります。
 
 耳で聞いたり、鼻で嗅いだりした記憶というのは、目で見たものよりも、余計に体に染み込んでいるような気がいたします。
これはきっと、頭の中で言葉に置き換えるという作業がないからなのでしょうね。

 いつになるかは分かりませんが、いずれ家でも買って、ひとつの土地に落ち着きましたら、
私、そこの寄り合いで、地域活性委員になろうと思います。
そうして、火祭りを提案しようと思います。
 海岸に、大きなやぐらを組みまして、それはもう、5階建てくらいある巨大なやぐらです。
これに火をつけて、ゴウゴウと燃える様子をみんなで眺める。
勿論、テキヤもいっぱい駆り出して、陽気な音楽も鳴らして、
これ、想像するだけでわくわくといたします。

 焚き火は心の奥にしまい込み、それではお前の趣味は何なのだ、と改めて尋ねられましたら、
最近は、「立ちションである」と答えます。

 男性諸氏、立ちションをしていますか?

 立ちションはいいものです。
何が良いって、気持ちが良いです。
狭い便所で用を足すより、広い空の下、星でも眺めながらする立ちションは、格別です。
 勿論これ、人目が気になっては折角の清々しさが台無しですから、きちんと場所は選びます。

 以前は夜しかしなかったものを、段々と、昼間でも平気でするようになって、
最近では、道を歩けば小便もしたくないのに、
 おっ、あそこは立ちションにもってこいだな、藪の加減が丁度いい。
なんて、考えるまでになっています。

 趣味というのは、どうしてもエスカレートしていくものでして、
例えば先程の焚き火の話、ある人が、ある海辺の町に引っ越しまして、その理由が、
火を焚くのに理想的な流木が集まるからだった、そんな話を聞いたことがあります。
 私の立ちションも、突き詰めていけば、例えば絶壁の上から命がけ、はたまた、技術に走れば、
鉄砲魚のように遠くの的にピシャリと当てる、なんて、おかしな方向にも迷いかねません。
 ちなみに私、海の中では必ずします。これがまた、いいのです。

 焚き火も立ちションも、もとは必要不可欠、至って自然なものですよね。
こういうなんでもないことが、趣味です、なんて言って通用する辺り、
やはり文明の大きな影を感じます。
 文明が蓋をしたもの。
やってみればまだまだ気持ちのよいことが、沢山あるような気がいたします。







   

Posted by wajin at 12:11Comments(2)TrackBack(0)

2008年03月05日

コミュニケーション

 先日、あるスーパーで、妻が化粧室に行きまして、ドアをノックしましたら、中から、
 「誰?」
と、返事が返ってきたそうです。
 別に、誰がドアを叩いたのか、気にして悪いことはありませんけど、まさかの応答ですよね。
妻はなんだか怖くなって、勿論、名前は名乗らずに、その場を後にしたそうです。

 妻のお母さんは、ちょっと天然気味の人でして、おまけに少し耳が悪いので、この手のちぐはぐな
やり取りが絶えません。
 お義母さんは、猫を2匹飼っていて、置物やら何やらと、とにかく猫関係のものが大好きです。
 ある時、私が、
 「お義母さん、いつからそんなに猫が好きなんですか?」と、尋ねましたら、
 「ん?月曜日から」
 私、これには笑いました。なんでも、仕事がいつからなのか、尋ねられたと勘違いしたそうです。

 またある時、お義母さんが、小さい頃に兄弟を亡くしたという話をしまして、私が、
 「病気ですか?」と、尋ねましたら、
 「ううん、ショウジ」と、答えます。
ははあ、恐らくは、ショウジという名の兄弟だったのだな、と分かりましたから、もう一度、大きな声で、
 「病気ですか?」
 「ううん、ショウジ」
 私、もういいや、と思いました。

 私の知り合いが、電車に乗っていて目撃したという話。
彼の目の前に座る親子、これがどうやら地方からやって来た親子であるらしく、親父の方が、
ズーズー弁で、仕切りに息子に話し掛けていたそうです。
 息子のほうは、まだ10代かと思われる若い子で、どうもこの親父のズーズー弁が恥ずかしい様子で、ひどく不愛想に、ボソボソと受け答えしていたそうです。
 まあ、知り合いから見ましても、親父は人目を憚らず、大声で、だべだべを連発して、
思春期の年頃の、この息子の気持ちも分からないではなかった、と言います。
 その内、いよいよ息子の堪忍袋の緒が切れまして、彼はひと言、親父にこう言い放ったそうです。
 「親父っ、だべだべ言うなって、言ったっぺよっ!」

 最近、うちの赤ん坊が、泣き声とは違う声を発するようになりました。
ウーウー、アーアーと、言葉とは呼べぬようなものですが、私も暇なものですから、
ウーウー、アーアーと受け答えして日が暮れます。
 こちらがウーと言うと、赤ん坊もウーと答え、アーと言えば、やっぱりウーと答えます。
ああ、こうしてコミュニケーションというものを覚えていくのだな、と、まるで進化の過程を見るようです。
 これ、会話ではありませんけど、間違いなく、既に繋がりというものが発生しております。

 コミュニケーションというものは、お互いの意思が通じ合うことではなくて、
まずは繋がることなのだな、と、最近改めて思います。

   

Posted by wajin at 18:53Comments(2)TrackBack(0)

2008年03月03日

すごろく

 昔、東京に住んでおりました時、鎌倉に引っ越そうと考えました。
たまたまその頃、鎌倉でギャラリーを借りたりなどしてまして、海も山も、それから歴史もあるよい町
だなぁ、と思ったのが始まりです。
 不動産屋を片っ端から回りまして、20件近い物件を見たと思います。
いちいち案内されるのは面倒ですから、地図と間取り図をコピーしてもらいまして、
あとはバスやら足を使って、まあ、普段では立ち入らぬ住宅街ですから、結構楽しい散策でした。

 その内の1件、ある古い戸建てを、通りから背伸びをして見ておりました時、
これ、鍵を渡されている訳ではありませんから、大概の物件は、このように外見しか見ておりません。
しかし、家を借りる時って、私の場合は、まずは外見、つまり周辺の環境が大きく左右しますから、
いちいち中を見る必要もないのです。
 で、この時、ある夫婦に話し掛けられました。
40代くらいの若い夫婦で、私が手にした間取り図を覗き込み、
 「ふうん、この家はこんな間取りなんだ」なんて、声を掛けられたのがきっかけでした。
話を聞くと、2年くらい前に、近所に家を買って、秋田から移り住んできたというふたりでした。
よかったら、うちによってお茶でも飲んでいきなさい、と言うので、言われるままにノコノコと、
くっついて行ってお茶をご馳走になりました。
 「鎌倉にどうしても住みたかったのよ」
と、奥さんが言うだけあって、緑豊かな山を背に、こだわりを感じさせる素敵な佇まいのお家でした。

 ところがこの夫婦、話をしているうちにだんだんと、鎌倉の悪口ばかりを言うようになりました。
 「こんな閉鎖的な町はない」とか、
 「歴史がある分、お高くとまった連中が多い」とか。
 「この間などは、ゴミ袋まで覗かれた」などなど・・。
 なんだか怪しい雰囲気になってきまして、私、出されたお茶をクンクンと、嗅いでばかりおりました。
というのも、この家の主人が、中国茶の専門家か何かで、茶は嗅ぐものだと教えられましたから、
私、よく分からぬなりにも、失礼になってはいけないと、ひたすらクンクンやりました。

 そうして鎌倉の悪口を言い終えますと、今度は夫婦揃って、
 「葉山はいいよぉ」と言うのです。
葉山とは、鎌倉のひと山越えた隣町でして、マリーナなんかがある、割りと小洒落たエリアです。
 「鎌倉なんかはやめて、葉山になさいよ」
結局、ふたりの話はそんなところで落ち着いて、私は、引っ越しをしたらご連絡いたします、と礼を述べて辞しました。ちなみに、それ以来、この夫婦には一度も連絡をしておりません。

 別に、この夫婦のアドバイスを聞いた訳でもないのですが、私、その後、葉山に6年ばかり住みました。たまたま鎌倉の不動産屋が持っていた物件に、葉山の家がありまして、何となく見に行きましたら、これが良かったのです。
お陰で、離れた今でも、葉山は好きな町であります。

 で、この時、私、こう思ったのです。
ははあ、これはすごろくのようなものだな。
「鎌倉で家を探す」
ひとつ進んで、「秋田の夫婦に会う」
次に進んで、「茶の匂いをクンクン嗅ぐ」
「葉山を薦められる」
「葉山」と。

 まあ、当たり前のことなのですけど、今が先に繋がっている訳でして、だから今をどう過ごすのか、
それが大事なのだ、なんてことは、私、別に思いません。
そういうのは却って、罠というもののように思われます。
そうではなくて、今がどんな先に繋がるか、
これをただ、楽しみに生きていけば良いのではないでしょうか。
   

Posted by wajin at 22:51Comments(0)TrackBack(0)

2008年02月22日

月とミトコンドリア

 昨夜は、11時近くに布団に入りまして、珍しく、なかなか寝付けませんでした。
気がつくと、2時間以上も、あれやこれやと取り留めのないことを考えて、
益々目が冴えてくるようでした。
 ダメだこりゃ、と、思い切って起き上がりまして、酒でも飲み直そうかと台所へ行きますと、
土間に差し込む月明かりが、青白く、やけに明るいのです。
なんだなんだと表に出ると、風もなく、思いの他、暖かい夜でした。
 月が、とっても綺麗でした。満月でした。
雲ひとつなく、久し振りに、月ってこんなに明るいものかと思いました。
 満月には血が騒ぐ。どうりで寝れないわけだと思いました。

 しばらく表で、お酒を飲んだり煙草を吸ったり、先程の続きであれやこれやと考えました。
月を見ると、私、いつでも思うことがあります。
 例えば、暗い倉庫の中に閉じ込められて、まあ、閉じ込められなくてもいいのですけど、
暗い倉庫の中にいて、見上げると、トタン屋根には錆びに腐食した小さな穴が開いています。
そうしてその穴から、外の光が小さく差し込んでいます。
 月を見ると、これと同じような感覚を覚えます。
月はまあるい星だというけれど、実は穴なのではないかしら、と。
あの穴の向こうには、私の知らない明るい世界があるのではないかしら。
 お酒を沢山飲みますと、電球を見ただけでもそんな気がしてきます。
明るい電球が、やはり何かの穴に見えてきて、あの電球の向こうには、もっと広い世界があるのではなかろうか。
そういうことを言うと、大概の人は、ぎょっとした顔で私を見つめます。

 何処で誰に聞いたのか、宇宙について、こんなお話があります。
 
 我々の体は、小さな細胞が沢山集まって出来ていますね。
この細胞には、昔、理科の授業で習った通り、中心に、細胞核というまあるい物体があります。
その周りには、ミトコンドリアやらナントカやらがプカプカ浮いて、これらが膜に区切られまして、
ひとつの細胞となっています。

 この、ミトコンドリアから見た細胞核を想像してみます。
それは、果てしなく大きくて、世界のシンボル、世界の中心と見えるに違いありません。
さしずめ、我々にとっての太陽ようなものではないでしょうか。
 すると、隣の細胞は、別の太陽系でして、まあ、これくらいなら頭の足りないミトコンドリアにも想像がつくでしょうが、例えば、足のつま先にある細胞のミトコンドリア、これが果たして、頭の天辺にある、
遥か彼方の銀河系に、思いを馳せることが出来るでしょうか。

 ミトコンドリアにとりましては、このように途方もなく大きな世界、それが、やっとひとりの人間です。

 ですから、我々人間も、それから地球も、もっと言えば、太陽系、銀河系、ナントカ星雲、
それらのものはすべて、我々が想像も出来ないくらい巨大な、大きなひとつの生命体の一部なのではないでしょうか。

 私、これを聞いて、成程なぁ、と思いました。そうに違いない、と思いました。
ですから、何かの席で宇宙の話になりました時、私、ミトコンドリアを連発して、これを力説いたしました。その時は、ぎょっとはされませんでしたけど、なんだかみんな、不思議な顔をしておりました。
 ミトコンドリア?今は宇宙の話だよ。

 昨日の晩、月を見ながら、久し振りにそんなことを考えました。



   

Posted by wajin at 13:03Comments(2)TrackBack(0)

2008年02月15日

 先日、近所のおばちゃんが、転んで腕を怪我してしまいました。
関節かスジを痛めたそうで、左腕が、肘より上に上がりません。
きちんと治療をするには、手術が必要で、勿論、入院・リハビリもしなくてはいけません。
ところがこのおばちゃんは、やはり体の悪いおじさんの介護をしておりますから、
そういう時間が取れないのだと言います。
 もう、どうせ年寄りだから、ちょっとくらい不便でもいいの。痛くなければいいの。
そんなことを言います。

 私も、それでいいと思います。
治せるものを治さないのは、勿体ないような気もいたしますが、反面、それが自然というものだろう、
なんて思います。
 どうしてそんな風に思うのかと申しますと、私自身、医者が極端に苦手であるからです。

 内科に外科、歯医者に目医者、とにかく私、医者というものにはなるべく掛かりたくありません。
ですから、1週間位熱が下がらなくたって、まず、医者に行こうとは考えません。
 何故と言うに、病院という場所に近寄りたくないのです。

 井上陽水の昔の歌に、

 悲しい人とは会いたくもない
 笑える場所なら何処へでも行く

なんてフレーズがありましたが、本当に、その通りだと思います。
どうして具合が悪いのに、病んだ人々が集まる場所に行かねばならぬのか。そう思います。

 しかし、そんな理屈をこねていて、なかなか医者に行かずにいたら、私、奥歯が一本なくなってしまいました。
 だいぶ前から、舌で触るだけでもキィーンと痛かった虫歯を、それでも放っておきまして、
ある日飲み屋で、そんなことはすっかり忘れて、うははと笑いながら、その歯でスティック人参を
齧ってしまいました。
ギュイーンとまさに、稲妻が走りました。
体がびくりと突っ張って、頭がビリビリ痺れました。
本当に、気を失うくらい、痛かったです。
 それからしばらくしましたら、ポロリと抜けてしまいました。
せいせいしました。

 ところが、抜けるまでの数日は、さすがに私も医者に行くべきかな、と考えまして、
話のついでに、いくらかの人々に相談したりもいたしました。
 ほとんどの人が、何をしているんだ、早く医者に行け、と言った反応で、
殊、歯医者が嫌いな私は、大変憂鬱になりました。
 私の友人に、三重の山奥で原始人のような暮らしをする強烈な人がおりますが、この人までもが、
それは歯医者に行ったほうがいい、なんて言って、私、信じていたものに裏切られたような寂しさを味わいました。
 ただひとり、
いいんだよ。それが自然なんだから。歯なんて抜けるためにあるんだよ。
そう言った人物がおりまして、それは、私の4つ違いの姉でした。
 この姉、ネパールの山奥に住んでおりまして、修行と称して洞窟にこもったり、冷たい川で泳いだり、各地の寺をまわったり、と、ひと言で申しますと、変人です。
 私も変人を姉に持ち、困ったものだと、事あるごとに説教などを垂れておりましたが、
しかし、この時ばかりは、心強い同志を得たような気持ちになりました。
 そうだよなあ。それがやっぱり自然だよなあ。

 結局、何が言いたいのかと申しますと、人の常識、人の欲、そういったものから外れた世界は、
普段はなかなか考えづらいものですが、しかし、自然の大きな流れというものに思いを馳せることが、たまには、人の世界の救いとなることもあるのではないでしょうか。

 以上、奥歯の抜けた、変人の弟でした。

 


   

Posted by wajin at 14:04Comments(0)TrackBack(0)